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マクシミリアンと虹色女神  作者: 桐谷 美和子
19/19

Chapter 19

*** Chapter 19 ***


 この人が虹色女神? 俺とアンドレアス兄上は思わず後ずさったが、剣を抜く気はなかった。


<あのペンダントがないとドルミダは力が使えない。すべてのパワーをコントロールしていたのだ>


「でもあれは王の直系は全員持っていると聞きました」


<それは直系に引き継がれるという意味だが、ドルミダの王が民をコントロールするためにそう言ったんだろう。今のドラゴンのパワーを受け取れるペンダントはあれしかない>


 今のドラゴン? 虹色女神の後ろに黄金のドラゴンがいるが……卵を守ってる?


「でも俺が壊したあともドルミダの人間はパワーを使っていましたが……」


 そうだ、あの後の陛下との話し合いの時、リルマは俺の前に瞬間移動で現れた。


<力の強い者はまだ使えるようだな。それはそなたがまだ破片を持っているからだろう>


「破片?」


<そうだ、そなたは破片を持っている>


 もしかして……。俺はモクサリテ公が最後にくれた白い袋を取り出した。中を見ると……虹色に輝いていたが、確かに俺が踏みつぶしたペンダントだった。


<砕かれたとはいえ、パワーはまだある。だがそれもあのドラゴンが役目を終えたら、使えなくなる。今後もパワーを使いたいなら、新しい虹色のペンダントが必要だ>


「あの卵が新しいドラゴンですか?」


<そう、あの卵が孵るためにも生贄が必要だった>


 ではやはり生贄を救う方法はなさそうだった。


<生贄のエネルギーはもうあの卵に入っている、私を通じてな>


 俺は大きくため息をついた。虹色女神に会えたことや、ドラゴンのことがわかったのは大収穫だったが、生贄はもう救えないとはっきりわかったことはショックだった。


<その昔、ドルミダが弱ったドラゴンを捕らえた際に、私との取引を迫った。『返す代わりにパワーをくれ』とな>


「それが、マシアス兄上のおっしゃってた『ドルミダの失敗』ですね」


 アンドレアス兄上は俺よりもそのことをご存じのようだった。


<そう、そのために生贄が必要となった。人間が使いこなすには、ドラゴン側にも人間のエネルギーを転化したものを持たねばならぬからな>


「では今後生贄を出さなくてもいいようにするには、パワーをあきらめればいいということですか?」


<そうだ。その代わり、ドルミダもヴァルムートもドラゴンが支配する>


 ドラゴンが支配……俺と兄上は顔を見合わせた。兄上もどういう世界になるのか、見当がつかないようだった。


<心配するな。ドラゴンは人を襲ったりなどしない。ドラゴンの世話は谷の住人が行う。人々は平和に暮らせばよいのだ>


「ではどうしてドルミダがパワーを欲しがったのですか?」


<ヴァルムートを支配したかったからだ>


 俺の知る限りの両国の歴史は、国境沿いでの小競り合いはあっても、大きな戦争はなかったが……。俺のマインドを読んだのか、虹色女神が答えてくれた。


<地形的にも資源的にもヴァルムートの方が恵まれておるからな。ヴァルムートも提供を拒んだし、パワーのないまま戦争をしてもドルミダには勝ち目はなかった。作物が取れず、皆、栄養不良気味だったからな>


 だから断絶とは言え、食料は提供していたのか。確かに以前のドルミダでは作物は全く育たなかったはず。


<でもドルミダがパワーを手に入れてからは、ヴァルムート側も勝ち目がないことがわかっておったから、条件を呑んで資源や食料を渡していたのだ。ドルミダはパワーは手に入れたが、外見的な人間らしさも生活も失ってしまった。あの肌のせいで昼間は外出できなくなったのだ>


 確かに戦争になってもあのパワーでは勝ち目はない。リルマ率いる騎士団のパワーを見れば、一目瞭然だった。


「では、パワーがなくなれば身体の色が戻るということですか?」


<戻る者も出るだろう。200年近くあの状態だから、完全に戻るには時間がかかるだろう>


 ドルミダのあの本には、ドルミダの民は選ばれた者だからパワーを持っていることになっていたが、真相はそうだったのか。


<でもバランスを取るためには、ヴァルムートのエネルギーも欲しかった。だから両王族の婚姻をするように言い渡したのに、ある時無視されるようになってしまった>


 先々代のドルミダ王だ。


<それにドルミダの王族は生贄のことばかり考えて、愛の営みも子づくりのためだけになってしまった。生まれた子を生贄として育てるなんて、人としての心も失くしてしまったのだ。……そなたはどうなのだ? マクシミリアンよ>


