お邪魔します
ザ―――――――………
座り込んでいる遥は、家にいた時と同じ格好で、小さなバッグだけを横に置いていた。雨に濡れた様子はないし、雨が降り始めるよりも早くここに来ていたようだ。いつから雨が降っていたのかはわからないけど、追いかけると言っていたのなら大分前からいたのだろう。
まあ、風邪の心配もなさそうでよかった。……このままだと俺のほうが体調を崩しそうだし、早く家に入って着替えないと。
「……遥」
「っ!」
名前を呼んだだけなのに、遥はビクッと怖がるような反応をする。そして、顔を下に向けて立ち上がった。
……そんな反応をされてもな。……家に突然来られて、どちらかというと怖いのは俺の方ではないだろうか。
「母さんが心配してた。連絡が取れないって」
「えっ」
遥は驚いた声を出す。そして、俺が家のカギを開けたところで、携帯を取り出して「あ……」と声を漏らした。
「充電、切れてた……」
まあ、予想通りだな……。
じゃあ、取り敢えず俺から母さんに電話して、遥には家で少し充電してから帰ってもらえばいいか。
「取り敢えず、入って」
「ご、ごめん……」
「いや、何もなくてよかったよ」
そう言いながらドアを開けて、遥を家の中に入れた。
「お、お邪魔します……」
遥の声を聴きながらびしょ濡れの靴下を脱いで、洗面所に向かった。
そしてタオルで髪を拭いて、服も水滴が垂れない程度に拭く。
……さっさと着替えないとな。
着替えを取りに行くために洗面所から出ると、玄関にまだ遥がいた。
「……どうかした?」
「いや、その……」
あー……、急に初めての家に入れられたからどうすればいいのかわからない、……のか?そんなことを気にするタイプだっただろうか。
……いや、今の俺たちの距離を考えれば普通の事か。
「中に充電器あるから、それで携帯充電していいから」
「うん……」
……昔はかなり仲のいい兄妹だったと思う。遥が中1になったときくらいから、喧嘩……というか、遥がよく反発するようになった。そして、その夏に例の一件があって、そのまま碌に話すこともなく今に至る。
仲良くしていた時を思うと、今のこの感じは少し寂しい気もするな。
……あ、母さんに電話しないと。
遥が部屋に入って充電器に携帯をつなげたところで、俺は母親に電話をかけた。
『もしもし!翔太、遥は⁉』
呼び出し音がすぐに終わって、心配そうな母さんの声が聞こえてくる。昔から、遥関連の事だとよく聞いた声だ。
「大丈夫。うちに来てた」
『そう、それは良かった……』
大きく息を吐くように発せられたその言葉は心底安心したということを伝えてきている。
「……じゃあ、遥に代わる?」
『あ、そう、だね。お願いできる?』
遥の方を見ると、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「うん」
遥に携帯を差し出して、母さんだということを伝えると、遥は携帯を受け取って電話越しの母さんに謝りだした。
……着替えるか。
洗面所で着替えて、部屋に戻るともう電話は終わっていた。
「お兄ちゃん、これ、ありがとう」
「ああ、うん」
差し出された携帯を受け取る。
その携帯に映されている時刻は18時前だった。多分実家に居たら夕飯を食べていた頃だろう。……いや、父と一緒に夕食を食べるとしたら、18時半くらいか。
そんなことを考えた時、あの光景が頭によぎった。父と母が正面に座って俺を責めるように見てくる、あの光景。
少し気分が悪くなって、頭が重くなった気がする。
振り払うように頭を軽く振った後、顔をあげると遥と目が合った。そして、パッと目を逸らされてしまう。
気まずい……。えっと……飲み物でも出したほうがいいか。帰ってきたところだしお茶すらないけど。
「あー、適当に座っていいから。水飲む?ちょっと待ってくれればお茶も出せるけど」
「あ、いや……うん、水飲みたい、かな……」
コップに水を入れて持っていくと、遥は床に座っていた。宮本さんが来た時もこんな感じだったな。まあ、座る場所ないしそうなるか……。
「水、ここに置くから」
「ありがとう……」
勉強机にコップを置いて遥の様子を伺うと、そこには正座をしている遥がいた。
「お兄ちゃん」
「……なに?」
「その……、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
俺のところに来た理由がそれだという事なんだろう。でも……話したいこと?俺から話すべきことはあるけれど、遥から俺に話したいことって何だろうか。
正直、俺はあまり話したくない。家で話すときも、両親中心で話すつもりだった。内容が内容だけに、妹には話しにくい。
……やっぱり、俺の方はまた今度、両親と話すときに同席してもらう形にしよう。話したいこと、というのがその件についてなら……
「お兄ちゃん」
もう一度呼びかけてくる遥は、今まで見たことがないほど真剣な表情をしていた。
……。
「……わかった。少し、話そうか」




