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マクシミリアンと虹色女神  作者: 桐谷 美和子
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Chapter 17

*** Chapter 17 ***


 私はルーファス、2人の王女とともに無言で谷を見つめていた。この間の会談の際に、マクシミリアンからは7色の生贄の際にも、両国の人数をそろえる必要があることは聞かされてなかった。それでパワーが同等ならば、良いだろう。この条件ならば、次期国王がマクシミリアンならやりやすい。お互いの子供を婚姻させることは、問題なく合意するだろうし、貿易などもできるかもしれない。双方が行き来できるようになれば、ソフィアとマクシミリアンを会わせることもできるし、フーマ王女の親戚と結婚もソフィアは受けるだろう。


***** 


 谷が静かになった。俺はエルザの手を取った。これですべてが解決か? ドルミダを見ると、あの騎士たちは臨戦態勢に入っている。まだ何かあるのか……。


 誰かの叫び声なのか? 泣いてるのか? 甲高い音が聞こえてきた。俺はディータに合図をした。


「姫と陛下を守れ!」


 突然、空が真っ黒になった。コウモリだ! 俺のパワーで何とかなるレベルではない。俺も剣を抜いたが、色無しの剣をもたない騎士はコウモリに太刀打ちできなかった。突然、白い光が辺りを包んだ。誰のパワーはわからなかったが、ドルミダの誰かのだろう。でもそれでは足りないようで、コウモリはまた攻撃してきた。俺もパワーを使ったが、無駄だった。マクシミリアンを見ると、フーマを守りながらコウモリと戦っていたが、剣が優れてる分、まだましに見えた。


 こっちは姫と陛下をお守りするので精いっぱいで、色無しの剣を持たない騎士までは助けることができなかった。


「陛下、追加を!」


 モクサリテ公だ。やはり追加が必要なのか? こっちはいったい誰が行くのだ?



 俺はフーマをリルマの部下に任せて、モクサリテ公と2人だけで話をしようと少し離れた。コウモリは俺の剣では倒せるから、とりあえず話ができる。


「マクシミリアン公、これを」


 そう言って差し出されたものは白い袋だった。


「何ですか? これは」

「そなたが持つべきものだ」

「わかりました。それで、追加が必要なんですね?」

「コウモリが断末魔状態だ。もう少し虹色女神のエネルギーがあれば、エルフに戻れる」

「ではその次はユニコーンですか?」

「そのはずだ。でもそれはこの追加で可能なはずだ」


 俺は陛下を見た。騎士団に守られていながら、考えておられる。その間にも色無しの剣を持たない騎士がやられてる!


「リルマ! ヴァルムートの騎士を助けろ!」

「承知いたしました」


 リルマと数人が援護に回った。おかげで少し落ち着いてきたが、これですべてのコウモリを倒したとは思えない。またすぐに来るだろう。


「お父様、私が行きます!」


 ソフィア姫の声が聞こえた。俺はモクサリテ公をリルマの部下に任せて、ソフィア姫の方へ走った。


「ソフィア、何を言ってるのだ!?」


 陛下の怒鳴る声が聞こえた。


「誰かが行かないといけないんでしょう? お父様は国を守らないといけないし、お姉さまは次期女王ですもの。第2王女が行かなければ!」

「ソフィア姫……」


 俺はそれ以上、言葉が出なかった。


「谷に降りた者の消息はわかってないとはいえ、死と同じなんだぞ!」

「でも誰かが行かねば、両国は亡びます! 最初の生贄が無駄になります」

「その通りだが、お前はまだ12歳で……」

「でも物事はわかっています」


 団長とエルザ姫もそばに来た。


「ソフィア、だめよ!」


 エルザ姫がソフィア姫を抱き寄せようとしたが、拒んだ。


「マクシミリアン」


 ソフィア姫が俺に近づいてきた。


「姫……」


 生贄になるのが怖いに決まってる。姫は泣いておられた。


「……女性の方から言うなんて、はしたないかもしれないけれど、最後にキスしてくださる? 私のファーストキスは初恋の人とって決めていたの」


 俺はソフィア姫を抱き寄せて、唇にキスをした。身長差がかなりあるが、姫は俺の首に手を回した。


「ソフィア姫……」


 言葉が続かなかった。


「早く!」


 モクサリテ公が手を伸ばした。ソフィア姫がゴンドラのそばにいるモクサリテ公の方へ向かう途中で、陛下、エルザ姫と抱き合った。


「ソフィア姫!」


 団長が呼んだ。


「お義兄さま、お姉様とお父様をよろしくお願いします」


 団長が悔しさを見せた。俺だって悔しい。


 また空が暗くなってきた! 俺はソフィア姫の警護に回って、モクサリテ公のところまで連れて行った。


「ソフィア姫!」

「あの方とお幸せに……」


 そう言って姫はモクサリテ公の手を取った。2人がゴンドラに乗った。リルマの部下がゴンドラを下げ始めた。陛下、エルザ姫、団長、フーマもそばに来て、ゴンドラが下がっていくのを黙って見ていた。


