109 遠征ふたたび・悪い知らせはふたつある
あれから休憩を挟みつつなんとか入り口まで戻ってきた。
帰投時刻には間に合ったけど堂島氏は明日の探索には同行できないだろう。
戻ってくるだけで消耗して疲労困憊だし4層で無理をしていたのがありありとわかる。
「明日も行きまっせ。一晩休んだらこれくらい大丈夫ですわ」
本人はやる気を見せていたけれど。
「バカ言うな」
遠藤大尉にはサクッと却下されていたし大川曹長が手配した救急車に乗せられて病院送りとなった。
点滴でも受ければ明日は無理でも少しは早く回復できるだろうさ。
ナイスサポートだと思ったのだが。
「病室には見張りをつけますので抜け出すことは不可能です」
軟禁するのが目的だったとはね。
そこまでやるとは正直思わなかったですよ?
怖いお人だ。
「張井、悪い知らせだ。しかも、ふたつある」
救急車が来ている間に姿が見えなくなっていた遠藤大尉が戻ってくるなり、不吉なことを言ってきた。
「何です?」
「名古屋城ダンジョンの内部にスタンピードの兆候があるんじゃないかという報告があった」
「どういうことです?」
「俺たちが戻ってくる時に変だと思わなかったか」
「浅い階層に戻るほど魔物の出現頻度が上がっていたことですか」
「そうだ。近いうちにスタンピードが起きるかもしれん」
「それで捜索の中止が決定されたとか?」
「いや、それは今のところは大丈夫だ」
「だったら問題ないのでは?」
「おいおい、この調子で魔物の出現頻度が上がれば4層での捜索がままならなくなるぞ。明日は堂島もいないんだ」
「あー、そうですね。でも、俺たちは報酬分の仕事をするだけですから」
そう返事をすると遠藤大尉には嘆息しながら頭を振られてしまった。
「大尉、コイツらにはミノタウロスもゴブリンみたいなもんなんですよ」
苦笑しながら氷室准尉にはそんなことを言われてしまった。
「帰りの道中のアレ、見たでしょう」
「ああ」
「我々が数分かけて全滅させるような相手を瞬殺ですぜ。やってられませんって」
「誤解しないでほしいんですけど、急所をちゃんと狙っているから効率よく仕留められているだけのことですよ」
「それが出来ねえんだっつうの」
「そうですか?」
「そうだよ。動く相手を一発で仕留める正確無比な弓ってだけでも信じられねえってのに」
「弓を射る距離なら魔物の強弱で的のブレ方に大した差はないですよ?」
これでも控えめにしている方だったのだけど。
「弓だけじゃねえよ。魔物の攻撃を易々とかわして懐に飛び込んで心臓に一撃だぞ。お前ら、どんな心臓してやがる」
「さあ、自分の心臓は見たことないですねえ」
「当たり前だっ。そういう意味じゃねえよ。地雷原に飛び込むような真似して涼しい顔してる神経を言ってるんだ」
「地雷原は大袈裟でしょう」
「大袈裟なものかよ。一撃でもまともに入れば致命傷な攻撃を紙一重でかわすとかおかしいだろ」
「おかしいですか? 常軌を逸したスピードじゃないですよ」
「それでも速いだろうが。しかも、かすっただけで吹っ飛ばされるような体格とパワーの持ち主が相手なんだぞ」
「速いと言うほどの攻撃ですか? 皆さんにもかわせますよね」
他のチームの面々では厳しいものがあるが、遠藤大尉のチームメンバーならミノタウロスの攻撃もかわせるだろう。
だが、必要以上に安全マージンを確保しているんだよな。
深くは踏み込まずヒット&アウェイを繰り返し徐々に削るスタイルだ。
無駄にスタミナを消費してしまうし、相手に反撃の機会を何度も与えることになるので俺としては遠慮したい。
「できるできないの問題じゃねえ。当たっちまったら終わりだろうが!」
氷室准尉が熱くなっている。
軍人がこれしきのことでヒートアップするのはどうかと思うのだが。
「昔の偉い軍人が言ったそうですよ。当たらなければどうということはない、と」
「知らん!」
「あー、それ赤い軍服を着た仮面の人の台詞だ」
氷室准尉が熱くなっているのに遠藤大尉が無遠慮に横入りしてきた。
アニメのネタを引っ張り出したのが失敗か。
聞くところによると、日本のアニメが好きで帰化したという噂もあるし。
ますます熱くなるかと思ったんだけど、不意のタイミングで遠藤大尉が入ってきたことで毒気が抜かれたように真顔に戻った。
幾分、鼻息の荒さは残っているけど下り調子になったので悪化することはないだろう。
「とにかく、お前らちょっと非常識だ。頭のネジが飛んでるとしか思えん」
酷い言われようである。
免許の試験の時は存分にやれみたいなことを言ってた気がするのだが。
もしかして、やり過ぎなのか?
