パフェと本音とこれからの話
結婚だの婚約だのの話が始まった次の日、僕は一人学校からの帰り道を歩いていた。
最近はいつも凛子さんが一緒に帰ってくれていたけど、ここ数日は途中で別れたり、別々の行動を取ってたりする。
その理由は、僕たちのお母さんやお父さんが関係している。
二人はこれまでの経緯を僕とひかりちゃんにちゃんと会って説明するために、仕事の休みが取れ次第帰ってくるって話になってるんだよね。
だから凛子さんも玖音さんも、それに遠慮して遊びに来なくなっているんだけど……。
「ハーイ、センパーイ! おかえりなさいデース!」
僕は玄関を開けて驚いた。
そこにはひかりちゃんと一緒に、舶来娘(実は日本生まれ)が待っててくれたんだよね。
予想外の来客だったけど、僕はいつものように彼女とひかりちゃんにおやつを用意する。
今日のメニューはお手軽なパフェだ。クッキーとかみたいに時間は掛からないし女の子にも好評だし、便利なおやつなんだよね。
けどメグさんが来るとは思ってなかったから、ちょっと自分の分が少なくなっちゃったけどね。
まあ僕は女の子ほどスイーツに夢中というわけでもないし、問題ないけど。
「ンー、今日もセンパイのおやつは美味しいデース! クオンも来ればよかったのに!」
「僕たちの親と鉢合わせするのが嫌だったんじゃないかな。まあ連絡してから帰ってくるから、鉢合わせなんかしないと思うけど」
「メグはもう、ヒカリのお父さんにも会ったことあるデース!」
「う、うーん」
家が大変なときは遊びに来ないというのは日本人の感覚だと思うけど、メグさんは気にしないのかな。
まあ、メグさんはこれからの僕たちの後見人の娘さんになるわけだし、がっつり関係者といえば関係者なんだけど。
「だいたいデスネ、暗いニュースがあるときは、明るく振る舞ったほうがいいのデース! それにヒカリも友人が遊びに来たほうが安心するはずデース!」
「なるほど、メグさんはそういう考えを持ってたんだね」
友達が大変なときに一人にしない。
その考えは、たしかに立派な考えだ。
しかしそこで、ひかりちゃんが僕に向かって口を開く。
「ホントはね~、メグちゃんはお兄ちゃんのおやつが食べたいって言ったんだよ~」
「ム……」
それはメグさんの発言の暴露だった。
メグさんはそれを聞いて、ムッとした表情を浮かべる。
「せーっかくヒカリのために冗談めかして来てあげたのに、そんなツレナイ子には、こうするデース!」
「あー!」
メグさんはサッとスプーンを操ると、ひかりちゃんが大切そうに残していたイチゴをあっという間に食べてしまった。
「ワフー。クリームの甘みと、イチゴの酸味が絶妙デース!」
「め、メグちゃんが、ひかりのお兄ちゃんが作ってくれたパフェ食べたー!」
すぐにひかりちゃんが、大きな声で抗議する。
でも、なんでわざわざ『ひかりのお兄ちゃん』って付ける必要があったのかな。普通にひかりのパフェ食べたー、でもよかったんじゃないかな。
「アハハ。メグはヒカリの言う通り、センパイのおやつをモリモリ食べることにしたのデース!」
「む~! お兄ちゃんのパフェなんだよ~! 他のならいいけど、お兄ちゃんのは許さないんだからね~!」
またもお兄ちゃんというフレーズを強調しながら、メグさんに頬を膨らませて迫るひかりちゃん。
だけどメグさんは、そんなひかりちゃんの剣幕に物ともせず、彼女の目の前で自分のイチゴをすくい取る。
「冗談デス。食べさせ合いっこするデスヨ、ヒカリ」
「あー、あむ……」
しかしメグさんは、そこで自分ですくったパフェをひかりちゃんの口へと運んでいった。
ひかりちゃんもひかりちゃんで、何も言わずに素直にそれをパクリと口に含む。
すると不機嫌そうな顔をしていたひかりちゃんが、一噛みごとに笑顔に戻っていく。