 ソフィア姫は上を向いて、俺たちに顔を見せてくれていたが、霧が隠してしまった。ゴンドラが軽くなったのか、リルマの部下がゴンドラを引き上げた。誰も乗っていなかった。陛下とエルザ姫が泣き崩れた。


 静けさが戻った。谷から黄金の光が漏れてきて、ドラゴンが静かに現れた。黄金の身体に赤い瞳だった。犠牲は大きかったが、世界が戻った……。隣にいたフーマが俺の手を取った。俺はフーマを抱きしめた。


***** 


 俺は陛下の立ち上がる手助けをしたが、憔悴されていた。エルザもだった。


「マクシミリアン。今日はもう良いだろう。陛下は平和条約の話などできる状態ではない」

「もちろんです。焦る必要はありません。落ち着かれてからにしましょう」


 去ろうとしたマクシミリアンに俺は声をかけた。


「少し、話をしたいんだが……」

「エルザ姫が大丈夫でしたら、今日この後でも俺は構いません」


 エルザを見ると泣きはらしていたが、俺を見て頷いた。


「では、今日このまま……」

「リルマ、俺はこの後ルーファス団長と話をするから、フーマを連れて先に城へ戻って欲しい」


 マクシミリアンの言葉に、


「部下にやらせますので、私は一緒に残ります」


 まだ疑われているか。でも騎士団長なら、当たり前の行動か。


「お話は聞きませんので、ご心配なく」

「わかった。好きにすると良い」


 マクシミリアンにそう言われて、リルマは少し離れたところで待機した。フーマがリルマの部下に付き添われて馬車に乗るのが見えた。


 俺の方はディータとトラビスも残すことにした。ハルンがどうしてもマクシミリアンに直接謝りたいとごねたので、ハルンも残した。アンドレアスも許可した。アンドレアスは正式にはもう騎士ではなかったが、マクシミリアンと話をしたいということで同行していた。


*****


 俺とヴァルムートの騎士5人、少し離れたところにいるリルマだけになった。世界の狭間の霧はすっかり晴れて谷間が見える。まだ谷のエネルギーが戻り切れてないのか、端の方は色が白っぽかったが時間の問題だろう。誰も口火を切らなかったが、ついにハルンとトラビスが沈黙を破った。


「マクシミリアン、申し訳ございませんでした!」

「いいよ、命令されたんだろう。あの時はヴァルムートにとって、俺は裏切り者だったんだから」


 俺の言葉を聞いて、2人が安堵の表情を見せた。


「それでマクシミリアンは、谷のことで何かわかったのか?」

「いえ、ドルミダの本は読みましたが、特に明記はありませんでした」


 団長も生贄になった人がどうなったのかが、気になってるんだろう。もちろん俺もだ。


「でもアンデミーラ侯爵家は何か知ってるだろう? 侯爵に見せていただいた谷の絵、城には1枚もなかった」

「そうなんですか? でも確かにドルミダにもありませんでした」

「だから、アンデミーラ家は何か特別に谷と繋がってるように思ったが?」

「そうかもしれません。アンドレアス兄上、何かご存じないでは?」


 いきなり俺に話を振られて、兄上は戸惑われたようだった。


「……父上から口止めされていたんだが、実は子供の時に何度か谷の端の方だが行ったことがあるんだ」

「何だって?」

 

 団長が大きな声をあげた。俺も信じられなかったが、兄弟で俺だけ知らなかったなんて!


