Chapter 3
*** Chapter 3 ***
今日は夕食前にマリエン湖へ向かった。夕焼けもきれいなところだからだ。
手綱を木に結び付けてから、いつもの場所に向かうため湖岸を歩いていた。
何か光ってる、なんだ、これは? ペンダント? 赤色というか、赤っぽいゴールドのガラスのような球がついたペンダントだった。
「それ、私のです。返していただけますか?」
女性の声がして、俺は振り返って驚いた!
「……色無し!」
初めて間近で見た! ほんとに真っ白だが、確かに目だけ赤い……!
「色無しですって? 初対面の人に対して、なんて失礼なの?!」
「あ、すまない……」
「私だって、あなたみたいな素敵な黒髪が欲しかったわよ!」
いきなり怒られた……!
「返して、ペンダント!」
恐る恐る手を伸ばして、返した。
「す、すまなかった。初めてだったから、驚いてしまって……」
俺が申し訳なさそうにしてるのを見て、怒りが収まったようだった。
「……こちらこそ、いきなり逆上してごめんなさい」
「それでは、これにて」
その場を去ろうとしたが
「あなた、お名前は?」
「……マクシミリアン」
「私はフーマ。あなたはヴァラーでしょ?」
「ヴァラー? 色有りってことか?」
「そうね、そんなところかしら」
フーマは俺に微笑んだ。
「このペンダント、もう出てこないと思ったから……ありがとう、見つけてくれて」
「いえ、たまたまだったから」
そう答えてる間に、目の前で消えた。すごい能力だな。こんな能力あったら、馬とか要らないもんな。
帰り道に馬を走らせながら、フーマは昨晩見た5人のうちの1人だと思った。ペンダントを失くしたから探しにきたわけだ。綺麗な人だったな。もっと探りを入れてたら、報告することもあったのに。でもフーマのことを考えるとますます寝れなくなった! 明日、また会えるかも。湖に行ってみるか……。
今日こそ、朝から訓練に集中したい。いつもの訓練用の中庭へ行く途中で、エルザ姫に会った。
「姫」
俺は軽く会釈をした。
「今日は私のお茶会に来ていただけるかしら? ルーファスも来られるわ」
基本、姫からの誘いは断れない。でも団長も一緒なら心強い。
「は、身に余る光栄でございます」
「ではもう始めるので、一緒にサンルームに行きましょう」
今日も朝からお茶会か。そんな結構な身分ではないんだが。
サンルームに行くと、団長がすでに座っていた。
「お前もか?」
「はい……いけませんでしたか?」
「いや、そんなことないが……」
でも明らかに嫌そうだった。団長が、エルザ姫のことが好きなのは知っていた。
「マクシミリアンには、昨日のソフィアとのお茶会のことをお聞きしたかったの」
「特にお話しするようなことは、ございませんでしたが……」
「でも初めてのお茶会に家族を呼ばずに、マクシミリアンを招待するなんて、ほんとに好きなのね」
確かにそうだ。普通は家族を呼ぶはずなのに……
「申し訳ございません」
「良いのよ、ソフィアが決めたんだから」
「そうですが……」
「それでどんな話をされたの? 私がサンルームに着いたときは、婚約の話だったでしょう?」
姫はお茶を俺と団長に入れてくれた。
「あ、はい、でもその前に変なことを尋ねられました」
「変なこと?」
「はい、『ある騎士とある姫が中庭で2人っきりだったのに、キスをしなかった』みたいで、どうしてしなかったのかが、気になってらしたようでした」
エルザ姫は戸惑いを見せたが、団長は真っ赤だった。まさか?
「それで何とお答えになったの?」
「小説の話だとおっしゃったので、『作者の意図でしょう』とお答えしました」
「ソフィア姫は早熟ですね」
団長……、まだ赤いけど?
「それで、マクシミリアンはどうしてだと思われますか?」
「え? どうしてって?」
エルザ姫からの意外な質問に、俺は少したじろいだ。
「その騎士は、なぜその姫にキスをしなかったんでしょうね?」
「さあ、俺にはわかりません。でももし俺だったら、迷わずキスします」
「「そうですか!?」」
2人とも驚いている。
「そんなに驚かれることでしょうか? もし愛し合ってるなら、貴重な2人だけのチャンスにキスをしないなんて、もったいないです」
そう、姫と2人だけになることなんて、婚約するまでないんだから。そのチャンスを逃すなんて大バカだ。
「ルーファスはどう思われますか?」
一瞬、団長が固まった。
「俺だったら、怖れ多くてしないと思います」
「団長! 敵には強気なのに、どうしたんですか? 片思いならまだしも……」
「敵と姫を一緒にするな」
「そうですけど、狙ったものを獲る点では同じですよ」
「まあ、バトルと恋愛を一緒にしていただきたくありませんね」
「申し訳ございません、でも同じくらい勇気のいることなので、比較してしまいました」
姫は微笑んだ。さすがお子ちゃまソフィア姫と違う。
「でも姫の気持ちに確信がなければ、しないだろう」
「だからこそ、するんですよ! ほんとに嫌だったら抵抗するでしょ?」
「え? 姫の気持ちを知らなくてもキスするのか?」
そんなにびっくりしなくても?
