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ⅢⅩⅡ

(なんじゃ? あの三人は一体何を企んでいるんじゃ?)

 

 傀楊が自室に戻ったと同時に、部屋全体に無数の電子映像を浮遊させて調べ物をしている赦鶯(しゃおう)は額から滝のように汗を垂らしていた。

 

(このタイミングで王選を辞退した理由がわからん。 王選を辞退したところで何も変わりはせん。 次期国王の座につきたくなかった? それならあまりある怪を国民の安全のために大盤振る舞いすればいいだけじゃ。 辞退すれば国から食料や日用品の供給がなくなる。 そうすれば奴らが大切にしている国民たちから不満が殺到するに決まっておろう)

 

 三人が王選を辞退した際の文章を見比べるが、どれも文面はほぼ同じ。 要約すると、この国の政策に対して不満を抱いたため、王選からは辞退する。 といった文面が簡易的に記載されているだけだ。

 

 政策への不満、その文章を見て赦鶯は王家が今までしてきた国民の間引きに気が付かれたと察してた。 しかしそれを防ぐためには自らが王選で勝ち抜いて国を変えるしか方法がないと思っている。

 

 ならば王選から辞退することはこの上ない悪手。 もはやアルカディア国民を見放したと思ってもいいだろう。

 

 赦鶯はアルカディア王家から派遣されたスパイだ。 彼の仕事は王族候補たちを(そその)し、追放された元国民である空賊を討伐させたり、王族候補たちに同士討ちをさせるのが目的だ。

 

 教育と謳って行われる三年間の月日でそれぞれの王族候補たちの性格や思考を研究し、一番扱いやすそうな王族候補に取り入って、唆す。

 

 最も扱いやすくなるのは末っ子に多い傾向があった。 末っ子はわがままで負けず嫌いになりやすく、周りからもチヤホヤされやすいせいで自分の思い通りに行かないとこの上ない苛立ちを露わにする。 思考も非常に短絡的になりやすく、扱いやすさは折り紙付きだった。


 赦鶯は末っ子である傀楊に目をつけた。 目論見通り、傀楊は非常にいい働きをしてくれた。

 

 常にランキング一位だったドゥーレは王家の昔の記憶を調べようと躍起になっていたため、過去の文献を調べようとしている彼は赦鶯にとっては目障りでしょうがなかった。 なんせ、今までアルカディア王家がしてきた国民の間引きが知られたら大問題になりかねない。

 

 赦鶯の中で、ドゥーレは最優先処罰対象となった。

 

 そして傀楊は、常に一位をキープし続けるドゥーレに対し非常に対抗心を燃やしていた。 彼女はわざと気弱な少女を装って他の王族たちを欺き、王選開始直後の混乱に乗じて真っ先にドゥーレを始末する動きを見せたのだ。

 

 唆してもいないのに思い通りの動きを見せる傀楊に、赦鶯は今回の王選は楽に終わるだろうと油断しきっていた。

 

 なんせ彼の仕事である王族同士の同士討ちは、蓮蝶が率先して唆しているように写っていたし、元国民である空賊の排除は禄遜とメレクが共同して行っていた。

 

 彼らの空賊撃退率は過去を遡ってもダントツのトップ。 メレクの能力に少々不安が残るが、空賊の記憶が消されていることに気が付かなければなんの問題もない。

 

 ドゥーレが昔の記録を見つけ、その記録を他の王子に漏らさなければ万事上手くいく。 王選開始直後、ドゥーレの王族艇を墜落したその瞬間、赦鶯の中では計画が完璧に作動していたのだ。

 

 あとは傀楊のわがままに付き合えばいい。 気に入らないといっていた禄遜排除を手伝い、傀楊が王選ランキングで一位になれば万々歳。

 

 一位になるのが無理そうなら自分が直接傀楊を唆し、他の王族を始末させればいい。

 

 しかし、蓋を開けてみれば自分の掌の上で踊っていた三人が共闘関係になって王選から辞退している。 嫌な予感が頭の中から離れない。

 

(蓮蝶王女の目的は、王族候補たちの同士討ちではなかったのかのう?)

