Chapter 5
*** Chapter 5 ***
マリエン湖に着いて、すぐフーマが現れた。
「今日も俺がここに来るのを、感じたのか?」
「もちろん」
少し風が強いせいもあって、フーマの服も髪もなびいていた。透明のような銀髪が……、とても美しい。
「何を考えてるかまで、わかるとか?」
「ううん、マクシミリアンにパワーがないから、そこまではわからなかったわ」
良かった。プレゼントがあることを先に知られるなんて、カッコ悪い。
「今日はおかげでユニコーンを倒せたよ」
「ええ、知ってるわ」
「どうして?」
「ユニコーンはこっちにも来てるもの」
「色無しが送り込んでるのか?」
「違うわ、勝手に行ってるの……。こっちに食べるものがないからよ」
「色無しを食べないってことか」
「そう、赤目はうんざりみたいよ」
どういう意味だ? 目の色で味が違うとでもいうのか。
「そちらのコウモリが凶暴化してるでしょう?」
「うん、特にユニコーンが来た時がひどい」
「ほんとは彼らはエルフだったのよ」
「え? 森に棲んでたといわれてる、あのエルフ?」
「そう、虹色女神のパワーがなくなって、どんどん生物が凶暴になってるの」
エルフはアンデミーラの森にも棲んでいたと母上に聞いたことがあったが、ある時突然いなくなったと言っていたが、あんな獰猛なコウモリになってしまってるなんて。
「ドラゴンはまだ大丈夫?」
「ドラゴンは遠くの空にいるのを時々見かけるが、以前ほどは見なくなったな」
「次はおそらくドラゴンでしょうね。敵に回したくないけれど」
「ドラゴンまで俺たちを襲うってことか?」
「その可能性はあるわね」
「はやく虹色女神を召喚しないと! そっちの王はどうなんだ? 国交を復活させる気はあるのか?」
「……どうでしょうね?」
フーマも一般市民ならば、詳細は知るわけがないか。どうすればいいんだろうか?
気が付くとフーマが俺を見つめていた。口紅のことを忘れるところだった!
「これ……お礼」
俺は口紅を渡した。
「お礼?」
フーマは中を開けて、驚いていた。
「これ、口紅?」
「似合うと思って……」
フーマは湖を鏡に仕立てて、口紅を塗った。やはり白い肌に少し赤味がかったピンクの唇が、赤い目とマッチして綺麗だった。
「……ありがとう」
「良く似合ってる」
「お礼に私の世界を見せてあげるわ!」
「え? どうやって……」
気が付いたら、一面霧だった。
「ここが……?」
「そう、『色無し』の世界よ」
霧がかかってるから、モノクロに見えるけど、本当に色がないんだろうか? 土もグレーなのか? フーマと一緒に歩いていると、木らしきものがぼんやり見えた。そばまで行くと確かに木だったが、もう枯れ木のようで黒かった。
「もうすぐこの世界は死ぬの」
「え? どうして?」
「虹色女神のエネルギーがないからよ」
「虹色女神……」
「伝説は知ってるんでしょう?」
「うん、詳しくは知らないけど……」なんだ、気分が悪くなってきた。
「ドルミダとヴァルムートが断絶してから、虹のエネルギーを転化できなくなったのが最大の原因でしょうね」
「じゃあ虹のエネルギーのためには、やっぱり両国の血が混じらないとだめってことか」
「そう、お互い持ってないものを持ってるからね」
「両国が虹色女神を探してるのは知ってたけど、ドルミダの世界がなくなることは知らなかった……」
ふらふらしてきたけど、どうして……?
「ヴァラーたちはきっと知らないでしょうね。預言者とかいる?」
「うーん、預言者というか陛下がたまに神託を受け取ってるような気はするけど、ごめん、咳が止まらないな、俺みたいな……下っ端には教えてくれないし……」
どんどん苦しくなってきた。咳がひどくなってきた。
「戻りましょう。貴方の身体がむしばまれてきたかも」
「え? 何に?」
マリエン湖、湖畔にいた。
「ごめんなさん、気がつかなくて」
景色が回ってる……
「マクシミリアン? マクシミリアン!」
フーマの声が遠くなってきた……
ここはドルミダの国? 霧に覆われていて、何も見えない。足も沼にはまってるのか? 動けない。フーマが助けようと俺の手を引っ張ってるけど、無理だ、俺はこのまま沼に引きこまれていく! 苦しい、助けて、助けて! フーマ!
