Chapter 9
*** Chapter 9 ***
「やはり実の兄には、俺よりも多く話したようだな」
僕は牢から出てすぐに団長に話しかけられて、驚いた。
「団長……」
「向こうで話そう」
僕は団長のあとを黙ってついていった。ディータも一緒だった。
団長室。僕にはあまり縁のない部屋だった。
「それで、マクシミリアンは何を話した?」
僕は正直に伝えた。僕だってマクシミリアンを助けたい。でも、マクシミリアンが外に行きたい理由は話さなかった。現状では裏切り者扱いされている。それなら、フーマに会わせて虹色女神を具現化させる方が良いと思ったからだ。団長もディータも黙って、僕の話を聞いていた。
「それで全部か?」
「はい。地下牢なんて初めてだから、圧迫感を感じているようでした。もしもう少し広い部屋なりに移していただければ……」
「俺のパワーの話は?」
「さすがに言ってしまったことを反省していました」
「それだけか?」
「……はい?」
「何か言いかけてやめただろう?」
やっぱり立ち聞きしてたのか。ではなおさら、広い部屋に移動したい理由など言えない。
「僕も気になって何度も聞きましたが……」
「それで?」
「『フーマに会えないことを悲しく思っただけだ』で終わりました」
「その言葉を信じたのか?」
「……今日はこれ以上聞いても答えるとは思いません。何か思い出したら、話してくれるよう言って終わりました」
団長は立ち上がって、窓の方を向かれた。
*****
ほんとにそうなのか? 俺のパワーとあの女に会えないことと、関係ないはずだが?
マクシミリアンが半裸であの洞窟で色無しの女といた姿を見たときは、心臓が張り裂けるかと思った。ソフィア姫の勘違いであれば、と何度思ったことだろう。
「団長! マクシミリアンは……」
ディータが沈黙に耐えられなかったようだ。
「もし、あの女のテレパシーで操られていたなら、しばらくあの女に会わなければ正気に戻るはずだ」
「そうなんですか?」
ディータとアンドレアスが少し安堵の様子を見せた。陛下にはもちろん今すぐ報告するが、『操られている可能性が高い』と言うつもりだった。以前に見せてもらったドルミダと対になってる本に、色無しの能力について書いてあったが、色無しには人を操作する能力がある。でもそれが色有りにも通用するかは、本には書いてなかったが、可能性はある。それにあの女は瞬間移動する直前に、何かマクシミリアンに囁いた。おそらく助けに来るとかそういうことだろう。好きな女に積極的だったのが、裏目に出たようだ。もしこれが俺だったら、こんな簡単には寝なかっただろう。陛下に、あの女がマクシミリアンの子を妊娠してる可能性を言うべきか否か。
「もし操られていなかったら、死刑になるんですか?」
「それは陛下がお決めになることだ」
そう聞いてアンドレアスは真っ青だった。
「死刑なんて、俺が生まれてから1回もないし、マクシミリアンも大丈夫ですよね?」
ディータが独り言のようにつぶやいた。
「……俺にはわからないが、死刑を免れても一生幽閉されるだろう」
「終身刑ということですか?」
「おそらく」
「団長、なんとかならないんですか?」
ディータが悔しさをにじませていた。
「……気持ちはわかるが、俺にはどうしようもない」
「陛下に報告しなければ、良いんじゃないですか?」
「ディータ! 何を言ってるんだ? そんなことできるわけないだろう!?」
「でももしこれで操られてるなら、それが解けたらいつものマクシミリアンに戻るんでしょう? だったら陛下が知る必要はないのでは?」
「あの女がマクシミリアンの子供を妊娠してたら、どうする?」
「……そうですけど……」
ディータの気持ちはわかる。俺だってできることならそうしたい。でもそれこそ、陛下への裏切り行為だ。
「団長、もし陛下が許可してくださったら、マクシミリアンと一緒にアンデミーラへ帰りたいのですが……。父と母がが聞けばもっと話すかもしれません」
「じゃあ、やっぱりお前にすべて話してないようなのか?」
「……おそらく。確証はありませんが」
やはり俺のパワーの話か。何が女に会えなくて、悲しいだ。
「陛下に提案してみるが……。アンデミーラ侯爵夫妻がここに面会に来ることは、許可されると思うが……」
*****
私は、ルーファスの話を信じることができなかった。マクシミリアンは私が最も信頼している騎士の1人だったのに。
