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図書室の先輩

ぴちゅぴちゅぴ

 宮本さんとは玄関で別れて、学校の1限が始まる前に俺はドア側の壁際の後ろから2番目の自分の席で図書室で先輩に薦められた本を広げていた。


「おはよ。翔太」


「あ、おはよう」


「……珍しいな。学校で本読んでるの。それもそんなに分厚い本」


 1限が始まるギリギリにやってきた有輝が鞄を置いて、中から筆箱などを出しながらそんなことを言ってくる。


「あーこれ、なんか図書室で2年の先輩が薦めてくれたやつなんだよね」


「2年の先輩って……知り合い?」


「いや、全然知らない人」


「なんだそりゃ」


 まあ、まったく知らない先輩からこんな分厚い本を勧められるなんてことそうそうないし、そういう反応にもなるだろう。


「で、それが面白かったと」


「うーん……まあ、そうかな」


「なんだその微妙な感じは」


 まあ、面白かった。高校生になってから今まで読んだ本の中では上位に入ると思う。


 ……でも、知らない人に薦めてくるほどかと言われると……。いや、期待が大きすぎたんだろう。面白いのは間違いなかった。でも、ちょっと期待外れでもあった、というのが素直な感想だ。


 それで、俺はどんな感想を言えばいいかをペラペラと本をめくりながら考えている。名前も知らない人に、「ちょっと期待外れでした」なんて感想を言うなんてことは絶対にできないし、せっかく薦めてくれたものなのだからちゃんと、良い感想を言ったほうがいいだろう。


「感想を聞かせて欲しいって言われたから、どうしたもんかと思って」


「感想?知らない人なのに?……ますますなんだそりゃってなるな。ってかなんか怪しくね?」


「うーん……怪しいって感じじゃなかったし、多分大丈夫だよ。先輩にこんなこと言うのもあれだけど、おとなしい感じの雰囲気の人だったし」


「……まあ、気をつけろよ?」


「大丈夫だよ」


 有輝も来て、1限ももうすぐに始まりそうなので、出していた本を鞄にしまう。何を言うかも大体固まったので、今日の放課後に図書室に行ってみよう。


「……おとなし……、……もしかして、その先輩女子?」


「うん」


「あー……、そうなのか」


 そんな話をしていると、まだ授業開始のチャイムは鳴っていないのに1限の先生が入ってくる。その先生は随分と疲れているようで、少し顔色が悪いような気がする。


 ……ああ、試験の採点があったからか。前期中間よりも期末のほうが答案返却までの期間が短いし、忙しかったんだろう。先生も大変だなあ……。



~~~



「え!?石川誕生日すぎてんの!?」


「声でっか」


 今は昼休み。食堂でみんなで集まって昼食をとっているところだ。俺と宮本さんは弁当で、有輝は学食でラーメンを買っていて、小畑さんはパンを食べている。


 宮本さんが俺の誕生日についての話題を出したことで、小畑さんが反応して、その声の大きさに有輝が反応したという感じだ。


「あー、うん」


「しかも、6月4日って……平日じゃん!普通に学校あったじゃん!」


「あったんだけど、その日誕生日なの忘れてたんだよね」


 あはは、と少し笑いながらそう言うと、3人は少しあきれたような表情でこちらを見てくる。


 あの日、誕生日だと気づいたのは母親からメッセージが送られてきていたからだ。まあ、こういうイベントごとがあると送られてくるので、ある種の義務感のようなもので送ってきているのだと思う。


「ええ……。普通誕生日忘れる……?年齢は覚えてるよね?大丈夫?」


「いや、そんなおじいちゃんじゃないんだから歳忘れたりしないよ」


 もう亡くなっているけど、うちの祖父は「今年で何歳だったっけなあ」と言っていた記憶があるな。


「でも、翔太の誕生日が過ぎてたとはな……。てか、俺全員誕生日知らないな。何日?」


「私は3月21日!」


「あ、私は11月5日」


「で、俺は8月18日で翔太が6月4日か」


俺が6月4日、有輝が8月18日、宮本さん11月5日、小畑さんが3月21日と、順番に並べるとこんな感じらしい。


「あれ、阿部の誕生日は夏休み中じゃん」


「おう。しかも夏休みは部活漬けだから、地獄の誕生日になりそうだ」


「それは大変だ。頑張れー」


「おー。……もう最近は暑くてぶっ倒れそうになるんだよなあ」


 夏のバドミントン部は地獄だからな……。滝のように汗が出るもんだから暑いしくさいし、大変なことになる。……外の運動部を羨ましがっていたのが懐かしいな。


「ま、今度またカラオケでも行こうよ!石川の誕生日会ってことで」


「ええ……?1か月前の誕生日でそんな……。行くなら普通に行こうよ」


「まあまあ、ドリンクバーおごるからさ」


「それは、ありがとう?」


 有輝の方を見るとうんうんと頷いていて、宮本さんは小畑さんの横で何かぶつぶつとつぶやきながら下を向いていた。


 ……何言ってるんだろ?



