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兄妹

ガタガタ………ゴーー…………





 落ち着いて話ができるように、荷物を軽く片付けたり、濡れた服を簡単に片づけたりした。


 そうこうしている内に心の準備もできた。


 ……ふう、よし。


「お待たせ」


「ううん」


 少し待ってもらっていたのに、遥はまだ正座を崩していなかった。


「えっと……脚しびれない?」


「いや……大丈夫」


 床にそのまま正座してるし、絶対脚痛いだろうに。あー……この前宮本さんに薦められたクッション、買っておけばよかったかな……。


 話し相手が正座なら俺もそのほうがいいかと思って正座をしたら、「あ、いや、お兄ちゃんは……」と止められてしまった。ここまで深刻な感じを出してくるということは、やっぱり、去年の話だろうか。


 それなら、俺も正座をするべきだと思うのだけど止められてしまったので、取り敢えず胡坐で座った。


 そして、遥が震えるように深呼吸をしてから、話し始めた。


「お兄ちゃん」


「……うん」


「……この前、お兄ちゃんの部屋に入って」


「……ん?」


 え?部屋?


「あの、その……ちょっとだけ、日記を読んじゃって……」


 ……は?


「え……。…………ええ⁉」


「ほんとに、ちょっとだけ、2ページくらいだけ……。その、ごめんなさい……」


 え、日記?いや、読んじゃったって……いや、読むなよ、他人の日記を。つい目に入っちゃったなんてことが起きるわけないんだし、絶対自分から読みにいってるだろ。


 というか、どこを読んだんだ?


 ……いや、普通に考えれば、夏休み以降のどこかを読まれたんだろう。あの日以前の日記はごく普通の日記だったし。


 あの日記の一番酷い部分。そこにはあの頃のぐちゃぐちゃの感情をぶちまけられている。あまり細かくは覚えていないけど、家族に対することも書いていたと思う。


 ええー……。


 一番見られたくないものを見られたんじゃないだろうか。いや、そんなものを実家に置いて行った俺も悪いけど。だからと言って、人の日記を読むなよ……。


 家族と話はしないといけないと思っていたけれど、そんな醜い胸の内までぶちまける気はなかった。多分、遥も見て後悔しているだろう。


「……」


「……」


「ごめん、なさい……」


「うん、いや、まあ……」


「その、それと……あの時、酷いこと言って、ごめんなさい」


「……」


 遥は震える声で謝罪の言葉を口にした。


 ……やっぱり、あの時の話になるよな……。



 「いいよ」とか「過ぎたことだし、気にしてないよ」と言うのが、兄としては正しいのだろうと思う。妹が謝るなら、兄は笑って許すのが普通だ。でも、その言葉は出てこなかった。


 胸の中に生まれたもやもやしたものが、その言葉を発するのを邪魔してくる。



 遥から謝罪の言葉が投げられてから、しばらくの間黙ってしまった。


「本当に、ごめんなさい」


「……」


「傷つけて……最低だなんて言って、本当に……ごめん」


「……俺が、あんなこと、本当にすると思ったの?」


 口から出たのはそんな言葉だった。


 こんなことを聞いても何にもならない。そうとはわかっていても、聞かずにはいられなかった。こんなことを聞いても、返答によっては、自分がまた傷つくだけだ。


 でも、あの時言えなかった疑問が、自然と口から出てしまっていた。


「う……、お兄ちゃんも、悪いことして喧嘩になっても謝らないことがあるんだって、……弱味を見つけたみたいな気分になって、その、……あの時は、反抗期だったというか……。お兄ちゃんがそんなことするわけないって、今は、思ってるけど……」


 返答は最初から鼻声で、最後の方は完全に泣きながら話していた。


 最初の方は、泣きたいのはこっちだ、という気分だった。遥の話の違和感からその気分は徐々に薄れていった。


「……けん、か?」


「え?」


 中学の、例の一件。『悪いこと』は事実とは異なるけれど、したことになっているし、実際に亮介に対して少し罪悪感はある。『謝らない』というのも、確かに謝ってない。やっていない罪の謝罪をする必要はないと思っていたから。


 ただ、『喧嘩』はしていないし、していたことにもなっていない。


 多分、心の余裕がない状態だったら、こんなことに気づかなかった。実家からそのまま帰ってきて、今の状況だったら、今頃遥を帰らせようとしていたのではないかと思う。


 思い返せば、あの日遥は「最っ低だよ、お兄ちゃん」という前に、「澄香ちゃんから聞いた」と言っていた。


「……去年の事、澄香からなんて聞いたんだ?」


「え?……その……、お兄ちゃんが、友達と喧嘩して、絶対ににお兄ちゃんが悪いのに、謝らなかったって……それで、学校で、いじめられてるって……。あの時は、本当に私、どうかしてて……」


 ……まあ、中1の子にペラペラ喋れる内容じゃないもんな。澄香も遥のことは妹みたいに思っていただろうし。となると……日記のほうも本当に2ページしか読んでないのか。そしてその2ページには俺と亮介との間に起きたことについては書かれてなかったと。


 ……そうか……。


「は、はは……」


「……?」


 思わぬ事実に笑いが出てしまった。


 もし、澄香が両親と同じ内容の話を遥にしていたら、その、「そんなことするわけない」が勝ってくれたのだろうか。……いや、起きていないことについて考えても仕方ないか。


 ……ちゃんとしないとな。


「遥」


「う……」


「まあ、……人に向かって最低だなんて言わないほうがいいな。傷つくから」


 そう言うと、遥は驚いたような戸惑うような顔をした。


「あと、わかってるだろうけど、どんな理由があろうと、誰かをいじめたりしたら駄目だからな」


「う、ん……」


 遥は困惑を深めながらも、そんな返答をしてきた。


 ああ、そうだ。


「あと、……俺の方も、ごめん」


「そ、そんな、お兄ちゃんが謝ることなんて……」


「いや、俺もできることがあった」


「……」


 遥は首を横に振る。



 そして、しばらく遥が鼻をすする音だが部屋に響いた。



「遥」


「な、なに?」


 涙が引いたらしい遥に声をかける。これだけ長い間こじれてしまったんだ。何か、儀式のようなものが必要だと思った。


「握手。仲直りの」


「え……」


 手を出しながらそう言うと、止まったはずの涙が遥の眼からぽろぽろとこぼれ始めた。


「許して、くれるの……?」


「俺は許すし、遥も俺を許してくれるなら、握手しよう」


 そう言うと、遥は凄い勢いで両手で俺の右手をつかんだ。


 俺の方は色々あったけど……遥がしたのは、反抗期の妹が兄に暴言を言ったというだけのことだ。色々とタイミングが悪すぎただけで。それだけを考えれば、俺が遥を許さない理由はない。謝られたら普通に許せることだ。まあ、いじめられてると聞いたのならちょっと考えてほしいものではあるけど。


 本当のことを話す必要はないよな……。


 妹にあんな話を聞かせたくないし……どこかで信じてもらえないのではないかと考えてる自分がいる。


 でも、すぐにとはいかなくても、いつかまた昔のような兄妹に戻れるんじゃないかと、遥の手を握りながら、そんなことを思った。







久々に緊張する更新でした……。

優しくできるのはこの子まで。妹だしね。

次回か次々回あたり、遥視点の可能性もあり。

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