2.黄色い救急車って知ってるか?
「異世界、ね……」
異世界にいたと言う詩織を見ると、不安そうに俺を見ている。
「うん……信じてはもらえないと思うよ。でも、本当に僕は異世界にいたんだ」
「そうだな……とりあえずは話を続けてもらおうか」
「えっと……まずその世界の名前はアーウェルシェルっていうんだけど、そこにある王国のアルファロスに勇者として召喚されたんだ」
「アーウェルシェルにアルファロスか」
「うん、そこで僕は世界を脅かす魔王の話をされて、助けて欲しいって頼まれたんだ。その時に色々あったんだけど、結局僕は勇者として魔王と戦うことにした。漫画とかでもあるように長い旅路の果てに魔族の住む大陸に辿り着き、魔王の住む城に乗り込んで、激闘の末に魔王を打ち倒すことが出来た」
「長い旅路っていうけど、お前が行方不明だったのは数日だぞ」
「うん、あっちとこっちだと時間の流れが違うみたいだね」
「軽い調子で言ってくれるな。まぁ、詳しく聞いてもあれだから俺の言えることは一つだ」
「……何、かな?」
ここで俺が信じる、信じられない。という言葉を使うと思っている詩織は表情を強張らせた。
あまり引っ張っても可哀そうなので、口を開く。
「黄色い救急車って知ってるか?」
「信じてないどころか頭おかしい人扱いされてる!?」
「結城!それを言うのであれば緑の救急車であろう?妾は知っておるぞ!」
「それ、地域によって色が違うだけだからな」
「何……じゃと……?」
くだらないこと会話を空としてからショックを受けている詩織に向き直る。
「冗談はこれくらいにして」
「あ、冗談だったんだ……」
「む?妾は本気で……」
「アイアンクロー」
「うむ!勿論冗談なのじゃ!」
アイアンクローの一言で手の平を返した空。
無敵のクソフリーダムのじゃロリとはいえ、アイアンクローの前ではこの通りだ。
「さて、空は放っておくとして。詩織がこんな嘘を言うような奴じゃないってのは古い付き合いだからわかってる。だから、本当のことを言ってるんだろうな」
「し、信じてくれるの……?」
「あぁ、信じるさ。おじさんやおばさんに何の連絡もなく外泊するような性格じゃないし、皆が探しても見つからなかったってなると、そういうことものあるんだろうな。ってくらいには思うって」
「そ、そっか……信じてくれるんだ……」
頬を赤らめて嬉しそうにしている詩織を見て、ふと思うことがあった。
「なぁ、わざわざそれを俺に言った理由は何だ?別にただ単純に知っておいて欲しかった。ってだけじゃないだろ?」
「あ、それは……」
そこで言葉を止めた詩織に、これは何かあるな。と思いながら続きを待つ。
待っていたのだが、ドンドンドンドン!と玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
「む?何じゃ?」
「……随分と乱暴に叩いてくれるな」
「あ……ま、待って!えっとね、たぶんあれは……」
詩織が何か言っているが関係ない。
人様の家に対して音だけでわかるほど乱暴に振る舞うからにはそれなりに覚悟が出来ているはずだ。
「待って!!」
「空、行くぞ」
「うむ!妾とてこの家で暮らす者じゃ。不敬者には罰を与えねばならぬ!」
「だから待ってってば!」
玄関に向かう俺の後ろを意気揚々とついて来る空と、そんな俺と空を止めようとする詩織。
そんな構図で玄関に辿り着くと今も尚、扉は叩かれていた。
「さて、どうしてやろうかの」
「玄関の扉は外開きだ」
「ふむ?」
「扉を乱暴に叩いてる奴は扉とは距離が近いよな」
「うむ、当然じゃな」
「もし扉を思いっきり開けたらどうなると思う?」
「……任せるのじゃ!!」
「そういうのやめた方が良いと思うんだけどな!?」
詩織の言葉など聞こえない。とばかりに空は鍵を開けると勢い良く扉を開いた。
「ガッ……!!」
ズガンッ!というなかなかに強烈な音を響かせて空の開けた扉は下手人の顔面を強打した。
そのまま下手人が倒れ込むのを見届けてから空はそっと扉を閉めてから鍵をかけた。
そして満面の笑みで振り返った空と無言のサムズアップを交わす。
「ゼフィル!?」
詩織が何か言いながら折角閉めた扉を開けて外に飛び出てしまった。
一体何事だろうかと空と顔を見合わせると、空は何かに合点が行ったように一つ頷いてから口を開いた。
「おかえりはあちらだぜ?じゃな!」
「意味がわかんねーわ」
何を言っているんだこいつは。と思っていると空いている扉のドアノブに手をかけた空は外にいる詩織に声をかけた。
「またのお越しをお待ちしておりますので顔を洗って一昨日出直して来やがれクソ野郎、なのじゃ!」
そしてそのまま扉を閉めた。
閉めたことは良いとして、聞き逃せないことがあった。
「おい待てまさかそれ俺が前に言ってたこと繋げやがったな!」
以前に言ったことがある言葉を繋げたであろう言葉を楽しそうに口にした空を許してはおけない。
「ふっふっふ……妾に対する不敬、決して許せるものではないがこれをもって特に許すのじゃ!」
「ざっけんなテメェ!!」
「ふはははは!あいあんくろー程度、来るとわかっていればどうということはないのじゃ!あいあんくろー見てから回避余裕でした、なのじゃ!!」
「逃がすかよォ!!」