「マクシミリアン!」
目が覚めた? これ、夢だったのか? ベッドのそばに団長もディータもソフィア姫までいる。
「俺、どうしたんですか……?」
「門番が、ゲートで倒れてるお前を見つけたんだよ」
「ディータ? それ、ほんとか?」
「おそらく、ユニコーンを倒したからだろう。何かしら強いエネルギーを浴びたのかもしれん」
ユニコーンのせい? 団長が俺の額を触った。
「まだ、熱が高いな。良くなってから詳しく聞くが、意識が戻って良かった。悪いが先に陛下に報告するからもう行くが、ゆっくり休め」
「マクシミリアン、何か食べれそう?」
「姫……」
食欲……ない。目をつぶった。そうだ! フーマと色無しの国に行ったんだ! 俺は急に起き上がって、俺の部屋を去ろうとする団長を引き留めようとしたが、そのままバランスを崩してベッドから落ちてしまった。
「マクシミリアン! まだ無理はだめだ!」
ディータが俺をベッドに戻してくれた。
「団長……、俺、今日……」
頭が痛い! 割れそうだ。
「良くなったら、ゆっくり聞くから、な」
「わかりました……」
団長が行ってしまった。残ったディータと姫が俺の顔を覗きこんでいる。
「あんまり大丈夫そうじゃないな」
「ディータ、悪いけど、俺を窓際に連れて行って欲しいんだ」
「窓際? わかった、新鮮な空気が吸いたいんだな」
ディータに肩を借りて窓辺に立った。夜風が気持ちいい。
「少しなら良いけど、また熱があがるから」
「わかってる……」
フーマが来る前に見える蛍のような赤い光が見えた! 俺は思わず前に乗り出した。
「落ちるぞ!」
ディータが俺の身体を掴んだ。
「もう、ベッドに戻る方がいいよ」
「……そうだな」
フーマが見に来てくれたのかもしれない。でも今は身体が言うことを聞かないし、どうしようもない。俺は目をつぶった。
「また来るわね、マクシミリアン」
姫の言葉に片目を開けた。
「ご足労いただかなくても、寝てれば治ります」
「ゆっくり休めよ」
「ありがとう」
2人が部屋を去った。なんとか1人で窓際に行きたかったが、無理だった。早く治してまたマリエン湖へ行きたかった。
*****
「マクシミリアンのおかげで、今日はいろんなことがわかったな」
「はい、陛下」
俺は本来ならば、マクシミリアンと一緒に報告をしたかったが、一刻も早く陛下の耳に入れたかった。
「取り急ぎ、黄色とオレンジの目を持つものを保護しろ。あと正確な人数も教えて欲しい」
「はい、かしこまりました」
「あと、ユニコーンの角を有効活用したい。剣にはできないが、槍か弓矢にできれば良いが」
「わかりました。しかし、マクシミリアンの剣で角を切り落とせるとは思いませんでした」
「その剣はアンデミーラ侯爵家の宝剣か?」
「違うはずです。それに気になる点が」
「なんだ?」
「マクシミリアンは、成敗から戻っておそらくどこかへ行ったようですが、門番がゲートで倒れてるのを発見したんです。マクシミリアンの馬はそばにいましたので、戻る途中で落馬したようでした」
「マクシミリアンほどの騎士が落馬するなんて、相当調子が悪かったのか?」
「先ほど、様子を見てきましたが、かなり体調が悪く……もし、ユニコーンを切った際に浴びたエネルギーだったとしたら、今後も倒すべきなのか、考える方が良いかと思います」
陛下が深くため息をつかれた。
「そうか……とにかく、ユニコーンの角で武器が作れれば、それでパワーを落とすことができるかもしれない。そうなれば、角を切った者の負担も減るだろう、もしそれがマクシミリアンの病気の原因だったらな」
「そうですね」
ノックの音が聞こえた。
「お父様!」
ソフィア姫だった。
「では、失礼します」
俺は謁見室を去った。マクシミリアンを任務から外すのは、痛手だ。でも黄色とオレンジの目を持つものは少ない。マクシミリアンのすぐ上の兄アンドレアスですら黄色と緑だ。アンドレアスは近衛団に属してはいるが、騎士に興味がなく、本ばかり読んでいる。世が世なら、騎士にならず作家や歴史家になっていただろう。全く嫌な時代だ。
*****
お父様はルーファスと話されていたのね。だから、すぐに返事がなかったのね。
