ゆるふわ義妹にゲームを教えたら、僕の世界が一変した件
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
よく晴れた休日、僕たちは海辺の小さな教会に集まり、身内だけのささやかな式を挙げていた。
ひかりちゃんは真っ白なウェディングドレスに身を包み、目を潤ませながら僕の隣に立つ。
手の込んだそのドレスは彼女の魅力を何倍にもし、まるで女神のような神々しさを引き出してくれていた。
僕は初めてその姿のひかりちゃんに対面した時、あまりの美しさに心臓がドクンと大きく波打っちゃったんだよね。
そしてそんなひかりちゃん本人は、目を潤ませながらずっと、周囲のみんなに「ありがとう」と言っていた。
両手で数えられる程度の小さな集まりだったけど、みんなからも「おめでとう」やら「よかったね」などの惜しみない祝福の言葉をもらっていた。
僕もひかりちゃんと対になる服を着て、花嫁姿の彼女の隣に立つ。
まるで結婚式のような今日の式。
だけどそれは結婚式ではなく、僕とひかりちゃんが出した一つの答えだった。
「おめでとうございます、お兄さん。この話を聞いたときは驚きましたが、同時に素晴らしい方法だと思いました」
ひかりちゃんが参列者の女の子たちに囲まれる中、僕は玖音さんから声をかけられていた。
軽く頭を下げた後、僕は彼女に応対する。
「ありがとうございます。ですが、玖音さんのお揃いの品を用意するというアイディアも今日に繋がる大切な話でしたよ」
しかしその言葉に、玖音さんは困ったように笑う。
「何もかも、偶然上手く嵌まった感じになりましたね。結婚も、婚約指輪も、ひかりさんとお兄さんの兄妹の縁も」
「やや強引にこじつけたとも言えますけどね」
「でも、やはり本人たちがそれで納得出来るかどうかが重要だと思いますので、今回の方法も立派な解決策だと思います」
「……そうですね……」
そこで僕と玖音さんは、メグさんたちと話しているひかりちゃんの方を見る。
「ひかりさん、本当に嬉しそうですね」
「彼女にしては珍しい、穏やかな喜びようだとおもうんですけどね。朝からずっと物静かでしたし、今も大はしゃぎってわけでもないですし」
「それくらい胸がいっぱいなんだと思いますよ」
「そうでしょうか。そうだといいですね」
実は僕、今日はまだひかりちゃんと数えるほどしか会話をしていない。
いつもなら「お兄ちゃんお兄ちゃん」と話しかけてくれるのに、今日のひかりちゃんは僕を見て微笑むだけで、全然話しかけてはくれないんだよね。
僕の側から離れないのは、いつもの彼女と変わらないんだけど。
「……私も、今回の結果に満足しています。やはりお兄さんとひかりさんは、兄妹じゃないとしっくり来ないですよね」
その発言は、僕にとって地味に嬉しい発言だった。
しっくり来ない。その表現は僕も全面的に支持したい、胸にストンと落ちてくる納得の表現だった。
だけどその発言に僕がお礼と同意の言葉を言おうとした瞬間、先に玖音さんが小さな声で何かを付け足す。
「でも、お二人がその格好で並んでるところを見るのは少し羨ましく思ってしまいますけどね……。実際の結婚式ではないにしろ……」
「え、羨ましいですか?」
ハッキリと聞き取れなかった僕は、彼女が言ったと思われる単語を繰り返す。
すると何故か玖音さんは慌てた様子で、手を振りながら僕に言う。
「い、いえ、私は結婚するとなるとおそらく白無垢を着る形になると思うので、こういうのもちょっと憧れるかなって……」
「なるほど。たしかに玖音さんのお家は、和風の結婚式になりそうですよね」
重ねて言うことになるけど、今日のひかりちゃんのウェディングドレスはとても精密に作られており、本当に素晴らしいものだった。
女の子ならそんな姿に憧れるのも当然かなと思い、僕は納得する。
だけどどうしたことか、僕は納得したというのに玖音さんのほうが困ったような愛想笑いを浮かべていたんだけど。
「アハハ、クオンがいつの間にかセンパイの隣に移動してマス。わかりやすいデース」
そのタイミングで、僕たちの視線に気付いたメグさんがひかりちゃんとの会話を止めてこちらに近付いてくる。
玖音さんはサッと俯いちゃったけど、僕はメグさんにも軽く頭を下げ、会話を始める。
「メグさん、毎度毎度お世話になってばかりだけど、今回も色々と手を回してくれて本当にありがとう」
心の奥底から、僕はメグさんにお礼を言った。
今回の教会やウェディングドレスなど、式を挙げるための様々な手配を引き受けてくれたのは、またもメグさんだったのだ。
しかしメグさんは、小さく首を振ると言う。
「気にしなくていいデス。持ちつ持たれつというやつデス。センパイはこれからもメグが放課後訪ねて行けば、おやつを作って勉強を教えて一緒に遊んでくれるデショ? なら、それでいいのデース!」