「どういう意味ですか?」


<私は次のドラゴンのエネルギーの入ったペンダントを、そなたには渡すつもりはない。もしその破片をここで私に返せば、ドルミダは今すぐ完全にパワーを失う>


「つまりその瞬間から、ドラゴンが両国を支配するということですね」


<そうだ。そしてもう生贄を差し出す必要もない>


「では、お返しします」


 俺は破片を袋に戻して、虹色女神に差し出した。虹色女神は黙って受け取った。俺のペンダントが熱くなった! 急いで外すと赤くなっていた。


「フーマからもらったペンダントです。これはどうなるんですか?」


<冷めたらただの石になるだけだ。そなたは特にパワーもないからな>


 虹色女神の言う通りみるみるうちに元の黄色に戻った。また首にかけたが何も感じなかった。


<ついてこい、ドラゴンに会わせてやろう>


 虹色女神は長い髪を翻して、ドラゴンのいる方に向かった。


「誰にも相談せずに、ペンダントを返して良かったのか?」

「相談などしない方がいいよ。ドルミダの人間はパワーに頼りすぎてる。特にリルマは絶対反対しただろうしな」


 俺たちの会話を聞いていたかどうかはわからないが、虹色女神は時々振り返って俺たちを見ていた。ついに俺たちはドラゴンのそばまで来た。改めて見ると……大きい。輝くようなゴールドの肌でそばに虹色の卵が1つあった。虹色女神がドラゴンを触った。


<このドラゴンはとっくに寿命が尽きてるはずなんだが、私のエネルギーがなくなり、住民も息絶えて、卵を守るためだけに生き長らえていたといっても過言ではないだろう。加齢のせいで、ユニコーンのように暴走できなかったのはヴァルムートにとっては、幸いだったと思う>


 確かにドラゴンはとても弱っているように見えた。


「ユニコーンも元に戻ったんですよね?」


<そうだが、かなりヴァルムートで殺されてしまった。だが、お前が助けたユニコーンが次世代を築いていくことだろう>


 俺も兄上もあのユニコーンのことだとすぐにわかった。殺さないでよかった。


<もう間もなくこの卵が孵化する。それを見届けたらこのドラゴンも永遠の眠りにつくだろう>


「この後は、俺たちは普通に暮らせばいいのでしょうか?」


<そうだ。マクシミリアン、これを>


 そう言って2つの虹色のペンダントを見せてくれた。


「これは?」


<新しいドラゴンと繋がるペンダントだ。見た目は前のにそっくりだが、これは純粋にドラゴンのエネルギーしか入っていないから、人間でパワーを持つ者はいないだろう>


「なぜこれを俺に?」


<同じミスを繰り返さないためだ。そなたのことは信頼している。でもその後は?>


 そしてもう1つを兄上に渡した。


<アンデミーラの領主に渡すと良い。アンデミーラは谷の住人に対していつも良くしてくれた。そして、アンデミーラの人間には谷に移住してもらいたい。谷が落ち着くまではアンデミーラ侯爵に、すべての世話をお願いしたい>


「なぜヴァルムートの王の分はないのですか?」


<ヴァルムートは信用できない>


 そうかもしれないが、はっきり言われるとショックだった。


<ドルミダもそなた以外は信用できない>


「このペンダントの働きは何ですか?」


 兄上が聞いた。


<時に神託が与えられる。もちろん繁栄のためのものだ>


 神託……フーマが言ってたな。神託が聞ける人がドルミダにいると。でもあのフルマンド王ではちゃんと聞けてなかったし、それを生かせてもいなかっただろう。


<お腹の子は男の子だ>


 え? 男の子ということは後々ドルミダの王となるのか。


<その子が3歳になったら連れて来るがよい。でもそなたの妻はだめだ。その子のみだ>


「どうしてフーマはだめなんですか?」


<残念ながら、彼女の中にも狂気がある。今は封印されているし、そなたとの結婚によって解放されることはなくなったが、ここに来るとわからない。また支配欲が出てくるかもしれぬ>


 フルマンド王の娘だものな。信頼がないのはしょうがない。


「わかりました」


<できれば、そのペンダントはそなたの子孫に受け継がせていきたいと思う。それには早くからドラゴンのことを理解する必要がある>


「信頼していただいて、ありがとうございます」


 虹色女神は微笑んでから、静かに姿を消した。もっと聞きたいことはあったが、今すぐ知る必要のないことは知らなくていい。息子が3歳になったら、またここで会える。


「マクシミリアン、戻ろうか」

「あ、はい」

「マシアス兄上も連れてくるべきだったかもしれないな。僕がこんな話を聞いてしまって」


 俺たちは神殿を出て、アンデミーラとつながってる洞窟へ向かった。神殿の上に虹がかかっていた。ペンダントをかけていた俺は感じた。今、あの卵が孵った。新しい時代の幕開けだ。


