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マクシミリアンと虹色女神  作者: 桐谷 美和子
14/19

Chapter 14

*** Chapter 14 ***


「ルーファス団長、陛下がお呼びです」


 鍛錬中だったが、陛下付の護衛から声をかけられた。俺はすぐに謁見室へ行った。



「訓練中だったか?」

「いえ、構いません。何でしょうか?」

「来週、ドルミダの王族が来ることになった」

「そうですか! それは朗報です!」

「当日は向こうは馬車で来ると連絡があった。瞬間移動で来ると、こちらが奇襲されることを危惧して平和的に話し合えないだろうとのことだ」

「では警護は城門からということですね?」

「おそらく大丈夫だろうが、一応壁の見張りはいつもの倍にする方が良いだろう、それで城の警護が手薄にならないならば」

「ディータとトラビスと共にプランを作ってお見せします」

「頼む。できればこちらは城門で彼らを出迎えたいが、警護はできそうか?」

「できると思います。むしろこちらの手のうちをオープンにする方が先方が警戒しないのでは?」

「そうだな。おそらくマクシミリアンも王族の警護で同行すると思われる」


 陛下の口からマクシミリアンの名を聞いて、ハッとなった。


「……そうでしょうね」

「マクシミリアンは城内を周知している。もし刺客を忍ばせるとしたら、場所もわかってるだろう」

「まさか、捕らえたいとおっしゃるのでは……?」

「いや、友好のために来るのだからそれはしない、が、マクシミリアンの引き渡しを要求するつもりだ」


 俺は陛下の言葉が信じられなかった。


「恩赦じゃなかったのですか?」

「……警護で来たならば、こっちの城内の情報も漏らしているのだから、恩赦対象にはならないだろう。ただ、友好条約を結べば話は変わってくるが」

「あちらが引き渡しを拒否したら、どうなるのでしょうか?」

「いつ引き渡しの話をするかはまだ決めていない。条約後に話して、引き渡しに応じなければ、友好条約を破ったと解釈するかもしれない」

「そんな!」

「条約前に話して、応じなければおそらく結ばないだろう」

「恩赦がなくなったとしても、そのせいで条約を結ばないというのは……」

「こっちはドルミダの情報が欲しい」

「ではなおのこと、引き渡しに応じないと思いますが。それにフーマがいる以上、色無しに不利な情報は言わないと思います」

「では、マクシミリアンを見たら捕らえよ、殺してもよい」

「陛下!?」


 いつもの陛下らしくなかった。こんなに考えを変える方ではないはずなのに。


「今回無事に条約を結んだとしても、虹色女神を召喚後が問題だ。どっちが召喚するんだ? した方が権力を持つぞ。ドルミダには無償で食料の供給もおこなっているのに、これ以上調子に乗らせたくない」


 俺は命令に従いたくなかったが……


「マクシミリアンがドルミダに足りない2色を補うなら、消すしかないだろう」

「それでは何のための平和条約かわかりません!」

「それはあちらも同じだろう。条約の内容にも寄るが、双方が協力して虹色女神を召喚するという文は明記されるだろうが、本音はほかにあるはずだ」

「マクシミリアンが自分の子供を生贄として捧げるとは思えませんが……」

「でもドルミダは『死』の国なんだろう? それを目の当たりにしたなら了承すると思うが。国が1つ滅びるか、生贄で救うか……」

「それなら何のために話し合いに来るんですか? それで揃うならこっちの協力は不要でしょう?」

「その考えもあるが、自国でできないから申し出て来たんだろう」


 陛下が窓の方を向かれた。背中からは何をお考えかはわからなかった。


「もし同行していなかったら?」

「してなければ、条約締結後に引き渡しを申し出るつもりだ。でも約束しても破られるだろうがな」

「……マクシミリアンのことをお赦しにはならないのですね?」

「警護のプランを至急見せて欲しい」


 陛下はお答えにならなかった。


「わかりました」

「あと、ルーファスには王族として出席してもらうから、警備の指揮はディータにやらせるように」

「それは光栄ですが、ディータにはまだ役不足です」


 マクシミリアンを俺の後任と考えていたんだが……、残念ながらもうその可能性はなくなってしまった。


「なんとかしろ。今回は何としてもお前はエルザの夫として出てもらう」

「……わかりました」


 俺は警護プランを考えるために、近衛団室へ向かっていた。陛下はいったい何を考えておられるのか……。平和を望んでおられるのではないのか? それとも色無しをそんなに敵対視しておられるのか。


***** 


「トラビスを呼べ」


 ルーファスが、マクシミリアンを気にかけてるのはよくわかってる。彼は優秀だった。だからこそ、ドルミダに仕えさせるわけにはいかない。こちらに有利な条約を結べれば話は別だが、対等だったら引き渡してもらうか、殺すかどちらかしかない。