「ノックのあと、どうして待てなかったのか? まだルーファスと話をしていたのに」
「だって待ちきれなかったんですもの」
マクシミリアンのあんな姿をみたら、夜通しで看病したいもの。それには正式な婚約者にならなければ、1人でお見舞いにも行けやしない。
「私の婚姻の話なんだけど……」
「まだ早いだろう、4年もあるぞ」
お父様が『しょうがないなあ』という顔をされたわ。19歳のお姉さまもまだですものね。
「でももう心に決めた方がいます! 近衛団からでしたら、誰を選んでも構わないんでしょう?」
「そうだな、身元もしっかりしてるし問題ないだろう」
「マクシミリアンと婚約したいんだけど……」
「マクシミリアン? 彼はだめだ」
「どうして? 今、『近衛団からだったら誰でも良い』っておっしゃったのに!?」
「すまない、マクシミリアン以外だったら、誰でも賛成するから」
「嫌よ、マクシミリアンじゃなきゃ、絶対嫌!」
「ソフィア、申し訳ないけど、彼はだめだ」
「どうしてですか? もうどなたかと婚約されてるとか?」
「そうではないが、ダメなものはだめだ」
「お父様!」
「もう遅いから寝なさい」
お父様の護衛が私に部屋へ戻るよう促し始めた。もううっとうしいわね!
「お父様、理由を教えてください!」
「理由は言えない。もう部屋に戻りなさい」
納得できないわ! まさかマクシミリアンがお父様に何かおっしゃったとか? 確かに子供扱いはされてるけど、そんなことをするわけないわよね……
「ルーファスを呼べ」
お父様はそう言って、お仕事に戻られた。私は部屋へ戻るしかないのね。あと4年もあるから、お父様の気も変わるかも。でもどうしてマクシミリアンだけはだめなの?
*****
「お呼びでしょうか?」
「再度呼び立てて悪かった」
「いえ、何でしょうか?」
ソフィアに婚姻を促されたが、エルザのことを進めるときが来たようだ。妻をソフィアの出産時に失ってから、後妻も取らずずっと1人で生きてきた。エルザが亡き妻に似てきたのもあって、できるだけ長く手元に置いておきたかったが……、そろそろ潮時だ。
「実はエルザのことなんだが」
「……はい」
「そなたさえよければ、娶ってもらえないか?」
「……身に余る光栄です!」
「そなたが、エルザに恋してるのはわかっていた。それで、悪いが……」
「はい」
「できるだけ早く子を持って欲しい」
「は、はい……」
「私には娘2人だ。できるだけ早く跡継ぎを、それも多く欲しい、男子のな」
「は、はい。でも急にどうされたのですか?」
「今日、ソフィアがマクシミリアンと正式に婚約したいと言ってきたんだが、却下した」
「どうしてですか?」
「現在の状況では、マクシミリアンには黄色とオレンジを持つ女性と婚姻してもらいたい」
「まさか、その子供を……」
「そうなる可能性がある。今、黄色とオレンジの人数を確認したが黄色が3人、オレンジが4人だ。特にオレンジは、年齢層も高い。もし病気で亡くなったり、最悪色無しに取られたり、ユニコーンにやられたらおしまいだ」
「マクシミリアンが了承するとは思えませんが」
「それに今いるオレンジでは、子を持つ年も過ぎている」
「状況は厳しいのですね」
「そうだ。だからソフィアには悪いが、マクシミリアンとの結婚はない」
「……エルザ姫の結婚を進められなかったのは、姫を生贄に差し出すお考えかと思っていました」
「そう考えた時期もあったし、ドルミダとの国交が復活するかもしれないとも思っていたからだ。でも王族の血を絶やすわけにはいかない。ソフィアにも時が来たら、相応しい相手と話を進めるつもりだ」
「わかりました」
「エルザにはこれから話すが、相手がそなたなら文句はいうまい。頼んだぞ」
「はい、必ず」
ルーファスが離席した。マクシミリアンは忠誠心は高いが、子供を生贄にすることには了承しないだろう。だが状況次第によっては命令してでも従ってもらわなければ、この国は亡びる。
*****
夢にまで見たエルザ姫との婚姻。15歳で入団してから、ずっと思い焦がれていた姫がやっと手に入る。団長になればより可能性が高いと聞いて、死に物狂いでやってきた。近衛団に入団して8年。努力が報われた。手柄を立てたことよりもうれしい。