「しようとするか、そこで想いを告げて、キスするか、ですね」
「それで振られたらどうする?」
「そんなどう思われてるか、素振りを見たらわかるでしょう! 大体、嫌われてたら2人っきりになんてさせてくれませんよ」
団長は少し納得したような顔をした。
「それでも自信なかったら?」
「団長はそんなだから、まだ独身なんですよ」
団長は23歳でまだ独身。この国は男女とも16歳で結婚できるから、20歳前後に結婚するかすでに婚約してる人が大半だ。
「お前、言って良いことと悪いことが……」
団長はかなり怒っている。
「練習すればどうですか?」
「何の練習だよ?」
「恋愛の練習ですよ」
「「誰と?」」
姫と団長が同時に言った。
「練習なんだから、誰でも良いでしょう、ほんとにキスするわけでなし。ディータとか線が細い感じだから、良いんじゃないですか?」
本当は『売春宿でも行けば』と言いたかったが、さすがに姫の手前、言えなかった。
「お前はディータと練習してるのか?」
「俺は練習する必要ありませんので」
「その自信はどこから来るんだ?」
「自信じゃないですよ。俺は、自分の気持ちを伝えないと気が済まないんです」
団長が黙ってしまった。
「もし姫だったら、いかがですか? キスを期待されますか?」
「マクシミリアン! 聞いて良いことと悪いことがあるだろう!」
照れながら焦ってる団長、面白い。
「あら、構いませんよ。私だったら期待します」
エリザ姫は団長をちらりと見て言った。なるほど、2人のことだったわけだ。
「そうですよね、その作者に文句の手紙でも書きましょうか?」
団長は黙って、お茶を飲んでいた。
*****
マクシミリアンめ、調子に乗りやがって! しかし、マクシミリアンだったら、相手が姫でもキスするのか、意外だった。バトルでも強気だが、恋愛もそうだったとは。エルザ姫の手前聞かなかったが、すでに誰かいるのかもしれないな。恋愛の練習も必要かもしれないが、エルザ姫以外は考えられないし、ディータで練習はしたくない。売春宿に行くなんて持ってのほかだ。姫が生贄になるかもしれないのも気になってるし、マクシミリアンはいい気なもんだ、全く。
*****
今日はマクシミリアンもお茶会に誘って、大正解だったわ。ルーファスのあの戸惑いよう! 今度2人だけになったら、キスしてくれると良いけど、どうでしょうね? 私からお父様に結婚話を進めたいと言いづらい以上、ルーファスに頑張っていただきたいけれど……
*****
エルザ姫のお茶会は楽しかった。団長があんなに恋愛に自信がないとは思わなかった。これを機に次回はキスをしてほしいものだ。
遅れて訓練に参加したが、ディータに嫌味を言われた。ディータはまだ、姫主催のお茶会に呼ばれたことがないからだ。
「俺も呼ばれたいなあ」
「今度、ソフィア姫のに呼ばれたら、一緒に行こう」
「でも姫に怒られそう」
「大丈夫だよ」
俺が1人で行きたくない。ソフィア姫が、4年後にエルザ姫のような立派な女性になるとは、思えないしなあ。好かれるのも考えようだ。
食事が終わって、部屋に戻った。フーマ、また会えるだろうか? バッヘンに文句を言われそうだが、俺は再度、マリエン湖に向かった。
満月過ぎの下弦の月だったが、まだまだ満月に見える。音をたてないように湖畔を一周するつもりで歩き始めた。目の前に蛍が来た。こんな季節に蛍? でも赤い光だ。フーマが現れた!