「陛下、お呼びでしょうか?」

「トラビス、お前を見込んで頼みがある。うまく行けば、貴族の地位を約束しよう」

「本当ですか?」

「もちろんだ。領地も与える、ただし、うまくやってくれれば、だが」

「何でしょうか? もちろんやってみせます!」


 やはり『貴族の地位』は魅力的だったようだ。


「チームトラビスで弓の名手は誰だ?」

「ハルンです」

「ドルミダの王族が話し合いに来る。もしマクシミリアンも同行していたら、弓で討て」


 やはりトラビスの顔色が変わった。


「それは『捕らえろ』ということでしょうか?」

「いや、『殺せ』と言う意味だ」

「……マクシミリアンは僕の命の恩人です」

「わかってる。でも彼は裏切り者だ」

「でも色無しの剣も用意しましたよ?」

「マクシミリアンを殺る代わりに、アンデミーラ侯爵家はお咎めなしにするつもりだ。マクシミリアンの死をもって、罪を償ったとする」


 トラビスが黙って下を向いた。


「これはお前とハルンだけで進めるように。ルーファスにもディータにも話すではないぞ」

「しかし、陛下……。僭越ながら申し上げます。突然、ドルミダの王族の目の前で殺されたら、話し合いに差支えがあるのではないでしょうか?」

「『公開処刑』と言えば良い。マクシミリアンはまだ私の臣下なのだから」


 トラビスはまだ何か言いたそうだった。


「それともマクシミリアンと同じ運命を辿りたいか?」

「……いえ」

「頼んだぞ。すぐに休暇届を出せ。来週頭から数日間、休暇で不在とするように」

「……わかりました。ハルンには何か褒美はあるのでしょうか? ハルンもマクシミリアンを慕っておりますが」

「では、ハルンも貴族の地位を与えよう」


 トラビスが驚愕の表情を見せた。これで私の深刻度がわかっただろう。


「は、かしこまりました」



 マクシミリアンが去って以降、近衛団も騎士団も士気が下がってる。ここでマクシミリアンが目の前で処刑されたら、ある意味気も引き締まるだろう。たとえ、殺せなくても捕らえて厳罰でもかまわない。恐怖で忠誠心を煽り立てたくはないが、裏切り者を野放しする王とは思われたくない。


*****


 マクシミリアンを殺す命令を受けるなんて。貴族の称号なんて要らない。ハルンだって同じことをいうはずだ。でも陛下の命令は絶対だ。マクシミリアンが同行しなければ良いが……。


「ハルン、ちょっと」


 弓の手入れをしていたハルンに声をかけた。


「はい」


 ハルンは16歳。庶民の息子は剣より弓の名手が多い。理由は食べるために狩りをしている者が多いからだ。目は青と緑で赤毛だが、そばかすが目立つ幼さの残る青年だった。


 俺の部屋で話すことにした。ハルンは黙ってついてきた。


「何でしょう?」

「ドルミダの王族が来週、話し合いに来る。その際にマクシミリアンがいたら、弓で殺すよう命令された」

「そ、それは……」


 やはりハルンも俺と同じ反応を見せた。


「報酬は貴族の地位だ」


 ハルンが息を呑んだ。


「隊長は命令に従うんですか?」

「……しょうがない」

「俺……やりたくありません」

「陛下の命令は絶対だ」

「でも……」

「来週頭から休暇を取って、俺たちは城内にいないことにするから」

「それでどうするんですか?」

「警護のプランを見てから、どこから狙うか考える」

「……わざと外しても良いんですよね?」

「バレたら極刑だ、俺もお前も」

「でも、俺にはできません」

「わかってる、俺だってやりたくないよ。貴族の地位なんていらない、でも、やらなければ、俺たちも裏切り者扱いになる」


 ハルンが唇をかんだ。


「陛下は素晴らしい方だと思ってたのに……」

「当日、マクシミリアンが来ないことを祈るしかないな」


***** 


 ディータ、トラビスとプランを練っていたが、来週1週間トラビスとハルンが休暇が欲しいと言い出した。今回は夜の警備だし、確かに全員を待機させる必要はないが、このタイミングで申請してくるのは痛手だった。ディータが許可した以上、俺は何も口出しはしないが……。


 ディータと共に、警護プランの承認をもらいに謁見室へ行った。陛下が許可を出されたので、これで行くが、トラビスなしで大丈夫なのか。陛下も何もおっしゃらなかった。陛下はディータを過信されてるようだが……。


「団長、当日は任せてください。安心して王族としての初公務に臨んでください」

「本当に大丈夫か? トラビスもいないし……」

「大丈夫ですよ! あたりも暗くなってからだし、城門には城壁がありますから、警護もやりやすいですよ」


 確かにその通りだが……


「次期団長候補として、ベストを尽くします!」


 ディータは警護の指揮を執れると大張り切りだが、俺は不安だった。問題があれば、俺も騎士として動くつもりだった。


***** 


 俺とハルンは、城壁端にある見張り部屋にいた。明日の夕方ということで、警護のリハーサルをやっていた。つまり当日の動きがもうわかってるんだから、失敗は許されないということだ。


