ⅢⅩⅢ
「ベネ兄が行方不明ってガチっすか?」
第四王子王族艇に、驚愕の叫びがこだまする。
「ええ、わたくしめの静止を無視して傀楊の王族艇に突貫したひと兄様は、敗北して行方不明になっておりますの」
「生きてるんすよね?」
「今調べているのですが、どこにいるのかが一向に掴めないのですわ。 わたくしめの分身体も傀楊の攻撃で消滅させられましたので……」
応接室で頭を抱えるメレクと禄遜に、同席していた蓮蝶が困ったような顔で声を上げる。
「あのベネ兄が簡単に負けるとは思えんが? 一体何があったと言うんだ?」
「みつ姉様は支配怪象を使ったひと兄様に瞬殺されましたものね? 信じられないのも無理ありません」
「やかましい、お前から買った情報で傀楊の怪象は大方の予想はつくが、詳細がわからんと倒された理屈に納得ができん。 私にわかるのは、奇襲が得意ということだけだ。 お前はあいつの能力の発動条件を知っているのか?」
「もちろん知っていますわ? あの子に無知の状態で立ち向かえば、おそらく誰も勝てないと思いますの。 奇襲にも優れているとは思いますが、こちらに関しては統括者の赦鶯が入念に計算した上で相手の移動ルートや行動の予測ができないとうまくいかないですからね」
禄遜は人差し指を立てながら傀楊の怪象を解説し始める。
「あの子の怪象は時間を司る現象再現。 一度起きた現象を何度でも再発させるという反則じみた能力ですの」
「ちょっと待って禄ちゃん、意味がわからないっす」
「簡単に説明しますと、発砲後の銃に触れた瞬間、その銃が発砲した地点でなんの前触れもなくもう一度同じ現象を起こせるという能力ですの?」
「「は?」」
メレクだけでなく蓮蝶までもが困惑の声を上げる。 禄遜は困った表情で傀楊の能力を詳しく解説し始めた。
傀楊の能力は時間の力を司っており、対象物に触れればその物質が起こした現象を再発させる能力である。
爆破した爆弾のかけらに触れれば、その爆弾が爆発した地点で同じ現象を何度でもおこせる、刀だった場合切り裂いた空間をなんの前触れもなく再度切り裂く。 対象物に触れている限りノーモーションで攻撃ができるため、傀楊と戦う際はどこでどの攻撃がされたかを記憶しながら立ち回る必要があるのだ。
傀楊が能力を発動しただけで突然虚空が切り裂かれたり、なにもないところが急に爆発する現象が発生するため、戦闘中は彼女が所持している凶器がどこでどういった現象を起こしたかを全て記憶していないとならない。 でないと思わぬ場所から攻撃が飛んでくる。
「つまり、ひと兄様が王族艇に侵入した際、傀楊はあらかじめ爆破していた爆弾のかけらを所持していたから怪象を発動して再度爆破。 奇襲を受けたひと兄様は訳もわからないまま爆発をモロに喰らってしまいましたの」
「あいつの能力はある程度予想していたが、まさかそんな反則級だったとは驚きだ。 おかげでドレ兄の王族艇を爆破したカラクリがようやくわかったぞ?」
「ええ、ふた兄様は几帳面で、決められた航空ルートしか使わないため奇襲がしやすかったのでしょう。 ふた兄様の王族艇が通るルートであらかじめ爆発物を作動させて、王族艇が通るタイミングで能力を発動すれば、なんの前置きもなく機関部を爆破することなど簡単でしてよ?」
渋面を浮かべる蓮蝶とメレクを横目に、禄遜は小さく息を吐く。
「王族艇の航空ルートは常にランダムにさせ、あとは傀楊の王族艇に侵入しないようにすれば奇襲は防げますわ。 あの子は能力自体は恐ろしいですが、身体能力は大して高くないので王族艇から引き摺り出してしまえば倒すのは簡単ですの」
「とは言っても、あいつは王族艇から出てこないだろう?」
「まあ、そうとも言いますわね」
沈黙する三人。
今後の流れを確認するために集まっていた三人は、一番の難関になるであろう傀楊の対策や、なぜかメレクの招集に応じなかったベネトナシュとグレースの行方を捜索するために話し合っていたのだ。
グレースに関してはドゥーレに捕まってしまっていた事がわかっているため、最初の方針としてはグレースの救出作戦。 その後はアルカディア王家の情報を探るためにステュークス構成員たちの記憶を復活させることが目標になっているのだが、おそらくそれをしようとすればアルカディア王家から妨害を受けることになる。
そのためメレクたちは王選から辞退し、アルカディア王家との関わりを断つことに決めたのだ。 本当だったらベネトナシュも同じタイミングで王選を辞退するはずだったのだが、傀楊に撃退されてしまったベネトナシュは王選辞退の宣言に参加できず、結局三人だけで行動する羽目になってしまった。
ある程度行動方針が決まったため、蓮蝶は応接室を後にする。
部屋に残った禄遜は、ソファーに身を投げるように脱力しているメレクを横目に、気になっていた質問を投げかけることにした。
「あの、メレクおにー様? 一体いつからこうなることを予想しておりましたの?」
「ん? なんの話?」
メレクは素っ頓狂な顔で返事をするが、禄遜は呆れたように目を細めながらメレクを凝視する。
