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血に堕ちたライラックはウソにまみれてる  作者: 屋月 トム伽


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希う緑

 日も暮れ、今夜も帰らないのだろうと思えば、ジェイド様が王都から帰宅した。彼は少しでも王都に滞在する気は無いらしく、急いで帰って来たようだった。

 フェアラート公爵邸の庭には、一日中警備の騎士がついている。いつまでこんな日常が続くのだろうか。そんな思いでジェイド様のお出迎えをした。


「リラ。迎えに出てくれたのか?」

「もちろんです」

「嬉しいよ。ああ、土産をたくさん買って来たんだ。すぐに部屋に運ぼう」


 ジェイド様の乗って帰ってきた馬車には、荷物がたくさん積んであった。


「お食事はどうされましたか?」

「途中で軽食を取った。部屋でお茶もするから、大丈夫だ」


 ジェイド様が降りてきた馬車の中から、たくさんの土産という名の贈り物が下ろされていく。


「ケイナ。リラに似合いそうなドレスも買って来た。明日には、着てもらえるように準備をしておいてくれるか?」

「はい。ジェイド様」


 頬を染めたケイナが嬉しそうに、私への土産の荷運びを指示し始めていた。そして、夜には、寝支度にやって来たケイナがすぐに土産の中からナイトドレスを準備している。


「リラ様。とってもお似合いです」


 新しい光沢のあるナイトドレスを見て、美しいと言いながらケイナが褒めてくれる。


「ケイナも着てみます?」

「そんな……せっかくジェイド様が贈ってくださいましたのに……まだ、使用人にあげてはダメですよ」

「では、いずれはケイナにお渡ししますね」

「それなら、嬉しいです!」


 主人の着なくなった服を使用人に渡すことは、よくあること。だいたいは従者や侍女に渡ることが多い。私付きのケイナもいずれ、私のお古がくることを楽しみにしていた。


「……ジェイド様は、ケイナのことをよく思っているのね。いつもケイナに頼る様に言ってくるの。信頼されているのね」

「それなら、嬉しいです。ジェイド様はみんなの憧れですから」

「そう……」


 ずいぶんジェイド様は人気者だ。使用人たちにも、優しいからだろう。ケイナは、ジェイド様の目に留まっていることが嬉しくて、笑顔で支度を整えて部屋を去って行った。


 寝支度を済ませて廊下に出れば、警備の騎士たちの配置の確認をしたジェイド様が部屋へと戻ろうとしていた。


「ジェイド様」

「リラ? どうしたんだ? こんな夜更けに……」

「ジェイド様にお渡ししたくて……」


 持っていた蓋付きのガラスの器に入った花びらを見せると、ジェイド様が嬉しそうにする。


「これを?」

「はい。私のせいで、ジェイド様のお仕事が増えてしまって……私、申し訳なくて……」

「気にしなくていいのに……」

「少しでも休めるように、いい香りを付けたお花をお持ちしたんです。ポプリになるほど乾燥させる時間がなくて、まだ生花ですが……」

「嬉しいよ。部屋にお茶もあるんだ。一緒に飲まないか?」


 私を部屋に誘うジェイド様が、部屋の扉を開ける。


「いいのですか?」

「もちろんだ。きっとお菓子もある」

「お菓子につられるような子供ではありませんよ」


 くすりと笑みを零した。「では、少しだけ」といって部屋に踏み入れると、整然した部屋に、私が先日渡したポプリがナイトテーブルに置いてある。大事なのか、他の物は何も置かずに……。


「ポプリの隣に置いてもいいですか?」

「もちろんだ。リラのものなら大歓迎だ」


 ポプリの隣に持っていたガラスの器を置いて、そっと蓋を取った。いい香りが部屋に広がっていく。


「いい匂いだ……」

「リーガに、いい匂いのするものを買って来てもらう様に頼んでいるんです。この赤い薔薇はジェイド様からの贈り物で……」


 後ろを振り向けば、艶めいたジェイド様が私の背後を陣取っている。緊張で身体が強張る。


「……マントを、脱ぐのをお手伝いしますね」

「ああ、そうだな」


 嬉しそうにジェイド様が後ろを向くと、そっと手を伸ばして彼のマントに手をかけた。マントを脱げば、腰には帯剣と、フェアラートの紋章の入ったナイフを忍ばせている。


「……綺麗なナイフですね」

「護身用だ」


 ナイフを腰から取り、ジェイド様がそっとナイフを枕のそばに置いた。護身用だからいつも身に着けているのだろう。


 彼は、フィラン殿下と違い戦場にも出ていた。でも、前線への苛烈が増した時に王都から、戦場を下がる様に通達されて帰還を余儀なくされていた。次期公爵であったから、フェアラート公爵様が病気を理由に戦場から呼び戻したのだろう。


 彼は、真面目で文武両道。身目麗しく、品正方向な次期公爵様。使用人たちにも優しい人。強くて優しい高貴な宝石のような人だ。ケイナたちが慕うのもわかる。


「ジェイド様。お土産をたくさんありがとうございます」

「気に入ってくれた?」

「はい。こちらのナイトドレスも、ケイナが準備してくれて……似合いますか?」

「よく似合うよ」

「嬉しいです。お土産もたくさんで……良かったら、ケイナにもドレスを一つ分けても良いですか? クッキーの焼き方を教えてくれたんです。何かお礼がしたくて……」

「ケイナが?」

「はい。私がジェイド様に出したくて……ジェイド様が王都に行っている間にクッキーを焼いていたんです」

「嬉しいな。それなら、一つ渡すといい。リラには、また新しいドレスを贈るから……」

「もう十分ですよ」


 ほんの少し笑みを零す。すると、ジェイド様が近づいてくる。


「明日には、リラのクッキーが食べられる?」

「はい。美味しいジャムもあればいいんですけど……明日には、買いに行きますね」

「嬉しいよ。では、ジャムは俺が買いに行こう。だから、明日の夜も来てくれるか?」

「はい。クッキーを持ってきますね」

「お茶も準備しておこう」

「はい」

「約束だ」


 そう言って、振り向いたジェイド様が私の髪を一房救い上げて口付けをする。


「リラ。好きだよ」

「でも、私……」

 

 ジェイド様の熱のこもった視線に戸惑う。


「結婚式を早めるよ」

「でも、まだ、フェアラート公爵様にお会いしてなくて……」

「父上たちは反対しない。それに、王妃がクレメンスの謹慎を勝手に解いてしまっている。でも、次期公爵夫人なら、次に来てもすぐには連れて行けないだろう。リラは誰にも渡さない」


 ジェイド様が、熱を込めた整った顔で見つめる。


「でも、私は……クレメンスの言った通りです。もう純潔は無いのです」

「そんなはずはない。あれは、クレメンスの言いがかりだ」

「どうして、そう思うのですか?」

「……リラを信じている。この話は止めよう」


 私に迫ろうとしたジェイド様が口元を隠して目を反らす。私の言ったことが信じられないのだ。


「……そろそろ部屋に帰りますね」

「もう少しいないか?」

「……ごめんなさい」

「……そうか。なら、部屋まで送る」

「大丈夫です」

「……でも、明日も必ず来て。期待している」


 扇情的な雰囲気を出して私を誘うジェイド様に、困ったように下を向いた私に、彼が「嫌われたくない」と言って、渋々部屋の扉を開けた。そうして、ポプリの匂いを残して、ジェイド様に見送られながら私は一人で部屋へと帰って行った。






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