「でも色無しに操られていたと思われます。まだ若いですし、女に免疫もないでしょう。3日ほど牢に幽閉して、反応をみるつもりです」
「直接、マクシミリアンと話がしたい」
「でも陛下……」
「操られていたかは、話せばわかる」
「そうなんですか?」
もし本当にそうなら、魂がうつろになってるはずだ。でももしその女に恋をしているなら、事はもっと深刻だ。
「他の騎士も調べろ。同じことが起きてるかもしれない」
「了解いたしました」
「マクシミリアンとは明朝、話をする」
「わかりました」
ルーファスが離席した。怖れていた最悪の事態だ。ドルミダを甘く見ていた。先々代の王は慈愛に満ちた方だったらしいが、先代が王位に就く前に我が国との国交を断絶したと父から聞かされている。理由はこっちの王族の血が汚れてると、文句をつけてきたからだ。ヴァルムートは女系家系の傾向が強いため、早くから近衛団から夫を選べるようにしていたが、ドルミダはそれが気に入らなかったらしい。現ドルミダの王に妻がいるかどうかは知らないが、少なくともヴァルムートからではないはず。それに血縁結婚を繰り返しのせいで、現王であるフルマンドは気がふれてるとも聞いたが……もし突然国交が復活して、両国の婚姻が始まるならば、エルザとルーファスの婚約を白紙に戻す必要があるかもしれないが、早く世継ぎが欲しい。そうなれば、ソフィアをドルミダに嫁がせることになるのか……。
*****
ルーファスを見つけて、何とかお父様に言わないように口止めをしないと、マクシミリアンが死刑になってしまうわ。なんてこと、なんてことをしてしまったの? あ、ルーファス! ディータとアンドレアスも一緒にいるわ!
「ルーファス!」
「……姫」
「お願い、お父様に言わないで! マクシミリアンは裏切り者なんかではないわ!」
「……もう報告しました。明日、陛下がご自身で確認されます」
ルーファスの言葉を聞いて、私は頭が真っ白になったわ。
「どうして!? どうして話したの? マクシミリアンが憎いの?」
「そんなことあるわけないでしょう! でもこれは姫が思っているよりも、はるかに深刻な問題なんです」
ディータも落ち込んでる顔をしているわ。ディータも仲が良かったものね。アンドレアスは真っ青だわ。
「じゃあ、お父様に直接頼むわ!」
「姫、無駄です」
ルーファスが私の腕をつかんだの。痛かったわ。
「離して!」
「姫!」
お父様の寝室をノックせずに入ったの。
「ソフィア」
「お父様、お願い! マクシミリアンを許してあげて!」
「どうして知ってるんだ?」
「……私が後をつけたからよ。女性用のショールを買ってたから……」
我慢してたけど、涙が出てきたの。
「お願い、マクシミリアンを許してあげて。あの女に騙されたのよ。だって……きれいな人だったもの」
「明日、マクシミリアンと直接話してから処罰は決めるから」
「お願い、お願い、お父様」
「もう寝なさい」
これ以上、お父様に言っても無駄だから部屋に戻ったけど、どうしよう! お願い、マクシミリアンを助けて……
*****
暗くて臭い地下牢。固いベッドで寝れないが、寝れないのはベッドのせいじゃない。フーマは無事だっただろうか? 今俺がフーマのことを考えてるのを、感じてくれているだろうか? 外に出れたら、迎えに来るとあの時フーマが言ったが……。でもそれで? 色無しの王と話ができるだろうか? 色無しの方がこの世界のことを多く知ってるようだし、あの対になってる本を見ることができれば……。
団長が来た。鉄格子の外から話しかけてきた。
「陛下が明日、お前と話したいそうだ」
「……わかりました」
俺はベッドに座ったまま、顔もあげずに答えた。
*****
もし、マクシミリアンを連れてアンデミーラに帰ることができれば、フーマと会う機会を作ってやれるかもしれない。父上と兄上がここにきて話をしても、どうせまた盗み聞きされるだけだ。それに2人は逆上して、話すところではないはず。なんとかマクシミリアンを外へ出すことができれば……
*****
翌朝、俺は陛下の指示通り、謁見室へ行った。
「陛下、ルーファスです」
「マクシミリアンとはこの部屋で話すから、連れてこい」
「ここでですか? 危険だと思いますが」
「危険とは? 武器はすべて携行させず、お前が持て。剣のことも聞きたいからな」