かなり加減しているつもりなんだけど。
今回は特に堂島氏に無理をさせられないから事前に決めていた上限を超えて戦った自覚はある。
とはいえ、上限を一回り超える程度には調整したつもりだ。
ここまで言われるほどではないと思うのだが。
今更なかったことにはできないのが面倒なところである。
「なんでもいいですよ。それより悪い知らせは、もうひとつあるんですよね」
「おお、そうだった」
失念していたと言わんばかりに遠藤大尉が我に返った。
「スマン!」
パン!
乾いた音を立てて両手を合わせ拝むように謝られてしまいましたよ?
いきなりだと意味がわからないんですがね。
「増援が次々に到着したせいで君らの宿泊スペースを確保できなくなった」
「はあ、そんなことですか?」
「そんなことって言うが、昨日の名古屋支部はもちろん市内のホテルも壊滅に近い状態だ」
「そうですか。別に支障はありませんよ」
「いや、野宿では明日の捜索に影響が出るだろう」
異世界帰りの俺や英花にはどうと言うことはない。
ダンジョンの攻略を1日で終わらせられないことなど、ざらだったからな。
そういう経験も踏まえて真利にも同じ経験をうちのフィールドダンジョンで何度かさせている。
実戦で野宿することになっても動じることはないだろう。
まあ、今回は公園でテント張ったりなどするつもりもないけれど。
「問題ありませんよ」
「市外のホテルも近場は全滅だと思ってくれ」
それも大丈夫なんだが、ひとつ気になることが出てきた。
「もしかしてスタンピード対策での増援ですか?」
俺の問いに少しの逡巡を見せていた遠藤大尉であったが。
「そういうことだ」
結局は肯定で返事をした。
この様子だと部外秘の情報だったかな。
「なんだか面倒くさいことになっていますねえ」
「君らは落ち着いているな」
「スタンピードと言われてもピンとこないからじゃないですかね」
実際は異世界帰りとしての経験上、スタンピードは起きないと踏んでいるからだ。
遠藤大尉たちの言う兆候は外から侵入したレイスが影響しているはず。
ダンジョンコアの影響下にない強力な魔物の侵入は一時的にダンジョン内の瘴気濃度を高めてしまうからね。
このままレイスが留まり続ければスタンピードも発生しうるが、俺たちがそれを阻止するので問題ないだろう。
もちろん英花も同じ意見である。
そして、俺や英花が慌てていないのであれば真利も人前で動じることはない。
「いずれにせよ今日明日でどうにかなる話じゃないでしょう」
遠藤大尉は答えない。
あまりベラベラ喋る訳にはいかないのだろう。
とはいえ、そこまで緊迫した様子が見られないので統合自衛軍でも早めに動いているだけなのだとわかる。
事態が急変しないとも限らないし、いざ事が起こってから増援要請しても後手後手にまわってしまうからね。
「どっちにしても俺たちにはキャンピングカーがあるから関係ないですよ」
むしろ、こうなった方が好都合だ。
キャンピングカーに引きこもる理由を無理に作らなくてすむからね。
読んでくれてありがとう。
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