 

 王選開始宣言が行われる前に蓮蝶とメレクの対談を盗み聞いた赦鶯は、ドゥーレとメレクを衝突させるのが蓮蝶の目論みだと予想していた。 またはステュークスと繋がっており、ステュークスにドゥーレを潰させるのが目的なのだと。

 

 そう、赦鶯は知らないのだ。 ステュークスの頭目が、記憶を消されていない元第五王女のグレースだということを。

 

 禄遜の情報収集力を恐れた蓮蝶は、最新の注意を払ってステュークスと繋がっていた。 そのせいで赦鶯はステュークスの事をそこら辺の野良空賊だと認識しており、蓮蝶は過激派の愚かな王女だとしか認識していない。

 

 だが、この王選辞退の宣言を聞いた赦鶯は、一つの可能性を示唆する。

 

(まさか、掌の上で踊らされていたのはわしじゃったのか?)

 

 目の前に広げた電子映像を隈無く調べる。 放置していたはずの三人が手を組んだ理由は必ずどこかに存在する。 黒幕が必ずいるはずなのだと願い……

 

(やはり、禄遜王女は早々に始末するべきだったか?)

 

 この時、赦鶯は禄遜が全ての元凶だと決定付けた。 しかしそれが間違いであったと知るのは、この後とある人物から宣言された文書を見るまで気が付かない。

 

 

 

 *

 王族艇を墜落させられたドゥーレは、師団長たちが脱出した中型飛空艇に避難していた。 もはや墜落した王族艇を探すのは不可能。 その上王族艇ほどの規模になれば、一から作り直すと作成に一年以上かかる。

 

 彼が行う政策の内、最も支持を集めたのは飛空艇建築に関する技術向上が有名だが、さすがのドゥーレでも今から王族艇を再建して王選ランキングに返り咲くのは不可能に近い。

 

 絶望的な雰囲気が漂う中型飛空艇の奥、重罪人を拘束した牢獄の前で、ドゥーレは瞳孔を開きながら電子映像を見つめていた。

 

「メレクたちが、王選ランキングから辞退、だと?」

 

 動揺のあまり思わず声が漏れてしまうドゥーレ。 牢獄の中からは嘲笑うような声が響く。

 

「あらあら、蓮蝶ちゃんたちはうまくいったようね? それにしても、王選から辞退するなんて何を考えてるのかしら? わたくしたちが蓮蝶ちゃんを一位にしようと奔走していたのが無駄になっちゃうじゃない?」

 

「おいおい、そりゃないぜ? まさか諦めたわけじゃないよな?」

 

「そうは思わないけど、何かしら考えがあるんじゃないかしら? ほら、蓮蝶ちゃん言ってたでしょ? メレク王子は本当に食えない男だって」

 

 全身をガチガチに拘束されているというのに、呑気に会話し始めた重罪人たちに鋭い視線を向けるドゥーレ。

 

「貴様ら、無様に捕まっているくせに無駄口を叩くな。 とっとと情報を吐け」

 

「さっきから言っているでしょう? わたくしたちの目的は蓮蝶ちゃんを一位にして、この国の次期国王にすること。 国民たちを間引くという愚行に走るアルカディア王家を根本的に改善しようとしていたのよ?」

 

 あっけらかんとした声音で答える重罪人の女性。 ドゥーレの隣で眉を歪めている統括者のシンシアは、彼女の言葉を聞いて不満を露わにする。

 

「あなたたちが元第五王女とその統括者って話は、支配怪象を使っていたから信憑性があるけど、アルカディア王家が今までそんな非人道的な事をしていたというのは証拠がないと信じられないわ?」

 

「だから言っているじゃありませんか。 メレク王子に頼んで空賊たちにかけられた記憶操作の怪象を消してもらいなさいって。 最も、王選を辞退したメレク王子に気安く話を聞きに行くことはできなくなってしまったでしょうがね?」

 

 全身を拘束されている重罪人、元第五王女のグレースがおかしそうに鼻を鳴らす。

 

「随分と余裕そうだな、貴様らは自分が置かれている状況を理解しているのか? 次に舐めた口を聞いてみろ、その横っ腹に風穴を開けてやるぞ!」

 

「ちょっとドゥーレ様? 落ち着きましょう? そんなにぷんぷんしたらこの二人の思うツボよ?」

 

 ギラついたドゥーレの眼差しが二人に突き刺さる。 相当いらついているのだろう、口調も荒々しく清算性に欠けていた。

 

 シンシアは苛立ちを募らせているドゥーレを宥めようと、必死に声をかけるのだが、

 

