実家
ゴールデンウィークの5連休が始まり、今日は3日目だ。新しい友達が2人もできたことで昨日までは少し浮かれ気分だったのだが、今日は滅茶苦茶憂鬱だ。
その理由は、実家に行かなければいけないから。5日前、喫茶店のバイトに誘われて、是非お願いしますと言ったら書類を渡されたのだ。未成年でバイトをするなら、当然親の同意が必要だし書類にサインと印鑑をしてもらわないといけない。バイトをするからサインが欲しいということは先日連絡したし、行って書類を渡して返してもらって帰ってくるだけ。ほとんどタッチアンドゴーで済むことなのだが、それでも実家に行くのは気分が落ち込む。
1時間と10分ほど電車に揺られて、実家の最寄り駅に着く。あと10分ほど歩けば家に着くのだが、足が重い。
結局、10分ほど歩けば着くはずの距離を20分ほどかけて家に着いた。鍵は持っているので、ガチャリと鍵を開けドアを引く。……ただいまと言うべきなのだろうか。でも、その言葉はのどで詰まって出てこなかった。
「おかえりなさい」
そう言ってきたのは、母さんだった。父さんは仕事で家にはいないらしい。
「あ……うん。じゃあ、これ、お願いします」
そう言って書類とボールペンを渡す。書いてもらってそのまま帰ろうかと思っていたのだが「確認するのに時間かかるから、上がって待ってて」と言われて、家に上がる。
リビングに行くと妹の遥がソファに座っていた。何とも言えないような顔をしながら遥が口を開く。
「……おかえり」
「あ、……うん」
そのあとは特に何か話すことがあるわけでもなかったので、リビングを出た。様子を伺うような、見定めるような、そんな視線を遥から感じて、なんとなく居心地もよくなかったし。やってきたのは自分の部屋。
ドアを開けて中を見るとびっくりするくらい、そのままだった。中学時代に俺が過ごした部屋のまま。今までの自分を全部捨てようと思って、ほとんどの物を置いていった部屋のままだ。掃除はされているようできれいな状態に保たれていた。あまりにもそのままだったので中学時代を思い出してしまい、少し気分が悪くなるのを感じたが、それはすぐに解消された。
押入れの中の奥のほうにおいてある、厳重にガムテープで閉じられた段ボール箱を開け、一つの本を取り出す。取り出したのは日記。中3の時に使っていた日記帳だ。
内容を見ると、やっぱりこの時期の日記は酷いものだった。この時は一生友達はできないだろうし、いらないと思っていた。それなのに、高校生になって一か月ほどで友達が2人もできたのだ。少し前まではこの日記は自分の気分を下げるものでしかなかったのに、今では現在のことを過去の自分に教えてあげたいような、そんな感覚になる。
こうしてみると、結構物が多い。昔の記念の物だったり、小さいころからの思い出の品だったり。大事なものだけ持って帰って、他の物は捨ててしまおうか。……と言うか、この部屋、開けたほうがいいんじゃないか?ただでさえ、今のアパートのお金は出してもらっている状態なんだ。それなのに、一部屋占領しているのはよくないんじゃないか。
そんなことを思っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。押入れを閉めようとするとガチャッとドアが開く。……これは、遥だな。遥は昔からノックはするけど、返事は聞かないのだ。
「お兄ちゃん、お母さんがごはん食べていくかって」
「いや、いいよ。帰る」
「……わかった」
この家は居心地が悪いし、母さんも遥も帰ったほうが嬉しいだろう。そんなことを聞いてくるということは、もうサインは書いてもらえたのだろうか。なら、帰ろう。
押入れを閉めて、リビングに行くと、サインと印鑑がしるされた書類がファイルに入れておいてあった。「ありがとう」と言って、それをバッグに入れる。よし、帰ろう。
「あ、翔太。ご飯、食べてかないの?」
「いいよ。大丈夫だから、気にしないで」
玄関に行って、靴を履く。キッチンで何かしていた母さんは、靴を履いてドアに手をかけたところで少し急いだ様子で玄関にやってきた。
「じゃあ、お邪魔しました」




