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放課後勉強会

小畑さん→小畑七緒






「先生!わかりません!」


「どれどれ?」


 小声で小畑さんが宮本先生に訴えかける。さっきから完全に宮本さんが小畑さん専属の先生になっている。……まあ、その宮本先生も生き生きとしているように見えるから、言うことはないんだけど。


 試験が近いという理由で部活動が休みなので、俺たち4人は放課後に勉強会のようなものを開いている。場所は学校の図書室の端の席。宮本さんが俺の前、俺の右側が有輝で右斜め前に小畑さんがいるという配置だ。


 この学校の図書室は集中スペースというページをめくる音すら聞こえてくる場所と、小声の会話程度なら許される場所とで別れているので、周りでも同じようにグループで勉強をしている人たちがいる。


 普段図書室は本を借りる場所としてしか活用してないから、どちらも使ったことがなかったのだけど、こっちのスペースは放課後でも結構騒がしいんだな……。今まで集団で勉強をするという経験はあまりしたことがなかったのでちょっと新鮮だ。


「これ。もうさっぱりわかんない」


「えっとね……」


 前のふたりは数学の問題を解いているようだ。宮本さんは理系科目得意だって言っていただけあって、すらすらと解き方を教えている。


「あー……脳が疲れた……」


 隣では有輝が英語の勉強をしているのだけど、ぽつりとそんなことをつぶやいている。疲れるの早いな……と思ったけど、時計を見ると結構時間が経っていた。


「大丈夫?違う教科にしたら?」


「いや、もうちょい英語やるわ。もう時間もないし……ちなみにこれどう言う意味かわかる?」


 有輝が広げていた英語の授業で配られたプリントをこちらの方にずらしてきて、そこに書かれている英語の文章の一文をシャーペンでなぞる。


 あー、ここ、先生が授業中にこの訳はちょっと難しいと言っていたところだ。俺も先生の授業を聴いて、へえ、と思ったのを覚えてる。


「これはちょっとややこしいんだけど……」



 授業中に先生が説明していた内容をわかりやすくなるように説明をすると、有輝はうんうんとうなずきながら聞いていた。


「うーん……なるほど?……なんか先生似たようなこと言ってた気がする」


「ちょっと難しいって言って説明してたよ」


「なんか言ってたってことは覚えてたけど、内容は全然覚えてなかったわ。サンキュ」


「うん」


 有輝の助けになれたようでなんとなく嬉しくなる。……ああ、宮本さんが生き生きしてたのもこういう事かな。


数日前、バイト先で宮本さんが勉強してるのを見て、有輝と小畑さんは試験は大丈夫だろうかとか思っていたけれど、有輝は問題なさそうだ。わからないところはあるみたいだけど、悩んでいるところのレベルが高い。


 心配なのは……小畑さんの方かな。


「うーん……、うん?なんでこれがこうなるの?」


「えっと……」


 さっきから、宮本さんが丁寧に教えているのだけど、なかなかピンと来ないらしく首をかしげている。


 宮本さんの教え方に問題があるとかではなさそうだから、多分基礎がちゃんと固まっていないんだろうなという感じだ。基礎が曖昧な状態では、難しい問題をやってみてもできないだろうし、一回、前の問題をやったほうがいいだろう。


「一回戻ってこっちのほうの問題やってからのほうがいいんじゃない?」


「そうだね」


「うぅ……ごめん」


 俺が自分の問題集を取り出して小畑さんに言うと、宮本さんは同意してきて、小畑さんは申し訳なさそうに、机に伏せるようにしてそうつぶやいた。


「まずは基礎からやっていかないとだね、七緒」


「はーい。美月先生」


 宮本さんが小畑さんの頭をなでながらそう言うと、小畑さんは体を前に倒したまま自分の問題集のページを前の方に戻し始める。


 ……なんか、良いな。この光景。


 ……数学の試験まではあと5日。土日もあるので、まだ何とかなるはずだ。ほかの教科も勉強しないといけないから大変だとは思うけど。小畑さんは現文と古文はそこそこ得意だって言ってたから……あとは暗記系の教科と英語か。


「暗記系の科目の覚えたほうが良さそうなところとかピックアップしておこうか?ノートはちゃんと書いてるから」


「え、いいの⁈助かる!」


 普段は忙しく……してるのかな。小畑さんは昼休み以外は廊下で会うくらいでしか関わることがないから放課後のことはあまりわからないけど、部活動をしているからそれなりに大変なはずだ。そう考えると、手を貸したくなる。


