誘い
「あ、いたいた。阿部!石川!」
終業式が終わって体育館から教室に戻ろうとしているところで、小畑さんから声をかけられた。その隣には宮本さんもいる。
「あ、小畑さん。昼はありがとね」
「どういたしましてー。大丈夫だった?」
「うん。多分」
昼休みが終わる少し前くらいに教室に戻ったから絡んでくる暇がなかったのか、絡もうとしてくる人がいないのかわからないけど、今のところは何か言われたということはない。不正だなんだと言われるならこれからなのかもしれないけど、幸い明日から夏休みだし夏休みが明けたときまでいろいろ言われてることはないだろうと思いたい。
「で、どうかしたのか?」
わざわざ待っていたようなので何か用かと思っていたら、俺よりも先に有輝が聞いてくれた。
その問いに対して小畑さんは「え?」という表情を浮かべた後、笑って答える。
「いやー、これで帰ったらもう夏休みだからと思って」
「あー、そう言うこと」
「まあ、それだけだから、じゃあ、またねー」
そう言うと、小畑さんはひらひらと手を振って「いこっ、美月」と宮本さんを連れてこの場から離れようとする。俺が手を上げて見送ろうとすると、宮本さんがこちらに少し近づいてきた。
「石川君、夏休み、色々遊びに行こうね」
「あー、うん」
少し緊張した様子で、笑いながらそう言う宮本さんに俺は小さくそう返すことしかできなかった。
その後、夏休み前最後のホームルームが終わって、俺は図書室に足を運んだ。ホームルームが始まる前にはこそこそとこちらをちらちら見ながら何か言われていたりしたけど、特に何もなく平和に図書室に来ることができた。
図書室に入って、過去2回時崎先輩が座っていた場所に目をやると今日もそこに時崎先輩の姿がある。いつも通り小説を読んでいて、手元にはその横には2冊の本が置かれていた。
「時崎先輩。こんにちは」
「い、石川君。こ、こんにちは……」
声をかけると、時崎先輩は読んでいた本をばたんと閉じて、挨拶を返してきた。
俺は、鞄からこの前お薦めされた本を取り出す。
「これ、ありがとうございました。面白かったです」
「石川君、読むの速いですよね……」
つぶやくように時崎先輩が言う。「何かしていないと嫌なこと思い出すので読んでいるだけです」とは言えないので適当に返す。
「あー……結構時間あったので」
「そうなんですか」
そんな会話の後に、前と同じように感想を喋った。今回は前回とは違って時崎先輩も俺の話にちょくちょく意見を出して来たりしてきて、違った視点から内容を見ることができて結構楽しかった。
「今回のやつのほうが俺は好みだったかもしれないです」
「そうなんですね……。あ、ありがとうございます」
「いえ、俺の方こそ、面白い本を紹介してくださってありがとうございます」
そんな感じで会話がひと段落つくと、2人の間に沈黙が流れた。
……帰るか。もう用もないし、なんか気まずいし。
「あー……、じゃあ、俺はかえ――」
「あの!」
「え、はい」
突然、時崎先輩が大きめの声を出してきて驚いてしまう。ここ図書室だし、あんまり大きい声を出すと周りから睨まれますよ、と思ったけど目の前にいる時崎先輩はそんなことを言える雰囲気ではなかった。
「そのっ……」
「……」
頑張って何かを言おうとしているようだったので黙って待っていると、時崎先輩は意を決したような表情で口を開いた。
「……文芸部に、入りませんか⁉」
「……」
「ああ……、それでか」というのが最初に思ったことだった。まあ、そう言う何かが無ければ、こうして本を紹介してくるなんておかしいもんな。図書室の妖精じゃないんだし。
でも……そうか。
「今、全然部員がいなくって、その、石川君、本好きみたいですし……」
「すみません。部活に入る気はないんです」
そう答えるのに、迷うことはなかった。部活に入るのは嫌だ。中3の時の件は部活での人間関係が原因だということから、同じ部活というものに入るのは絶対に嫌だった。
時崎先輩はおとなしい人だと思うし、断ったからと言って何をしてくるわけでもないだろう。
「そ、そうですか……」
即答された時崎先輩は、少し悲しげな声色で答える。
今度こそ帰ろう。本格的に気まずいし。
「本当にすみません。じゃあ、俺は失礼しますね」
「あ……」
部活を断ればもう新しい本を紹介する理由はないだろうし、これで時崎先輩との関わりは終わりかと思うとなんとなく寂しい気がした。時崎先輩がおすすめしてくれた2冊の本は面白かった。まあ、別に本が好きというわけではないから、別にいいと言えばいいのだけど。
夏休みが明ければもう話すこともないだろうな。
ようやっと夏休みじゃい。
夏休み編は、バイトをしたり、出掛けてみたり、実家に帰ったり、友達と遊びに行ったりという感じでしょうかね。これだけ見ると楽しそうですね!