「……わかりました。では連れてきます」
確かに陛下に地下牢へご足労いただくわけにはいかない。謁見室へ連れて行く前に、マクシミリアンには着替えなり沐浴なりさせないとだめかもな。
*****
俺はフーマに念を送り続けたが、ペンダントは熱くならなかった。届いてないのか、俺が受け取れてないのか……
「マクシミリアン」
牢が開いた。
「陛下が謁見室でお前と面会される。身体を拭いて着替えろ」
「どこでですか?」
「お前の部屋で良い。部屋に一人にできないから、ディータかアンドレアスに同席させるが」
「わかりました」
俺は黙って団長の後ろを歩いた。縄もかけられてないから逃げれるだろうけど、おそらくすぐに捕まる。俺の部屋に着くと、ディータと兄上がいた。
「時間をかけるなよ」
団長にそう言われてから、自分の部屋に入った。ディータも兄上も入ってきた。身体を拭いて手短に着替えた。
謁見室の前に着いた。団長のノックで陛下の声が聞こえた。
「入れ」
4人で部屋に入った。
「マクシミリアン」
「はい」
俺は陛下の顔を見ずに答えた。
「かけたまえ」
椅子が2つ、向かい合わせに置いてあった。俺は窓が見える方の席に座った。
「ルーファスから昨日聞いた。本当なのか?」
陛下の声はいつも通り落ち着かれていた。
「……色無しの女と会ってたことは本当です。団長のパワーのことを話してしまったのは、失言でした。でもそれ以外はむしろ俺が質問していただけで、知られて困ることは何も話していません」
「私の目を見ろ、マクシミリアン」
俺は恐る恐る顔をあげた。陛下と目が合った。陛下の赤と青の瞳。俺は気分が悪くなってきた。そうだ、陛下の祖父は色無しのはず。陛下もパワーを持ってるんだ! 紫の光が見えた気がした。俺は思わず目を背けた。
「目を逸らすな」
「……陛下、おやめください」
陛下は俺の頭の中を読んでいる。ペンダントのことがバレたらどうしよう。
「マクシミリアン!」
俺は陛下の怒鳴り声を初めて聞いた。目が合うと、また陛下の意識が俺の中に入ってきて、紫の光が俺を包み込み始めた。どうすればいい? 陛下が俺の両肩を掴んだ!
「何をもらった? あの女から」
「……剣の石の色を変えてもらいました」
「マクシミリアンの剣です」
団長が陛下に差し出した。陛下が剣を抜いた。
「この石か?」
「はい、碧でしたが、『俺の目の色と一緒にしないとユニコーンは倒せない』と色を黄色にしてくれました」
陛下が剣を観察している。陛下は静かに目を閉じたが、すぐ目を開けた。
「まだあるだろう?」
「何がですか?」
「あの女からもらったものが、まだあるはずだ」
「……いえ、ありません」
*****
マクシミリアンは、俺には剣の石のことは言わなかった。どうやらアンドレアスも知らなかったようだ。陛下のおっしゃるとおり、まだ何か隠してるはずだ。残念だが、これではもうマクシミリアンをかばうのは難しい。このまま裏切り者として処罰になるのか……
*****
陛下がまた俺の両肩をつかんだ。
「いや、まだある。何だ、何をもらったんだ?」
俺は精神をできるだけ集中した。陛下にマインドを読ませないためだ。効果があるかどうかはわからない。でもペンダントを取り上げられたくない。
突然、赤い光で部屋がいっぱいになった。陛下も俺も感電したかのような衝撃が走った! 何かにはじかれたような感じがして、俺も陛下も椅子からころげ落ちてしまった。俺は何が起きたのかわからなかった。
「陛下、大丈夫ですか?」
団長が陛下のそばに行った。兄上は俺のそばに来た。
「マクシミリアン、大丈夫か?」
見ると陛下が頭を痛そうにして、床に座っていた。まさかフーマのエネルギーとぶつかった?
「お前、何をしたんだ!?」
団長が俺のむなぐらをつかんだ。
「何もしてません! 俺にだってしびれが来ました!」
団長が俺を離した。苦しかったから少し咳がでた。
「すまない……」
「大丈夫です」
陛下が再度、椅子に座った。もう1回マインドを読まれたら、知れてしまうだろう。どうすれば……。
急に強い風が吹いて、窓が大きく開いた。いつもの赤い光が見えた! フーマだ!
俺は窓に向かって走った。
「マクシミリアン!」
団長が俺を捕まえようとしたが、振り切った。赤い光がどこにあるか確認する時間などない。俺は窓から飛び降りた。