「確かにここからだと、かなり狙いやすいですね。灯りもあれだけあれば、十分狙えます。明日、風が強いと良いのですが」


 ハルンは腕がいい。風が強かろうが、色無しの御者が変なところに馬車を止めない限りは手負いにはできる。だがだからこそもし外したら、わざだとみなされて厳罰だろう。


「なんとかマクシミリアンに知らせる方法はないでしょうか?」

「アンドレアスに伝えても、マクシミリアンがこっちの国に来ないなら連絡取りようがないしな」


 俺たちの間に重苦しい空気が流れていた。


「毒矢を使うよう指示されてないだけ、ましだろう。陛下も本気で殺す気はないと思う」

「それはマクシミリアンに利用価値があるから、ですか?」

「そうだな、少なくとも黄色とオレンジだしな」

「では、肩や腕を狙います」

「それしかないだろうな。それでもし責められたら、風なり暗さを理由にしよう」


 この後、たとえ貴族に昇格したとしても、俺もハルンも近衛団でうまくやっていけるとは思えない。内部分裂は決定だろう。だから貴族の地位を約束したんだろうな。俺もここに残りたくない。ハルンも同じだろう。いよいよ明日の夕方だ。


***** 


 王族の正装を着るのはこれで2度目だ。結婚式のときはこの国の剣を差したが、今日は色無しのを携行する。抜かずに済めば一番良いが……


「良くお似合いよ、ルーファス」


 エルザがそう言ってキスをしてくれた。正装姿の姫は一段と美しい。既婚になってエルザは髪をアップにしているが、どちらでも美しいことには代わりはない。何としても平和条約を締結し、虹色女神を召喚して俺たちの子供が安全に暮らせる国にしなければならない。



 俺とエルザは王の謁見室へ行った。ソフィア姫はすでに着席されていた。マクシミリアンの件以降、あの無邪気さは消えた。ずいぶん大人びて見えるが、誰に対しても笑顔を見せることもなくなった。平和条約後、行き来できるようになったら、マクシミリアンに会わせたいが……



「今日はディータの指揮で警護となるが、心配はなかろう、ルーファス」

「はい、昨日のリハーサルでもあり得る想定をすべて考えたうえで行いましたので、陛下や姫に危害が及ぶことはございません」


 それを聞いて安心した様子で、エルザが聞いた。


「ドルミダの王族とディナーの予定ですね?」

「その予定をしているが、向こうが受けたらな。その時はソフィアは好き嫌いせずに食べるように」

「……わかりました」


 顔こそあげなかったが、ちゃんと答えてるから良かった。以前は誰が話しかけても、答える素振りすら見せていなかった。


「まずは条約の話をされるんですね?」


 確認のつもりで陛下に尋ねた。


「そのつもりだが、まずはあちらの現状も聞きたい。マクシミリアンの言う通り、『死が訪れてる』の意味もはっきりさせておきたい」


 マクシミリアンの名を聞いて、ソフィア姫の肩が少し動いた。


「ドルミダの王族が、今晩ここに泊まることはないですよね? そのつもりで警護は考えておりませんが」

「泊まることはないだろう。夕食後、会談をして同日に締結できれば御の字だろう。おそらく次で調印になると思う。ただその時はこちらが赴く可能性があるが」

「では、マクシミリアンが同行していたら、向こうの城のことを教えてもらいましょう!」

「……話すとはあまり思えないが?」

「話しますよ、マクシミリアンは裏切り者ではありません」

「聞いても無駄だろう。相手は瞬間移動ができるんだから」

「……そうでしたね」


 エルザと結婚して数日間は、毎日王族のみしか入れない図書館に入り浸っていた。以前にマクシミリアンと共に見せていただいたあの本もすべて読んだ。瞬間移動ができるのは王族のみでそれも一部らしい。色無しの王族がどのように婚姻関係を結んでるかはわからないが、この国のように貴族との婚姻も認めているのであれば、王族の遠縁はたくさんいるはず。つまりフーマは王族と血縁関係で、それもかなり血が濃いはず。ということは王女の可能性もあるわけだ。でも現王であるフルマンドは気が狂ってると聞いた。となるとフーマはフルマンド王の妹君の方が可能性が高いか。いずれにせよ、もしそうであれば、マクシミリアンは無事なはず。もちろん、彼は色無しに取って利用価値はあるが、無理強いをされていないことを祈るしかない。他にもたくさん知りたいことがあったが、特に有益な情報はこっちの本には記載されていなかった。対になってるなら、色無しの本の方が多く情報はあるようだった。いつかマクシミリアンに聞くことができれば。そのためにも絶対平和条約を締結しなければならない。


 ノックの音が聞こえた。


「陛下、お時間です」


 ディータの上ずった声だった。かなり緊張しているようだが、大丈夫か?


「さあ、いよいよだ。行こうとしよう」


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