「なぁ第二王子、お前がなんでそんなにイラついてるのか、当ててやろうか?」

 

 追い打ちをかけるようにグレースの統括者、透真が声をかけてくる。

 

「お前が今まで無慈悲に切り伏せていた空賊たちは、考え方を変えれば罪のない元国民たちだ。 お前が忠誠を誓ってるアルカディア王家から理不尽に追放されただけなんだからな」

 

「黙れ、いくら無慈悲に追放されたからといって、この国の民たちを殺してきた理由にはならん」

 

「言っておくが、俺たちステュークスはこの国の奴らを殺してもいないし、むしろ保護してきた側だ。 お前たちが知らないだけで、地上では二つの勢力が争ってる」

 

 新たな情報を聞き、ドゥーレはギラついた瞳を細めた。

 

「空賊共にも派閥があるというのか?」

 

「ああそうだ。 俺たちステュークスの目的は、理不尽に追放されてしまうアルカディア国民たちを救うために、国の方針を変更させること。 もしくは怪奴隷にされた国民たちの救出だ」

 

 透真は注意深くドゥーレの顔色を伺いながら一呼吸置く。 ドゥーレからなんの質問がないことを察すると、透真はつらつらと説明を続けた。

 

「対してアーケロンはお前たちの言う野良盗賊だろう。 こいつらの目的は空中に浮かぶ謎の都市を破壊、およびそこに住む天空人たちの絶滅だ」

 

 シンシアは驚いたように息を呑んだが、ドゥーレは相変わらず真剣な瞳を透真に向けている。 既に彼の瞳からは怒りが消えており、透真の話を疑うような態度は見せていなかった。

 

「俺たちステュークスは元怪象師団で構成されているが、アーケロン構成員はほぼ素人だ。 実力差が開くのはそう言った理由だな」

 

「あの戦闘力の高さにも、お前らの組織的で無駄のない動きにも納得はできた。 ならばなぜ、お前たちステュークスは理不尽に国を追放されたと言うのに、現アルカディア国民たちを救おうとする?」

 

「んなもん決まってんだろ? 俺たちは元々国民たちを守るために集まった怪象師団だ。 たとえ記憶が無くなってたとしても、守ろうとしていた国民たちがこれから理不尽な目に遭うってわかれば、助けたいと思うのは当然だろう?」

 

 透真が呆れたような声音で返事をするが、ドゥーレは論理的でない返答に理解が追いつかない。

 

「論理的な根拠はないのか?」

 

「あるかよ? だったらお前はどうなんだ? こんな非道を平気でやってるアルカディア王家に、今でも支えようとする論理的根拠は? 王家に従うことで国民たちを地上に追放することになるとわかっている上で、王家に忠誠を誓うことに論理的な根拠が存在するのか? お前は自分を慕って集まってきた国民たちを守るために、今まで政策を進めてきたんじゃないのか?」

 

「……それは」

 

 ドゥーレは言葉を失った。 今まで王家のために戦い続け、自分を慕う国民を守るために政策を行ってきたが、このままでは王選ランキングで一位になれず、やがて記憶を消されて地上に追放されてしまう。 その上、一位になろうとする他の王族に殺されてしまうかもしれない。

 

 それをわかっているため、返事につまづいてしまう。

 

「あのな、第二王子。 王選の結果だけ見ればお前は確かに優秀なのかもしれねえが、見方を変えれば頭が固えだけの困ったちゃんでもあんだよ。 俺たち元国民が、これから追放されるかもしれない国民たちを救おうとするのは理屈じゃねえ。 誇りだよ」

 

 透真の真剣な瞳に刺されたドゥーレは、次第に瞳に迷いを混濁させていく。

 

「このぐーたらが許される世界でも国民を守るために戦う事を選んだ怪象師団は、記憶を消されたとしても誇りは失わねえ。 論理的理由なんてはなっから存在しねえんだ。 大事なのは、自分がどうしたいか、だぜ? 鉄仮面さんよ?」

 

 しばらくの無言が続いた。 うつむき、何も返答せずに素描が経過するが、透真もグレースもこれ以上口を開こうとしない。

 

 心配そうにシンシアから見つめられる中、ドゥーレは心ここにあらずと言った雰囲気で、迷いをこぼす。

 

「……自分が、どうしたいか、だと? 俺は、俺がしたいことは——」

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