「会えるかと思って、来てみたの」
月明りで白い肌がぼんやりと光ってるように見える。長い白い髪は、銀髪に見えた。
「俺も会えると思った」
うれしい、また会えて。
「マクシミリアンが触ったこのペンダント、あなたのエネルギーが入ってると思ったけど、やっぱりね」
「俺のエネルギー?」
「そう、だからあなたが私のことを考えると、このペンダントを通じて私が感じることができるの」
「テレパシーってことか?」
「似たようなものかしら。あなたにはその能力はなさそう?」
「さあ、あるかもしれないけど、わからないな。色有りだし」
「ヴァラーでもパワーを持ってる人がいるって聞いたわよ」
「俺の団長もそうだけど、使いこなせてないから……」
「どんなパワーなの?」
「敵を光に包んだ後に消せるけど、異常に体力を消耗もするから、滅多に使えないんだ」
「ペンダントがないから、コントロールできないのよ」
「ペンダント?」
「団長さんが放つ光は何色なの?」
「黄色だけど?」
「今度、その色のペンダントをあげるから、団長さんに渡してみて。少し練習はいるけど、使えるはず」
「ありがとう……」
突然、フーマは何かが聞こえたような素振りをした。
「ごめんなさい、行かないと。また明日ね」
そう言ってフーマは消えた。明日、また会える。
*****
マクシミリアン……。黒い髪に黄金の瞳、なんて美しいのかしら。こっちの男性とは全然違う。ここは人は白くて、世界はグレー。モノトーンしかない世界にうんざりしている私だけど、お姉さまたちの目を盗んでたまにいくあの湖で、あんな素敵な人に出会うなんて……。許されない恋なのはわかってる。でも……
*****
今日もフーマに会える。そう思うと俺は朝からソワソワしていた。
「マクシミリアン、ちょっと」
団長が、団長室の窓から呼んでいる。団長室へ向かった。
「何でしょうか?」
「ディータの調査報告を見せたくて」
俺がやるはずだった調査か。面白くなかったが、言われたとおりに資料に目を通した。
「やっぱり、ユニコーンは黄色とオレンジばかり狙ってるんですね」
「ああ、思った通りだ」
黄色とオレンジは珍しいらしい。俺の両親は緑とオレンジだったが、俺は黄色とオレンジで生まれてきた。家族でも俺だけがそうだ。
「悪いが、お前はユニコーンの任務から外れてもらう」
「どうしてですか!?」
「お前が狙われるからだ。退治どころじゃないからな」
「そんな! 仕留めて見せます! それで食われた村人が救えるかもしれません!」
「今まで近衛団でも騎士団でも、仕留めた騎士はいない、数人でかかってもだめだ。確かに俺のパワーで消滅したときもあるが、それだと村人も一緒に消えてるから、助けることができない。でもお前を失うわけにはいかない」
「それなら俺をおとりにしてください」
「おとり?」
「そうです、それでユニコーンをわざと逃がしてください。そしたら村人がどこに連れて行かれたかわかるでしょう?」
「そんなばくちはできないな。だって食ってるかもしれないんだぞ」
「そうですけど……」
「納得いかないのはわかってるが……」
「ユニコーンの弱点が、わかればいいですよね?」
「どういう意味だ?」
もしフーマが知ってたら……
「今まで、ユニコーンを倒したことがないから、食われた村人がどうなったかわかっていません。でももし倒せたら、俺のおとり作戦が有効がどうか、わかりますよね?」
「そうだが、どうやって奴の弱点を調べるんだ?」
「聞き込みをします。ですから、次回も連れて行ってください。聞いたことを試させてください!」
「……わかった。もし、有意義な情報をお前がつかんだらな」
「ありがとうございます!」
フーマが知ってると良いけど、もし知らなかったら、任務から外されるな。ますますディータにチャンスが行ってしまう。副団長の座は誰にも譲りたくなかった。
部屋へ戻る途中でディータに会った。
「俺の調査報告のこと、聞いたか?」
「聞いたよ、ユニコーンの弱点がわからない限り、俺は任務から外される」
「他の任務があるだろう」
「コウモリ退治とか、姫とお茶会とか小さいのばっかりだよ」
「でもしょうがないだろう……」
「わかってるけど、なんとか弱点を探るよ!」
俺は部屋へ入った。わかってるけど、なんとかしたいんだよ!
*****
俺はマクシミリアンのことは認めてるが、悪いが副団長のポジションは俺のものだ。年も同じだし、たった1年の入団の差なんてしれている。出し抜きたくはないが、もっと手柄を立てて、団長に気に入ってもらう。そして年末の選出時に、推薦してもらう。それが俺の作戦だ。マクシミリアンはソフィア姫に気に入られてるから、最後の陛下のご決断でひっくり返るかもしれないが、色仕掛けでは手に入れたくはない。マクシミリアンみたいに、勝手に好かれる分には問題ないがな。まあソフィア姫はまだ子供だから、色仕掛けもあったもんじゃないか。




