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112 遠征ふたたび・余計なことをしてくれたものだ

 迷っている場合ではないので守護者の間へと直行した。

 思っていたとおり、すぐに守護者の間の前に到着。

 扉のあるタイプだ。

 つまり、一度入れば守護者を倒さない限り出てこられない。


 先頭にいた英花が躊躇うことなく扉に手をかけると、その大きさに似つかわしい軋むような音とともに徐々に開かれていく。

 これもダンジョン側が冒険者を圧倒するための演出かもしれないが、そんなものは何度も経験済みだ。

 ゲームのデモをスキップする感覚でさっさと中へと入った。

 奥へ進めば扉が閉じられていくが、いつものことだと振り返りもしない。


 ダンジョンコアがこの光景を見ていたなら演出に凝った甲斐がないと思うかもしれないね。

 そんな人間的な感覚があるのかは知らないけど。


 それよりも見るべきは、さらに奥でたたずむ守護者である。


「ウルフベアか」


 待ち構えていた守護者は大阪のULJダンジョンと同じ狼頭の熊だった。


「コイツに闇属性が追加されると、どうなるかだよな」


 ノーマルのウルフベアは脳筋という言葉が相応しいパワーファイターだ。

 どう変化したのか強化されたのかは外見ではわかりづらい。


「見た目はそんなに変わらないね。ちょっと黒さが増した感じかな」


 真利の感想は俺も感じていたことだ。

 それしかわからないことが逆に同じではないと警戒心を呼び覚ます。


「油断するな。動くぞ」


 英花の警告に従い即座に身構えるが予想と異なりウルフベアは動かない。

 こちらの隙をうかがっているのだろうか。

 いや、これは……


「っ! 跳べ!!」


 俺の発した警告に素早く反応した英花と真利が横っ飛びした。

 2人がいた場所の影から闇の刃が鋭く突き上げてくる。


「これは影の茨か?」


 英花がウルフベアを睨み付けながら聞いてきた。


「ああ」


「涼ちゃん、大丈夫?」


 俺が跳ばなかったので真利が心配しているが。


「問題ない。俺の分は魔法で潰した」


 とっさのことだったので2人の影に干渉することはできなかっただけだ。


「ウルフベアは闇属性どころか魔法自体が使えなかっただろう」


 英花が苦々しい表情を見せているところを見れば疑問に感じているというより恨み言を言っているというところか。


『報告した通り強くなってますニャ』


 霊体化したミケが忘れてもらっては困るとばかりに言ってくる。


『ですが魔法の制御に手間取っていますニャ。注意して見ていれば魔法を使う瞬間がわかるはずですニャン』


「アレはパワーファイターだぞ。突進してくるかもしれん」


『言ってる側から次ですニャ』


「くっ」


 またしても影の茨が来たものの英花は余裕を持って跳躍で回避した。

 真利は俺と同じように魔法で対抗している。


「グウォオオオッァァァァァ────────ッ!」


 魔法攻撃が連続で不発に終わったのが相当不服のようでウルフベアは咆哮した。

 それでも突進してくる様子が見られない。

 あくまで魔法を使うつもりか。

 まるで新しい玩具に夢中になっている子供のようだ。


「何度も同じ手は食わん」


 英花が苛立たしげに言い放ち一気に踏み込もうとした。


『危ないですニャ』


「なにっ!?」


 ミケの警告に英花は急制動をかけ飛び退る。

 英花が踏み込んでいたあたりで金色の糸が何本か宙を舞っていた。

 飛び退る反動で浮いた髪の毛を切られたようだな。

 おそらくは触れるものを切り裂く結界だ。

 ミケに警告されるまで誰も気付かなかったほど隠蔽性が高いのは闇属性だからだろう。


「道理で突進してこない訳だ」


 訂正しよう。

 子供のようだと評したのは間違いだ。

 コイツはレイスを吸収したことで魔法だけじゃなく、したたかさをも得たようだな。


 接近戦は互いに封じられたと言っていいだろう。

 残る攻撃手段は魔法か飛び道具か。

 そう考えていたところで武器をコンパクトボウに持ち替えた真利が鉄球を放った。

 が、鉄球はウルフベアの手前で切り落とされる。


「これでもダメなのぉ」