 よし、頑張るか。



 その後も、宮本さんが丁寧に教えていたのだけど、小畑さんは新しい問題をやるたびに首をかしげていた。


「あー……やばい……。絶対試験ヤバい……」


「まだ試験まで時間はあるんだし頑張れ。……はい、こんな感じかな。赤い線は多分絶対暗記しないと駄目だと思う単語。青い線を引いたところは記述で書かされるんじゃないかなってところ。青いほうは結構絞ったから、他のところも覚えたほうがいいかもしれないけど」


「うわー、ありがとう!」


「どういたしまして。普段部活で忙しそうだし、このくらい良いよ」


 生物、地学、地理と暗記で試験を乗り切れそうな教科のノートを渡すと小畑さんは大袈裟に喜ぶ。


「助かるー……。あ、でも、これ私が持ってたら、石川困るんじゃないの?」


「あー……いや、良いよ。俺は大体覚えてるし」


「いや、そういうわけにはいかないでしょ!」


「じゃあ、明日返してくれればいいよ。もう今日は帰らないとだし」


 もう今日は下校時刻だ。今からノートを写したりコピーしたりする時間はない。もう、小畑さん以外の2人は帰る準備をしているし、俺もノート以外の勉強道具はもうバッグの中だ。


「……じゃあ、そうさせてもらおうかな……」


 ちょっと申し訳なさそうにそう言って、ノートを開く。そして、目を見開いた。


「うわっ、めっちゃきれいだ!美月のノートも綺麗だけど、石川のも凄いね」


「ね、さっき私もびっくりしちゃった」


「字も綺麗だよなあ……。習字の先生かと思ったわ」


 返る準備を始めていた宮本さんと有輝も覗き込むようにして俺のノートを見て、そんなことを言う。


「いや言いすぎでしょ。あとで見やすいように読みやすくは書いてるけど」


「いやいや、めっちゃきれいだよ。ほんとにありがとう!明日返すね」


「うん。……じゃあ、帰ろうか」


「あ、ちょっと待って」


 机の上には小畑さんの勉強道具だけが残っている。小畑さんはそれを急いでかき集めるようにして鞄に詰めていく。最後に、俺が渡したノートだけは丁寧に鞄に入れていた。


 ノートを貸す、というのは今までもやったことがある。でも、亮介に貸した時よりも今のほうが、感謝が伝わってくる気がする。思い返せば、亮介には利用されてたのでは、考えてしまうほどだ。


 ……いや、これは良くないか。中学の思い出は悪いものが多いけど、良かったものまで悪くすることはない。俺の受け取り方の問題かもしれないし、年齢の差なのかもしれない。関係の切れ方は最悪だったけど、だからって他人を何でもかんでも疑うのはあまりいいことじゃない。


「お待たせ」


「おーし、帰るかー」


 そう言って先頭を歩く有輝を追いかけるようにして、俺たちは図書室を出た。



~~~



 靴を履き替えて校門までまとまって歩いていると、ちゃんと自分の居場所があると感じて嬉しくなってくる。


「この中だと私が一番やばいなあ……」


「でも、今日の感じだと赤点はなさそうじゃないか?」


 やはり試験前だということで、話題は試験の話になるようだ。普段することが多い流行りの音楽やドラマの話だったりは、ついていけないこともあるのでちょっと気が楽だ。……いや、別に普段気を張っているとかではないけど。


「数Aがやばい」


「1教科だけなら何とかなるだろ」


「なるといいけど……。はあ……やだなあ……この学校順位出るんでしょ?」


 ああ、そう言えばそうだった。忘れていたわけじゃないけど、あまり気にしてなかった。順位が出ると言っても、順位を張り出されるということではなく、あくまで自分の順位が渡されるというだけだったから。


 ……張り出しとかあったら、点数を調整してたかもな……。いや、そうだったらそもそもこの高校に来てないか。


「出るって言っても、大々的に発表されるわけじゃないしそんなに気にすることないんじゃない?」


「勉強のモチベーションをあげるって目的だろうから、ちょっとは気にしたほうがいいけどね」


 おおう……。小畑さんをリラックスさせようと思ったら、結構厳しいこと言うなあ、宮本さん。


「そういう狙いがあるのはわかるけどさ……。お前は、下から何番目だ!って言われるの嫌じゃない?」


「なんで下から数えたほうが早いのが確定してんだ」


「だってみんな頭いいんだもん。……美月は新入生代表だったし、1位狙いでしょ?」


「え、うーん……まあ、出来るだけいい点とりたいかな」


「わあ、優等生っぽい……」


「翔太も上位だろうしなあ」


「そうだよねえ……」


「え」


 え、なんか急にハードル上げられたんだけど。……まあ、普通に頑張るけども。






小畑さんの名前、一回忘れちゃったから人物設定作った。


文字数46,000文字ピッタリってすごくないですか?

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