持ちつ持たれつ、気にしなくてもいい。
ごく自然に放たれたメグさんの言葉は、余計な気遣いをするのは水くさいかなと思わされた。
本当はまだまだ感謝したりないと思っている僕だったけど、今日のところは彼女の厚意に甘えさせてもらおうと思った。
「ヒカリはメグたちの大切な友人デスしね」
そこでメグさんは、玖音さんの腕を抱きながらそう付け加えた。
ちょっと驚いた様子の玖音さんだったけど、すぐに笑顔で頷く。
メグさんたちは友人だからひかりちゃんを助けるし、ひかりちゃんだってメグさんたちが困っていたら助ける。
彼女たちはそれが当たり前のことだと思っているみたいだし、その考え方は素晴らしいものだと思った。
「改めてありがとう、メグさん玖音さん。僕もメグさんたちが困っていたら、少しでも助けになるように全身全霊で取り組ませてもらうよ」
彼女たちとの会話で若干感動した僕は、自分の本心としてそう言った。
するとメグさんは、眉をひそめて困ってしまった。
「センパイの全身全霊は、嬉しいデスケド、少し重いデス」
「ご、ごめんね」
痛いところを突かれてしまったと思った。
たしかに僕は、思い込んだら少しやり過ぎてしまう癖がある。
そして僕が謝ると、メグさんはすぐに笑った。
「でも、それはヒカリも一緒デス。ヒカリにも重いというか少し強引なところがあるデス」
僕はひかりちゃんのことを、ブレーキが壊れているんじゃないかと思ったりすることがある。
メグさんはそういうことを言っているのだろう。
そしてメグさんは、そこでとても嬉しい発言をしてくれる。
「血は繋がってなくても、やっぱり二人は兄妹デスネ。そしてこれからも、お互い似てくるところが出てくるのかもしれないデース」
玖音さんと同じように、メグさんも僕とひかりちゃんを兄妹だと言ってくれた。
今日のこの集まりの趣旨を考えれば当然かも知れない話題だったけど、それでも僕はひかりちゃんと兄妹だと言われて嬉しかった。
僕はその嬉しい気持ちを、メグさんたちに伝えようとする。
でもそこでアイリさんが近寄ってきて、メグさんに何かを耳打ちした。
「おっと、そろそろ時間みたいデスネ。ではメグは、ちょっと着替えてくるデス」
「あ、うん。神父さん役してくれるんだよね。ありがとう、いってらっしゃい」
「アハハ、楽しみにしてるといいデス」
どうやらもうすぐ今日のメインイベントが始まるみたいで、その準備のためにメグさんはこの場から離れていった。
そんなメグさんを見送った玖音さんも、僕に向かって言う。
「ではお兄さん、私もひかりさんのところに戻りますので」
「はい、お話できて嬉しかったです。それと、今日は僕たちのために集まってくれてありがとうございます」
僕の発言に会釈を返して、玖音さんはひかりちゃんの方に歩いていく。
それを見計らっていたのだろうか。
ひかりちゃんと玖音さんにそれぞれ声をかけ、次に僕のところに駆け寄ってきたのは、凛子さんだった。
「決まってるじゃない、その格好。背筋もピシッと伸びてるし、いつもとは別人のように大人っぽいわよ」
「大人びて見えるのは、僕たちの歳でこういう格好をする人はまだ珍しいからじゃないかな。でも、ありがとう凛子さん」
僕が着ているのは、白いタキシード。
もちろんひかりちゃんのウェディングドレスに合わせたもので、当然こんな服を着るのは生まれて初めてのことだった。
「でも服に着られていないっていうか……、本当に様になってるわよ。落ち着き払って堂々としてるし」
「堂々とはしてないと思うけどね。でもみんなのおかげで、落ち着きは出てきたかもしれない。前のように闇雲に不安がることはなくなったからね」
優しいひかりちゃんたちが近くにいてくれることで、僕には余裕が出てきたと思う。
何かあっても今日のように助けてくれるという安心感は、ありふれた言い方かもしれないけど、人生を豊かにしてくれるよね。
しかし凛子さんは、そこでイジワルっぽく僕に笑いかける。
「でもさ、この調子ならクラス委員として、いつかクラスのみんなの前にも立てるんじゃない?」
「え、ええ? 僕には無理だよ。みんなの前に立つのは凛子さんが適任だよ。凛子さんは可愛いし言葉も聞き取りやすいし、人前で話すのに僕よりはるかに向いてるよ」
突然恐ろしいことを話し始めた凛子さんに、僕は慌てて首と手を振った。
知り合いの女の子たちの中では落ち着いて話せるようになってきたけど、あまり付き合いのない人の前で話すのは、今でも自信がない。
すると凛子さんは、そんな僕を見ておかしそうに笑った。
「冗談よ。あなたは私の補佐役ってイメージを持たれてるみたいだから、これからもそれで行きましょ? 私が前に立ってあげるから、あなたはこれからも後ろを付いてきてね。……そのほうが私にとっても色々と都合がいいし」
それは男としては情けない状況かもしれないけど、僕にしてみれば願ったり叶ったりの意見だった。