「ん~、クリームの付いたイチゴ美味し~!」
最後には、いつもの可愛らしい満面の笑顔に戻るマイシスター。
そんなひかりちゃんを見て、メグさんも優しげに笑う。
「ヒカリは少々イタズラをしても、ちゃんと謝ったら許してくれるフトコロの広さが好きデース」
そう言うメグさんにひかりちゃんも自分のスプーンを彼女の口へと持っていく。
「ひかりも食べさせてあげる~。メグちゃん、あ~ん」
「ガブッ! もぐもぐ……」
「あはは、メグちゃんお肉食べてるみたい」
一瞬で喧嘩が起こり一瞬で終わり、そして何故かパフェの食べさせ合いを始める女子高生二人組。
僕も慣れてきたもので、最初から最後まで慌てることなく、無言で見守り続けていた。
そうやって二人は仲良さそうに、パフェがなくなるくらいまで食べさせ合いを続ける。
だけど僕がお茶のおかわりはどうしようかなと思い始めた頃に、不意にメグさんが話を切り出した。
「でもヒカリ、ヒカリは兄妹の件はフトコロ広くないデス。ヒカリはこれからもセンパイと一緒に暮らせるのデス。婚約婚約と迫らなくてもいいと思いマース」
驚きの発言だった。
ずっと見守っていた僕も、ビックリして動きを止めてしまう。
部屋の音がメグさんの言葉だけに支配されても、メグさんはさらに発言を続ける。
「クオンのお揃いの品を買いに行くというアイディアは素晴らしいと思いマス。ヒカリも婚約指輪などと欲張らずに、普通にお揃いの指輪を作るだけでいいと思うデス」
親友同士だから言えることだろうか。
メグさんのその発言は、かなり踏み込んだ、ともすれば小言とも取れるような発言だった。
「うーん……」
それを聞いたひかりちゃんは、スプーンを持っていない手を口に当てて考え込む。
やがてその可愛らしい瞳が、まっすぐに僕を捉えた。
別に睨まれたわけじゃないのに、僕はその視線を受けて若干怯んでしまった。
「ひかりはね、玖音ちゃんや凛子ちゃんには悪いと思ってるけど、でも話を急ぎすぎてるとは思わないんだ~」
彼女はそこで僕から視線を切って、メグさんの方へと穏やかな微笑を湛えて向き直る。
「でもね、お兄ちゃんはね、優しいからひかりの将来のことを考えて、軽々しい約束はしてくれないと思うんだよ~。だから婚約指輪の話も、ひかりがワガママ言ってるだけで最後にはなくなっちゃうと思うんだ~」
僕はまたもその発言に驚かされ、メグさんも意表を突かれたように目を丸くしていた。
だけどメグさんはすぐに我に返り、ひかりちゃんに向けて口を開く。
「だったらこれ以上みんなに迷惑を掛けないように、フトコロの広さを見せてはどうデス?」
「ひかりも、ガマンできないことはないと思うんだ。お兄ちゃんはこれからも一緒にいてくれることになったしね~」
「では、これからは言うのを止め――」
「でも」
ひかりちゃんはメグさんの言葉を遮り、僕に視線を向けて恥ずかしそうに笑う。
「でも、それだとひかり、きっと隠れてたくさん泣いちゃうと思うんだ~」
リビングで、僕とメグさんの息を呑む音が重なった。
ひかりちゃんは二人の注目を浴びながら、なおも恥ずかしそうに話し続ける。
「ひかりがワガママなのかな~。でもね~、ひかり、お兄ちゃんと兄妹になれなかったのは本当にショックだったんだよ~」
僕は声も出せずに頭の中を真っ白にさせながら、ただただひかりちゃんの話していることに集中する。
「ひかりはお兄ちゃんと会う直前は、今までの生活が出来なくなると思って本当に不安になってたの。でも実際にお兄ちゃんに会ってみたら驚いちゃった。ひかりはそれまで白馬の王子様みたいなのは信じてなかったけど、これこそ運命の出会いかもって胸がドキドキしちゃったんだよ」
彼女の発言は続く。
