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友達の家 宮本美月視点

美月ちゃん視点

「と、とにかく、濡れちゃうからひとまず入って」


 石川君が少しだけ開いていたドアを更に大きく開けてそう言ってくる。……あれ、私、初めて男の子の家に上がる……いや、これは緊急事態だから仕方がないんだ。そう、ちょっと避難させてもらうだけだから……。


「う、うん。……お邪魔します……」


 石川君の後に続いて玄関をくぐる。石川君が靴を脱いで、洗面所であろう場所へと歩いていく。すると、すぐに振り返って、申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「えっと……、ごめん。来客用のスリッパとかなくって……。掃除はしてるから汚いってことはないと思うんだけど……」


「うん。大丈夫」


 私はいつも家ではスリッパを履いているので少し違和感があるけど、それは仕方がない。むしろ、私の靴下が雨でぬれていたりしたら汚してしまうかも……。


 そう思って確認してみると、雨が降ってきた場所と石川君の家は近かったので履いていたソックスは無事だった。


「あ、こっちに洗面台あるから、手を洗ったりはここで」


「うん、ありがとう」


 そう答えて石川君が出てきた洗面所に入ると、最初に目に入ってきたのはトイレだった。


 あ、ユニットバスなんだ……。初めて見たかも。


 あんまりこういうところを色々と見るものじゃないので、さっさと手を洗ってタオルで拭いて、そこから出た。


「何か飲む?水道水かお茶しかないけど」


 出てすぐのところにある冷蔵庫からお茶を出しながら石川君が聞いてくる。


「じゃあ、お茶を……お願いします……」


 なんとなくどう答えていいのかわからなくて、変に敬語になってしまう。……緊張してるな、私。


「うん。……そこ、入ってていいよ。すぐ行くから」


 どこに行けばいいのかわからなくて立ち尽くしていると、石川君が奥のドアの方を手で指してそう言ってくる。石川君はコップにお茶を注いでいるので、言われた通りにさっさと行ったほうがよさそうだ。


「お、お邪魔しまーす……」


 ドアを開けて中に入る。


 ……綺麗にしてるんだ……。


 さっき傘を取りに行ったときに片付けたりとかはしていないだろうし、今だって多分この部屋に鞄だけを置いて飲み物の準備をしていたんだと思う。そう考えると、普段から綺麗にしているんだろう。



 部屋に入ってすぐは、そんな感じに思っていた。でも、ちゃんと見まわしてみると、少しの恐怖心のようなものがこみ上げてくる。


 ……物、少なくない……?


 必要なものは揃っている。……でも、必要なもの以外のものが一切なかった。もう高校生になって3か月くらいになるというのに、だ。この部屋だけを見たら、机に並んでいる教科書やノートのおかげで学生が住んでいるということはわかるけど、それ以外のことはわからない。


「あ、どこでも座っていいよ。ごめんね。誰かが来ることを想定してなかったから、何もおもてなしできなくて」


「う、うん……。いや、急にお邪魔しちゃったんだし、全然……」


 ミニマリストだなんて聞いたこともないし……。あまりにも個性がない。


「ここにお茶置いておくね。……あ、雨、後15分もしたら落ち着くみたいだよ」


 石川君は勉強机にお茶を置いて、携帯を見ながらそんなことを言う。


「あ、そ、うなんだ……。それなら、その間はお邪魔してようかな」


「うん」


 座れそうな場所も勉強机の椅子くらいしかなかったので、床にぺたんと座る。そして、どうしても気になってしまって、浮かんできた疑問を口にした。


「……石川君って、いつも家では何してるの?」


「え?家事と勉強と……あとは、図書室で借りた本を読んだりかな?」


 石川君はそう答えながら、鞄の中から少し厚めの本を出して見せてきた。そして、それを置いて、教科書類を出して勉強机の前の方に並べていく。


 そんな様子を見ているとき、この部屋に入ってから初めて『必要ないもの』を見つけた。机の横にかかっているひも付きの小さいぬいぐるみ。猫?かな……?何とも微妙な表情をしていて、かわいいよりも個性的というのが先に来るようなデザインだった。


「これは……?」


「あ、それは、この前言ってた、有輝と一緒にユーフォーキャッチャーした時の景品。あんまりかわいくはないけど、結構気に入ってるんだよね」


 ああ、ゴールデンウィークに遊んだときにやったって言ってた……。そうか……、これ、阿部君と一緒に遊んだ時の奴なんだ……。


「……ね」


「うん?」


「また、来てもいい?」


「え……いいけど……。何もないし、来てもらっても何もできないよ?」


「いいなら、また来るね」


「あ、うん」


 また、次来るときは、何か持って来よう。何でもいいから、持ってきて一緒に遊んだりしよう。それで……


「それと、夏休み、一緒に遊びに行こう?」


「え、うん。それは……ぜひ、喜んで……」


 石川君は少し困惑した様子で、そう答えてくれた。


 中学3年生の時に色々あったことは知っている。その影響なのかはわからないけど、石川君は好き嫌いがあまりないとも思っていた。でも、ここまで何も個性がない部屋だと、恐ろしくなる。いつの間にか消えていなくなってしまうような感じがする。


 ……あと、その中で阿部君と遊びに行った時の物だけがあるというのが……ずるい、というのは違うけど……ちょっとだけもやっとした。



 整理を終えた石川君が困ったような顔をして、こちらを向く。


「えっと……、何しようか?」


「もうすぐに夏休みになるし、夏休みに何するか考えようよ」


「あー……うん」


 ちょっと不思議そうにしているような反応だったけど、石川君の口元が緩んでいて嬉しさがこみ上げてくる。


 ……ちょっと、ちょっとだけ、髪をあげてくれないかな……。


「えっと……、宮本さん?」


「あ、ごめん」


「いや、何かあった?」


「いや、なんでもないよ」


 危ない……。じっと見つめてしまっていた。前回の試験返却の日から、眼を見ることができたのも数回だけ。その数回に石川君が笑っている時はなかった。あの笑顔をまた見たいなと思うけど、隠しているものを見せてとは言いにくい。


「宮本さんは何かやりたいこととかあるの?」


 やりたいこと、か……。何って聞かれると……色々あって逆にこれというものが思いつかない。


「色々やりたいな」


「……ふふっ、そうだね」


 そういって、石川君はまた笑う。でも、やっぱり目元は髪で隠されて見えなかった。前回見ることができたのは、本当に運がよかったんだろう。


 多分だけど、石川君のあの笑顔を見たことがあるのは、私だけ。……そのことを私は少しだけ嬉しく感じてしまう。








 幼馴染の澄香ちゃんが、読者の2、3割くらいから香澄ちゃんだと思われている疑惑があります。彼女の名前は『ほそかわ すみか』です。


 前回若干香ったラブコメに匂いはほぼ幻だったらしい。



 追記(2022/6/18 17:09)

 ユニットバスというのは、あらかじめ浴室の壁・床・天井・浴槽といったパーツがセットで製造されており、それらを施工現場で組み立てる浴室のことを指すのだそうで、今回出てきた浴室はその中でも三点ユニットバスと呼ばれるものらしいです。指摘してくださった方、本当にありがとうございます。

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