~~~



 6限まで終わって、有輝は部活に向かった。


 さて……、ちょっと緊張するけど、図書室に向かうか……。



 図書室について、辺りを見回す。


 ……いないな。まあ、放課後はいつもここに居ると言っていたし、少し待っていたら来るか。


 そう思って、席に座って薦められた本をもう一度開く。




 本を眺めていたら、前の席に誰かが座った。パッと顔をあげると、座ったのは例の先輩だった。


「あ、こんにちは。先輩」


「あ、す、すみません。邪魔をしてしまって……」


「え?いえ、先輩を待っていたので、邪魔ということはないですけど……」


 むしろ俺が気づかずに読んでいたら凄い時間を無駄にしてしまうところだった。……まあ、今日は何もすることがないので全然問題はないけど。


「え、もう読んでくれたんですか?」


「ええ、まあ……。それで、感想ですけど……」


「あ、はい。ぜ、是非、聞かせて欲しいです!」


 先輩は目を輝かせて……いるかは目元がよく見えないのでわからないけど、声色から期待していることがよくわかる。




「――と、俺の感想はこんな感じですかね」


「……ほぁ……」


 あの場面の心理描写がどうだったとか、この展開がどうだったとか、色々な感想を言い終わると、先輩は驚きの表情……なんだろうかこれは。いまいち表情が読めないけど、恐らく驚きの表情を浮かべて固まっていた。


「先輩?」


「は、はい!なな、何でしょうか!?」


「いえ、俺の感想はこんな感じですけど……」


「あ、ありがとうございます!こんなにしっかりとした感想を言ってくれるとは思っていなかったので、驚いてしまって……」


「そ、そうですか……。俺の方こそ、面白い本を紹介してくださってありがとうございます。じゃあ、俺はこれで。失礼しますね」


「あっ……、あの!……も、もし良ければ次はこの本なんて、お、お薦めなのですけど……」


「え……」


 持っていた本を返して、また適当な本を借りて帰ろうかと思っていたところで、またこの前と同じようなことを言われた。


え、また薦めてくれるのか……。まあ、今持っている本もそれなりに面白かったしいいけれど……毎度感想を考えるのも面倒だな……。というか、なんでそんなに本を薦めてくるんだ?有輝も言ってたけど、なにか目的でもあるのか?


「あ、いえ、すみません。迷惑でしたよね……。本当にすみません」


 あまり乗り気ではない反応をしてしまったせいか、先輩は目に見えて落ち込んでしまう。


 ……いや、別に迷惑ってほどでもないけど……。


(『できるだけ優しい人でありなさい。優しさは必ず自分に返ってくるからね』)


 ……まあ、嫌なわけではないし、むしろこれは優しくしてもらっているのは俺な気もするしな。


「すみません。ちょっと驚いただけです。その本、読んでもいいですか?」


「は、はい。勿論です。ど、どうぞ!」


 パッと見た感じ、さっきの本と比べたら文章量は少なそうだ。これなら、今日と明日で読み切れるかな。


 ……そう言えば、これきりなら聞く必要もないかと思ったけど、流石に聞いておいた方がいいか。


「先輩」


「はい、な、何でしょうか」


「えっと……俺は1年の石川翔太って言います。それで……」


「あ……、私は時崎文(ときさきあや)と言います……。時間の時に宮崎の崎に、文章の文って書いて時崎文です。に、2年です。よ、宜しくお願いします。石川君」


「こちらこそ、よろしくお願いします。時崎先輩」


 ご丁寧に漢字まで教えてくれるとは……。俺も漢字まで教えた方がいいか?……いや、流石にいらないか。


「じゃあ、また来ますね」


「は、はい。待ってます!」


 ……俺の名前を聞いても特に反応はなかったし、俺の噂は学年内でだけ流れているって感じでいいのかな。……いや、ちょっと失礼だけど時崎先輩ってあんまり人間関係は広くなさそうだし、わからないか。


 まあ、いいか。前期中間試験から澄香が絡んでくることもないし、宮本さんたちと一緒にいるときの周りの視線以外で不快になることもない。俺が望んでいた「静かで落ち着いた生活」が過ぎていっている。無警戒、というわけにもいかないけど、必要以上に気を張っているのも良くない。


 この平穏が時崎先輩のせいで崩れることもないだろう。


 俺は、借りていた本を返して、新しくお薦めされた本を借りて、家に帰った。





次回、前期期末試験、結果発表~!

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