「しかもこの人はひかりのお兄ちゃんになってくれる人で、兄妹っていうのはずっと切れない絆で、だからひかりはこれからこの人とずっと縁を持ち続けられると思って安心してて、……でも、でも」
しかしひかりちゃんは、話している内に感情が自分の言葉に引っ張られてきたみたい。
彼女はそこで俯いてしまい、少し涙声になってしまう。
「でも、お兄ちゃんと兄妹になれないってなると、神様におまえは赤の他人だって言われちゃった気がして、お兄ちゃんの笑顔を見てても悲しくなっちゃうの。お兄ちゃんとは上手くいかないんじゃないかって不安になっちゃうの」
僕はテーブルを挟んで座っていたけど、とっさに立ち上がってひかりちゃんのことを慰めようとした。
しかしそれより先に、隣に座っていたメグさんがひかりちゃんの肩を抱いてくれる。
「ひかりがワガママなのかな。これからもお兄ちゃんと居られるのに、贅沢になっちゃったのかな?」
今にも泣き出しそうな声で、ひかりちゃんはそう言った。
メグさんはひかりちゃんの両肩に手を置き、何度も首を振る。
「ヒカリ、もういいデス。メグが悪かったデス。もうこの話は止めマショ。ヒカリは持ち上げられて落とされちゃったんデスネ。メグはそれに気付けなかったデス」
メグさんが柔らかな口調でひかりちゃんを慰める。
だけど、その優しい言葉はひかりちゃんの感情を決壊させたようで、彼女は一際大きく体を震わせ始めた。
僕はその時、ひかりちゃんは前のように大泣きし始めるかと思っちゃった。
でも彼女はとっさに目をきつく閉じると、肩を震わせるだけで最後まで大きな声で泣き出すようなことはしなかった。
しばらく彼女はそうやって耐えるように鼻を鳴らしていたけど、やがて口元で精一杯に笑い、顔を上げた。
「えへへ。ごめんね、メグちゃんお兄ちゃん。ひかり、変なこと言っちゃったし、また泣きそうになっちゃったね。でもだいじょうぶだよ。ひかりは弱音を吐いた以上隠れて泣いたりなんかしないし、後ろ向きにならずにこれからのことを考えるね!」
涙を堪えながら健気にそう言うひかりちゃんを見ると、またも僕は胸が締め付けられるように苦しくなった。
メグさんも同じ気持ちだったようで、思わずといった様子でひかりちゃんを抱きしめる。
「ヒカリ……」
「あはは、メグちゃんにいっぱい抱きしめられちゃった」
僕は悪い子かもしれない。
そこでほんのちょっぴり、お母さんたちのことを恨めしく思ってしまった。
僕とひかりちゃんを引き合わせてくれたお母さんたちだけど、同時に僕たちを振り回した二人でもある。
出来れば、最後まで綺麗に終わらせてくれて、僕たちを兄妹にしてもらいたかった。
なんて。
やっぱり僕は悪い子だね。
お母さんたちがいなかったら僕とひかりちゃんは出会えなかったんだし、それにお母さんたちだって悪意からこのような結果を引き起こしたわけじゃない。
「よし、じゃあひかり、今日から婚約指輪のことはもう言わないことにするね。でもお兄ちゃん、ひかりはお兄ちゃんのこと諦めたわけじゃないから、またいつか結婚しようって言い出すのは許してね!」
ひかりちゃんはメグさんに抱きつかれたまま、僕に向かって笑顔でそう言った。
僕はこんな時、なんて答えればいいのかな。苦しくて辛くて悲しくて、なんだか胸が張り裂けそうな気持ちになっちゃったよ。
だけど幸か不幸か、僕がそれに答える暇はなくなってしまった。
ピリリリリ、ピリリリリ……。
ひかりちゃんの発言の直後、僕のスマホが着信を知らせてくる。
集まる女の子二人の視線。
掛かってきた電話は、お母さんからだった。
メグさんは帰り、僕とひかりちゃんは仕事から戻ってきたお母さんたちから報告を受ける。
聞かされた結論は、お互いしばらく結婚の話は忘れて仕事に専念するという話で。
やっぱり僕とひかりちゃんは、連れ子同士で義理の兄妹です、とはいかないことになるみたいだった。