「もしかしたら、アンドレアス兄上の方が領主に向いてるのかも?」

「今更、僕がなることはないよ」

「そうだけど……」



 俺たちはアンデミーラの屋敷に戻った。アンドレアス兄上が父上にペンダントを渡した。首にかけた瞬間に、父上はすべてを理解されたようだった。


「ご苦労だったな。これで平和が訪れるだろう」

「はい」

「マクシミリアンはドルミダへ戻るのか?」

「はい、馬で戻ります。今度はフーマを連れてきます」

「そうだな。国交が復活すれば手紙のやり取りもできるようになるだろう」

「僕はもう近衛団には戻らないよ。退団後も城にいて一緒に行動していたのは、マクシミリアンとの接点を持ちたかっただけだしね」

「確かに戻ると団長から根掘り葉掘り聞かれるしな」

「そうだな。何て言えばいいかもわからないから、会わないのがちょうどいいだろう」

「必要なことは平和条約調印のときに、俺から陛下にお伝えするよ。ドラゴンの支配なら200年前に戻ったわけだし、ドルミダの優れたものと引き換えに交易をできるように話を進めるつもりだ」


***** 


 マクシミリアンがやっと戻って、私を強く抱きしめてくれて不安がやっと消えたわ。パワーが突然消えたとリルマから聞いて、私も不安になったの。瞬間移動もできなくなって、もしマクシミリアンが戻れなかったらどうしようとずっと悩んでいたけど、これでもう大丈夫。マクシミリアンの晴れ晴れとした表情を見て、安心したわ。


***** 


「気分はどう? リルマから昨日は夜更かしだったって聞いたけど……。昨日は帰れなくてごめん」

「心配で寝れなかったけど、気分は良いから大丈夫よ」

「父上にも会ってきたよ。フーマに会いたいって言ってたし、孫のことも驚きながらも喜んでくれたよ」

「良かった! 反対されると思ってたけど……」

「平和条約が締結されれば、何の問題もない。両国に平和が訪れるし、もう生贄も必要ない」


 俺はフーマに谷で虹色女神に会ったことを話した。でもお腹の子のことは話さなかった。


「本当に虹色女神は存在したのね。伝説だと思ってたわ」


 ドルミダは虹色女神の言う通り、ドルミダの民のパワーはすべて消えていた。リルマは予想していたようで、俺が思ったほど焦ってはいなかった。国民の大半は、見た目に変化がなかったが、フード付きのマントを羽織って日中は外に出れるようになった。それに大きく変わったことは、彼らが日焼けするようになったことだ。日焼けを機に肌が強さを取り戻せば、マントはいずれ不要になるだろう。



 1か月後、ヴァルムートの城で平和調印が行われた。陛下もエルザ姫も、ソフィア姫を失ったショックから立ち直れたとは思えなかったが、少なくとも前を見て生きて行かれようとする姿が垣間見えた。俺はその席で谷のことを話したが、ペンダントのことは言わなかった。陛下のパワーも消えたし、詮索する人は誰もいなかった。瞬間移動ができなくなったリルマは部下の訓練に力を入れていた。今回もまた俺に同行したが、パワーなどなくても立派に警備をこなしていた。


「ではもう生贄は必要ないわけだな」


 陛下が再度確認された。


「はい。今後は以前の通り、ドラゴンが両国を支配します」

「……ソフィアの犠牲は無駄にならなかったということだな」

「……はい」

「両国の婚姻も必要はありませんが、もし友好のためでしたら、こちらは大歓迎です」

「そうだな、マクシミリアンと親戚になるのも悪くないな」


 団長の笑顔も久々に見た。少しずつ、日常を取り戻しつつあった。フーマにはお腹の子が男の子だと谷で言われたことは話していなかったが、俺をみてにっこり笑った。


「谷の方も、虹色女神が戻ったなら大丈夫だな」

「はい」


 団長はアンデミーラから谷へ行く道について、2度と口にされなかった。これはアンデミーラ家に虹色女神から一任されていることだし、俺も敢えて何も言わなかった。


「交易に関しては追って文書で出します。こちらでもヴァルムートで何を有効に使っていただけるか、模索していますので」

「そうだな。こちらは食料も支援できるし、農業の知識も教えることができる。こっちで取れにくい野菜などがそちらの方が適してるかもしれないしな」

「そうですね。情報も交換していきましょう」


 ペンダントが反応した。あの老いたドラゴンが亡くなった。父上も気が付かれたことだろう。窓から外を見ると、大きな虹がかかっていた。あの虹色女神がドラゴンの赤ん坊を世話をしていることだろう。やっと両国に平和が戻り、新しい時代がやってきたのだった。


     <終わり>


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