 驚きつつも、何処かまだ余裕の感じられる声音だ。

 他にも手はあるということだろう。

 だが、次は自分の番だとばかりにウルフベアの魔力が高まった。

 先程までの影の茨とは魔力の流れるパターンが違う。


「別の魔法が来るぞ」


 警告を発したと同時に俺たちの周囲の地面が次々と盛り上がり大きく裂けた。

 裂け目からワーウルフのゾンビが這い出てくる。


「まるで死霊術士だな」


 英花がなかなか言い得て妙な感想を漏らす。

 コイツはただのウルフベアじゃないことだしウルフベア・ネクロとでも呼ぶことにするか。

 そんなことを考えながらゾンビの攻撃をかいくぐる。


「英花ちゃん、感心している場合じゃないよー」


 文句を言いながらもコンパクトボウでゾンビどもに攻撃を入れていく真利。

 英花もミスリル合金の刀でゾンビの首を切り落としていく。

 その隙を狙って魔法を放とうとしていたウルフベア・ネクロだったが。


「そういう見え見えの手が通用すると思うなよ」


 奴の攻撃魔法に干渉して発動する瞬間を潰した。

 俺がゾンビに反撃しなかったのは、これに集中するためだ。


「奴の攻撃魔法は俺が封じる。攻撃の方は任せた」


「了解した」


「わかったよ、涼ちゃん。だけど、ゾンビが割れ目からどんどん出てくるんだけどー」


 変だな。

 ウルフベア・ネクロは次の魔法に集中しているから召喚穴を維持する魔力は最初に注ぎ込まれた分だけのはず。

 ならば最下級のアンデッドとはいえ、ゾンビをそう何体も召喚できるはずはないのだが。

 どういうことだ?

 考えてもすぐには答えが出ない。


 性懲りもなく影の茨を放とうとするウルフベア・ネクロ。

 ここまでしつこいと逆に何かの策略ではないかと勘繰ってしまうほどだ。


「ええいっ、しつこいゾンビどもめ!」


 苛立ちを声に込めるように吐き出す英花。


「これじゃ無限湧きだよー。どうなってるのー」


 英花も真利も次々に割れ目の穴から湧き出すように這い出てくるワーウルフゾンビへの対応に追われている。

 ウルフベア・ネクロへの攻撃はままならず、逆に向こうも俺に妨害されて魔法攻撃ができない膠着状態となっていた。

 そんな中で──


(無限湧き?)


 何故か真利の言葉が引っ掛かったために思わず呟いてしまっていた。

 無限に魔物を湧き出させることなど、いかに守護者といえど魔物にできるはずはない。


 だが、現状はどうだ?

 そうとしか思えない状況だ。

 ならば、それをなし得る要因があるはず。


 地面から制限なしとしか思えない状態で湧き出すゾンビども。

 だが、それは英花の眷属召喚スキルとは明らかに別物だ。

 魔法が使われているからね。

 召喚の起点は地面の下、割れ目の穴の奥にある。

 そこに注ぎ込まれた魔力が尽きないのは本来あり得ない。


(あ……)


 パズルのピースをひとつひとつ吟味することで見落としていたものに気付けた。

 それを確認すべくウルフベア・ネクロの魔法を妨害した直後のタイミングで俺は刀に魔力を流し込む。

 その刀を地面に突き立てた。

 ミスリル合金の刃は魔力をまとわせると切れ味を増す。

 当然のように根元近くまで地面に埋まった。


「涼成、何を?」


「涼ちゃん?」


 英花と真利は俺の意味不明な行動に困惑するが、今は説明より実行だ。


「はあっ!」


 裂帛の気合いを込めて刀を切り上げる。

 確かな手応えがあり埋まっていた刀が刃こぼれひとつしていない状態で地面から現れた。

 その直後から割れ目が閉じていく。


「なっ、どういうことだ!?」


「どうなってるのぉ!?」


「説明は後だ。攻撃しろ」


 俺は再びウルフベア・ネクロの魔法を妨害する仕事に戻る。

 召喚という手札を潰せば、膠着していた戦況をひっくり返すのは難しくないはずだ。

 あ、攻撃的な防御をする結界が残ってたっけ。

 そっちは2人に何とかしてもらおう。

 俺の予想通りなら完全に無くなりはしないものの結界の威力も落ちているはずだ。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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