「わたくしめが気がつかないと思ってますか? メレクおにー様は最初にみつ姉様と会談した際、明らかにみつ姉様が兄弟同士の同士討ちを目論んでるように見せかけていました。 メレクおにー様はアルカディア王家から派遣された者を炙り出すために、みつ姉様が悪役に見えるよう会話していたのでしょう?」
「そんなことないよ、会食の時ちゃんと本当のこと言ったじゃないか。 蓮姉はみんなのことを思ってるって。 まあ、誰も信じなかったけどね?」
「まあ、みつ姉様もアルカディア王家の思惑をわかっていたから、ある程度悪役を演じて自分が怪しまれないよう動いていたんでしょうけど、あの会談を盗み聞いていた者は全員勘違いして当然ですわ。 わたくしめからすれば、メレクおにー様のあの質問がみつ姉様を悪役に見せかけるための重要なトリガーに聞こえて仕方がありませんでしたけれど」
禄遜はあたかも初めからメレクがこの展開を予測していたかのように思い込んでいるが、メレクは彼女の深読みを嘲笑うように口角を上げた。
いつもの単純で優しそうな表情のメレクとは思えないほど歪な笑みを前にして、禄遜は背筋に怖気を感じて一歩下がる。
「僕、そんな面倒なこと考えてないっすよ?」
メレクはスッと上半身を起こすと、道化のような笑みを貼り付けながら、
「いいっすか禄ちゃん、人を操るためには嘘で固めた事実を使うより、真実の中にほんの少しだけ混ぜた嘘を使った方が効率がいいんすよ」
「真実の中に、嘘を混ぜる?」
「そう、僕は王選が始まってから一つも嘘を言ってない。 にも関わらず、今回は僕の思い通りの結果に終わってくれた。 みんなの企みに合わせてすこーし思っている事を、違う形にして伝えただけっすよ」
「最初からみつ姉様の企みに気がついていたのですか?」
「いや? 全然知らなかったっすよ? けどステュークスの尋問をわざわざしにくるあたり、ドゥーレ兄を殺そうとしてるとは思えなかったんすよね? 何かを警戒して、肝心な情報を隠してるとは思ったっすけど。 だから僕、会食の時みんなにちゃんと意見を言ったじゃないっすか。 『蓮姉はああ見えてお優しいから、あながち心配してるっていうのも本当なんじゃないです? だって蓮姉、そう言う事素直に言いたがらないでしょ?』って」
「あれって本心でしたの?」
「九割はね」
メレクの口元が三日月のように歪む。
「あの時の言葉を本心にするなら、『蓮姉は僕たちの知らない何かから、僕たちの事を必死に守ってくれてるんですよ。 まあ蓮姉は素直じゃないから本当のことは言ってくれないでしょうがね?』です。 言い方変えればほぼ一緒でしょ? 君の双子たちが同じようなことを同時に言っているように、僕も少し本心を歪めて伝えてるに過ぎないんすよ」
メレクは勢いよく立ち上がり、応接室の窓際に移動すると、王族艇の下を覆い尽くす雲海を俯瞰しながら呟く。
「九割の本音と一割の嘘、そしてそのわずかな嘘を積み重ねていき、みんなに勘違いさせる。 おかげで僕はちょっと頑張っただけで思い通りの結果になってくれたっすからね?」
「あ、あの、メレクおにー様は、一体何を望まれているのです?」
恐る恐る訪ねる禄遜の額からは一筋の汗が滴った。
「僕は王様になる事が望みっすよ?」
「では、なぜ王選を辞退されたので?」
「なぜって、誰かが作った国を手中にするより、僕を慕ってくれてる人たちと一緒に他の国を奪う方が楽しそうだし。 乗っ取った方がすでに確立された政策じゃなくて、自分の思い通りの政策に塗り替えられるじゃないっすか? 僕以外の誰かが作った国を丸々もらっても、そんなんただのお飾りの王様にすぎないっすからね」
メレクはゆっくりと振り返り、いつもの優しそうな微笑みを禄遜に向けた。
「僕の思い通りの国を作るために、アルカディア帝国を乗っ取る。 これが僕の望みっす。 これから僕たち革命軍はアルカディア王家をボコボコにして、理不尽な追放をしない誠実な国を。 争いのない平和な社会を一から作っていくんすよ」
その後、メレクから全国民に一つの文書が公開される。
第四王子が管轄する領空の独立宣言と、革命軍の発起。 今後、アルカディア帝国を合衆国として再建するための方針と、メレク、蓮蝶、禄遜の三名を主軸にした革命軍からアルカディア王家へ宣戦布告。
これらの内容が記載された文書に目を通した国民たちは混乱に包まれた。 同時にアルカディア王家はメレク率いる革命軍を指名手配。
しかし国民たちはそれを人ごとのように見守った。 今まで働かずに娯楽を楽しんできた国民たちはそんな通達を見ても人ごとのように意見を述べるだけ。
国に逆らうメレクたちを捕まえようとする者は一部だけだった。 王族艇を破壊されたドゥーレは自由に動けない上に、透真やグレースが明らかにした事実を知り、今の王家に不満を持ち始めてしまっている。
力を持つ者たちは、誰も革命軍を倒そうと動かなかった。 対応しようと動いたのは現在王選ランキング一位の傀楊だけ。
まんまと出し抜かれた赦鶯は苦渋を舐め、アルカディア王家に救援を求めることしかできない。
かくしてアルカディア帝国は、滅亡への道筋を歩むことになるのだった。