「だから余裕じゃと言っておるのじゃ!だいたい結城は前から沸点が意味不明過ぎて戸惑うことが多いのじゃ!って……え……?」
アイアンクローを見てから回避が余裕なら、空の知覚出来ない速度でアイアンクローを決めれば良いだけの話だ。
今まで手加減していたアイアンクローではなく、全力のアイアンクローを決める。
「捕まえたぜェ……!」
「いやいやいやいや!待つのじゃ待つのじゃ!!妾とて今まで結城が手加減をしておったくらいはわかっておる!じゃからちょーっと挑発して遊んでみても手加減してくれると思ったわけじゃ!!」
「テメェに一度でも手加減してやったのが俺の過ちだよなァ……!!」
「こ、殺されてしまうのじゃあああ!!」
完全におちょくられていたので空に手加減は必要ないと判断し、容赦なくやってやろうと右手に力を籠めようとしたところで玄関が勢いよく開いた。
「少し見ない間になんでそんなにバイオレンスになってるの!?」
下手人に肩を貸す形で立っている詩織が扉を開けた姿勢のままそう叫んだ。
「っていうか空ちゃんのこと片手で釣り上げるっておかしいよね!?」
「ちゃん付けするでないわ!この不敬者が!!!」
「え、何で僕が怒られたの?っていうか不敬者ってどういうこと!?」
「のじゃのじゃ言うような奴だぞ。不敬者って叫ぶくらいするだろ」
「しないよ!普通はそういうことしないの!!」
「うるさいのじゃ、不敬者。妾の機嫌を損ねると恐ろしいぞ?あつあつのおでんの、特に出汁の染みた大根をふーふーなしで食わせるのじゃぞ?」
「そういう芸人みたいなことをしようとしないでくれるかな!」
殺されると言っていた空は俺のアイアンクローから普通に脱出して詩織にあれこれと言っている。
最近テレビで見たおでんを使った罰ゲームをしようと考えているようだが、それに対して詩織のツッコミが入る。
漫才は他所でやってくれ。と思いながら先ほどから思っていることを口にする。
「で、そいつ何だ?」
「え?」
そいつ、と言いながら下手人を指差すと詩織の動きが止まった。
「そ、そうだった!ちょっと上がっても良いかな!?手当てしないといけないからさ!」
「まぁ、別に良いけど……あ、あれだけ玄関を乱暴に扱ったんだからきっちり話はさせてもらうからな」
「うむ、妾たちはぷんぷんじゃぞ!」
「俺の怒りの八割は空に向いてるんだが?」
「二割と言わず、残りの八割もその男にくれてやるのじゃ。うむ、何とも寛大な判断じゃろう?」
「相変わらず口も達者だな」
「妾らしくて結城も安心じゃろ?」
ドヤ顔でそう言った空の頭に手刀を落としてからリビングへと向かって歩く。
「場所を貸すくらいするから早く上がってくれ」
「う、うん……」
「やった妾が言うのも何じゃが、見事に伸びておるのう」
「綺麗に直撃だからな」
「我ながら見事じゃったな!」
「どうして二人が楽しそうなのか、訳がわからないよ……」
詩織は俺と空のやり取りを聞いてそんなことを零していたが、まぁ、こんなものだろう。
お互いに遠慮する必要はない相手で、容赦はそれなりにしつつ、本気でやり合うことはない。
本気でやれば俺が勝つのはわかりきっているのだから当然のことだ。
弱者は虐げるものではないのだから。
「詩織にはわからないだろうけど、気にするな。それよりも……鼻は折れてないよな?」
「う、うん……折れてはいないようだけど……」
「そうか。なら良いんだ。流石に骨が折れてるようなことになるとな……」
「あいあんくろーで妾の頭蓋が砕けそうじゃな」
「そこまではやらねーっての」
「完全な否定ではない辺りが何とものう」
頭蓋を砕くまではやらないが、ミシミシと軋むくらいにはやると思う。
それをわざわざ口にする必要はないので何も言わず、下手人をソファに横にするように詩織を促す。
「とりあえず冷やすか」
「打撲じゃからな」
「鼻血が出てるし、ティッシュでも詰めるか」
「変顔になるまでぎゅっと詰めるのじゃ!」
「ピーナッツでも行けると思うぞ」
「あれは水分を吸うと膨れ上がるからのう。取れんようになると思うんじゃが?」
「記念撮影は必須だな」
「笑うことの出来るものであればそれも良かろう」
「二人ともちょっと頭がおかしいんじゃないかな?」
呆れを通り越し、本当に純粋な疑問。というように口にした詩織。
頭がおかしいのではないか、と言われても仕方がないという自覚はある。
いや、だがしかし、単純にこの下手人に対する怒りがあるのでそれくらいは許して欲しい。
いきなり見ず知らずの人間が玄関の扉を強打し始める、というのは非常に恐ろしい物がある。それに対する怒りも加えればこの程度は当然だ。としておこう。
「まぁ、全ては小粋なじょーくという奴じゃな」
「全然小粋じゃないよね?」
「む?そうかのう?」
小粋なジョークとはとても呼べないものだったが、まだ小粋なジョーク初心者な空にはこれが限界だろう。
仕方がない。ここは空よりはそうしたことに慣れている俺がお手本をみせるとしよう。
「まったく、良いか、小粋なジョークっていうのはな……」
「あ、結城もそういうのダメなタイプだって知ってるからやめてね」
「クソ!先手を打たれた!!」
「完全に読まれておったようじゃな」
そんな遣り取りの間に詩織は下手人をソファに寝かせていた。
ここまでくれば遊んでいる場合ではないだろうと一応、手当ての手伝いをすることにした。