「マクシミリアンが病気の時を狙って、2-3回行ったよ。将来の領主だからって」

「何だよ、それ?」

「マシアス兄上に何かあれば、僕が継ぐからってね」

「それで、どうやって行ったんだ?」


 団長が知りたくてしょうがないようだった。


「申し訳ございませんが、場所は言えません。でもここから行くと、エネルギーが強すぎるようです」

「そんなことを言ってる場合ではないだろう!? 生贄になった人たちを救えるかもしれないんだぞ!」


 団長が感情をあらわにされた。


「……お気持ちはわかりますが、生贄を救うことはできないと思います」

「アンドレアス、何を知っている?」

「……全容は知りません。でも父とマシアス兄上は知ってるはずです」

「ではアンデミーラ侯爵に確認する必要があるということか」

「でも事態が何であれ、次期領主以外には言わないと思います」

「では、兄上と俺で聞きます」

「いや、マクシミリアンにも言わないだろう、もし僕に何かがあっても継ぐことはないんだから」


 アンドレアス兄上が団長の方を向いた。


「だから……僕が聞いて、僕が1人で行きます」

「それは……危険だろう?」


 団長はアンドレアス兄の剣の腕をご存じだ。はっきり言って使い物にならない。


「いえ、それはないと思います」

「アンドレアス、それは谷が危険ではなかったということですか?」


 トラビスだった。確かにそれも気になる。安全でないのなら、アンドレアス兄1人では行かせられない。


「僕が行った時は誰も見かけませんでした。でも『死の谷』だとも思いませんでした」

「どうしてですか?」


 全員が意外な答えに驚いた。


「樹々は生き生きとしていましたし、小鳥もさえずっていました。ただ、生き物の姿を何も見かけませんでした」

「鳥も姿は見せなかったということか?」


 団長も俺と同じことが気になったようだ。


「はい。花も咲いていましたが、虫1匹すら見ませんでした。でもたぶん姿を隠していただけだと思います」

「いつの話だ?」

「もう10年ほど前です。2,3度行きましたが、いつもそうでした」

「それが今回の生贄を捧げたことでどうなったか、ということか」


 団長が大きくため息をつかれた。俺は提案した。


「陛下が命令されたら、父上は団長も同行することをお許しになると思います」

「そうだが、アンデミーラ侯爵家領主以外、知ってはならない何か特別な理由があるのだろう」

「まずは僕が聞いてきます」

「俺も父上にはお目にかかりたいし、今の立場も説明したいから一緒に行きます」


 話が少し聞こえてたのか、リルマがそばに来て言った。


「わたくしも同行します」

「リルマ、大丈夫だ。警護は要らない」

「しかし……」

「悪いが父上には刺激が強すぎる。俺がドルミダ次期国王と知っただけで卒倒するだろう」

「……では何かあれば、すぐ参上いたします」


 納得してないようだったが、いざとなったら瞬間移動で助けに来れるんだから、すごいパワーだよな。



 俺とアンドレアス兄上で、アンデミーラ家へ向かった。


「その服……よく似合ってるが、父上がなんとおっしゃられるか……」

「真相を話すよ。平和条約も陛下が落ち着かれたら結ぶことになるだろうから、もうドルミダは敵国ではないし納得してくださるはず」



 屋敷に到着するとすぐにムディナが来た。


「マクシミリアン様、お久しぶりです! でもその出で立ちは? それにこの馬……」

「後で話す。父上は?」

「書斎におられるはずです」


 ムディナが何か言いたそうにしているのを無視して、俺とアンドレアス兄上は父上の書斎へ向かった。ドアをノックしようとしたら、先にドアが開いた。


「マクシミリアン!」


 父上だった。マシアス兄上も一緒だった。


「窓から来るのが見えたが……なんだその恰好は?」

「父上、お久しぶりです」


 驚く父上とマシアス兄上を横目に、俺は部屋の中へ入った。父上の書斎、屋敷の中で1番好きな場所だった。


「ドルミダに潜入する任務だったのか?」


 俺が着ている服は、ドルミダの王族のものだったが、ご存じだったようだ。


「違います。嘘をついて申し訳ございませんでした……」


 俺は真相を話した。団長たちの剣を手に入れるためにモクサリテ公と取引をしたこと、そしてそれがクーデターであったこと。でもその結果、虹色女神のエネルギーを具現化できたこと。アンドレアス兄上は何もご存じなかったから、呆然としながらも最後まで無言で聞いていた。


「じゃあ、お前が次期ドルミダ王だって言うのか?」

「はい、父上」


 父上の『信じられない』というお顔。当たり前だろう。


「お前はそれでよかったのか? 剣のためにそこまで……。団長はご存じなのか?」


 アンドレアスの必死の表情。俺もさすがにクーデターとは思ってなかったが……


「いえ、知らないはずです。でもやっとここまで出来たんですよ!?」

「……それはそうだが……」


 アンドレアス兄上の表情から何を考えてるかわからなかったが、俺がそこまで騎士団に尽くすのが、アンドレアス兄上には理解できないのだろう。


「それに父上、来年には孫が生まれます」

「そ、そうか。喜ぶべきなんだろうが、突然のことで頭が混乱しているよ」

「申し訳ありません」

「いや、謝ることなどないが、あまりのことで……」


 父上は明らかの動揺されていた。


「今度、フーマを連れてきます」

「ああ、そうだな。お前の妻にもぜひ会わないとな。母君も喜ぶよ」

「それで谷のことを教えていただきたいのです。アンドレアス兄上から聞きました。谷へ行く方法をアンデミーラ侯爵家に代々言い伝えられているのですね?」

「アンドレアス! 口外するなと……」

「でも、父上……ソフィア姫が生贄になりました」

「何?」


 父上のここまで苦虫を嚙み潰したような顔、初めて見た。マシアス兄上もやるせない表情を見せた。


「追加がやはり必要だったのです。ソフィア姫ご自身で決断されました」

「なんてことだ……」

「父上、僕が谷に行ったのは子供の時で、おっしゃったことをどれだけ理解できていたかはわかりません。でも生贄を助けることはできないと思ったんですが……」


 父上は大きくため息をつかれた。


「……生贄は生贄だ。救うことはもうできない」


 やはりそうだったか……


「でも谷について知りたいのです! 俺がこの家を継ぐことはありませんが、俺にも教えていただきたいのです」


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