3人の昼食
ふんふん…………ギュッギュ……
「……はーい」
遥の返事が返ってきて、足音が聞こえる。いつもは返事をしてもすぐ来なかったり、返事すら返ってこなかったりもするのだけど……翔太が帰ってきているからだろうか。
すぐにドアが開いて、遥が入ってくる。
「翔太は?」
「多分、すぐ来ると思う」
そう言うなら、もう呼ばなくていいか。
最後に、3人分のお茶を入れると、それを遥が持っていってくれる。
「……豪華だね」
「翔太がいるのは久しぶりだしね。夜はお寿司にでもする?」
「あ、そうか……明日まで居るんだっけ」
「明日みんなでお墓参り行こうって言ってたでしょ?行けるよね?」
「……うん」
そう答える遥にはあまり元気がない。少し前から翔太の話をするときはいつもそう。何かあったのかと聞いても何でもないとしか言わないので理由はわからない。
それについても、1年前のあの件についても、今日、家族4人で話をしよう。今日は夫には早く帰ってこられるようにしてほしいと言ってある。
私は、翔太から嫌われているんだろう。でも、家族だから、ちゃんと話をすれば、昔のような家族に戻れるはずだ。ちゃんと話して、それで、明日みんなで一緒に出掛けよう。そうして、ちゃんと仲直りしよう。
――ガチャ
扉が開いて、翔太がゆっくりと入ってくる。
そして、座って待っている私の横の方を見て、ボーっとするように立ち止まった。
・・・・・・?
「……どうかしたの?」
「お……いや、ちょっと、……そこに虫がいた気がして」
「え!」
「ごめん、見間違いだった」
「そう?良かった……」
そう言いつつ、翔太が見ていた今は空いている席の後ろの方を確認する。そこは特に汚れがあるとか物が落ちているということはない。
そんなことをしている内に翔太が自分の席に座った。
「じゃ、食べましょう」
「……いただきます」
「いただきます」
そんな感じで久しぶりの翔太がいる食事が始まった。
「そうだ、学校から、これ、送られてきてたよ」
「あ……うん」
「ちゃんと、頑張ってるみたいね」
「……」
机の端に置いてあった高校から送られた成績表を出してそう言っても、翔太はそれしか言わない。お昼を食べ始めた時からずっとそうだ。遥の話をしても、私の話をしても、簡単な相槌が返ってくるだけだった。ご飯は、食べてはいる……けれど、急いでいるというか必死というか……そんな感じがする。
「……翔太、学校は――」
――カランッ
そう切り出した瞬間に、何かが落ちる音がした。場所と音からそれが翔太がお椀を落とした音だというのはすぐに分かった。
「ちょっ、何してるの!」
「あ……」
「……大丈夫?」
なにをやっているんだと思って翔太を見ると、そこにいる翔太はどこか弱弱しく、怯えたような様子だった。それは、私の中の翔太のイメージとはかけ離れた姿だった。
え……
「……ごめん」
「いや、その……」
驚きで言葉が出ない。
翔太は立ち上がって落としたお椀を拾い、お椀の中身のスープはほとんど飲み切っていたようだけど床を布巾で拭いた。
そして、お椀を置いて布巾を持ったまま洗面所の方に行ってしまった。
遥の方を見ると驚いたような、心配するような顔をしている。
そして、洗面所から帰ってくる足音は、私たちがいるダイニングに来るのに通るドアを素通りしていってしまった。
え……。……え?
また、遥と目が合って、2人で何も言うことができずにその場で立ち尽くしてしまった。
少しすると足音が戻ってくる。しかし、またドアの前を通り過ぎて行って、玄関の方に足音が離れていく。
そこでようやく体が動いた。急いでドアを開けて翔太の方に早足で向かう。
「翔太!どうしたの!?」
もうバッグを持ち靴を履いて立っていた翔太に伸ばした手は、さっと身を引かれたことで空振りをした。
「……ごめん。明日は、3人で行って。……本当に、ごめん。あとで……電話、する……」
そう言い残して、翔太は逃げるように出て行ってしまった。
――ガチャン……
扉が閉まる音が響いて、恐怖心がこみ上げてくるような静寂が流れる。
「……お兄ちゃん……」
遥がつぶやくように言う。それは細く消えてしまいそうな声色で、私の不安を更に大きくさせた。
しばらくして、遥が突然動き出したと思ったら、ドタドタと自分の部屋に行き、小さなバッグを持って戻ってきた。
「……遥?」
「お兄ちゃん追いかける!」
そう言って、遥は急いで靴を履いて、行ってしまった。
一人玄関に残された私はどうすればいいのかわからず、立ち尽くすことしかできなかった。
ヒューー…………
いつも読んで下さり、ありがとうございます。