だけど少し恥ずかしさはあるので、僕は若干おどけたように答えた。
「ロールプレイングゲームみたいだね。勇者が凛子さんで、僕はそれを支援する魔法使い」
「私が勇者っていうのはわからないけど、あなたはとても賢いし、魔法使いは似合ってるかもね」
僕が冗談で言ったゲームの話を、凛子さんが普通に拾ってくれる。
思えば僕と凛子さんの理解も着実に深まってきていた。
昔は凛子さんとゲームなんてどうやっても結びつかなかったのに、今では積極的に話すわけではないにしろ、普通に話題に出しても平気になっている。
「(少し前の僕に言っても、信じてもらえないだろうね)」
僕はそう感じ、声を出さずに小さく笑った。
それを見た凛子さん、苦笑しながら僕に言う。
「なぁに、私がゲームの話をしてたら変だって言うの?」
その台詞は、昔ひかりちゃんも同じように言っていた台詞だった。
僕は首を振って凛子さんに答える。
「違うよ。思えば大きく僕の世界は変わったなって考えてただけだよ」
僕は凛子さんとは視線を合わさず、教会のステンドガラスに目をやった。
「凛子さんとゲームの話をすることになるなんて夢にも思わなかったし、そもそも義理の妹が出来てしかも一緒にゲームが出来るようになるなんて信じられない話だったし」
そうやって話し始めた僕を、凛子さんは静かに見つめてくれていた。
「家族以外の人とご飯を食べることになったのも驚きのことだし、いつも僕の家に色んな人が遊びに来てくれるようになるし、……話せばキリがないほど僕の世界は変わったんだよね」
そこまで話は僕は「ふぅ」と息をつくと、凛子さんに笑いかける。
「そして今もこうやって立派な服を着せてもらって、みんなにおめでとうと祝福してもらってるしね。なんだか自分の身に起こっていることが信じられないなって改めて思ってたんだ」
教会を借りてひかりちゃんと一緒に式を挙げるという、非日常的な状況の頂点とも言える今日。
僕はこんな経験を迎えている自分が、今もまだ信じられないんだよね。
「そうね……。急にあんな可愛いらしい妹が出来るなんて、普通は考えられないよね……」
凛子さんも僕に同意してくれて――、そして不意に僕に人差し指を向けてきた。
「でも、今日こうしてあなたがもう一度兄妹になれるようになったのは、決しておかしなことじゃないと思うわ」
驚く僕に、凛子さんは笑顔で話を続ける。
「だってそうじゃない。あなたはお兄ちゃんとして、ずっとひかりと一緒に頑張ってきたんでしょ? だからこそ今日というこの日があると思うわ」
僕は不意を突かれたように固まっていたけど、やがて表情を緩めると凛子さんに言う。
「そうだったね。今日の僕とひかりちゃんは、偶然兄妹になるわけでも、押し付けられて兄妹になるわけでもなかったんだね」
それは凛子さんにとって満足の行く正解だったみたいだ。
彼女は顔をほころばせると、僕に向かって口を開く。
「ええ。あなたとひかりは望んで兄妹になるんだから、今日というシチュエーションは珍しいことかもしれないけど、結果としては全然おかしなことじゃないと思うわ」
「うん。そうだね」
僕は凛子さんと話したことで、少し自分に自信が持てた。
祝福してくれる人にみっともない姿を見せないようにしようと思い、僕はもう一度姿勢を正す。
「……お兄ちゃん」
そこへ、ゆっくりと近付いてきたひかりちゃんが静かな口調で声をかけてくる。
その表情は、やはりいつもの元気いっぱいのひかりちゃんとは違う、穏やかで優しげな表情だった。
「そろそろ、始めようか」
「うん、そうだね。始めようか」
それを聞いた凛子さんも静かに笑い、身を引いて玖音さんの隣に並んだ。
ひかりちゃんは微笑とともに僕に向かって手を伸ばし、僕も笑顔でその手を取る。
僕は今日という日を一生忘れないと思う。
ひかりちゃんと僕は、今日こそちゃんと兄妹になるんだ。
◇
あの日お母さんが言った言葉は、僕には理解が及ばない言葉だった。
「兄妹、なればいいじゃない」
再婚話が一時凍結になって、振り回してごめんなさいとお母さんが謝りに帰ってきた日。
彼女は僕たちの話を聞くとあっけらかんにそんなことを言い出したんだ。
お母さんはニコニコと笑っていたけど、僕はちょっとおかしくなっちゃったんじゃないかと心配になるほどだった。
「何を言ってるの、お母さん。僕たちに誰かと養子縁組でもしろっていうの?」
「違うわよ空ちゃん。それほどまでに兄妹になりたいのなら、あなたたちだけで兄妹になればいいじゃないと言ってるの」
「僕たちだけで兄妹にって、そんな無茶言わないでよ。それが出来たらどんなに嬉しいか――」
思わず挙げた抗議の声にも、お母さんは微笑みを崩さなかった。
気圧されたように、僕の発言も尻すぼみに小さくなっていく。
そして僕が黙り込むと、僕のお母さんは改めて言った。
「西洋東洋問わずに、義兄弟という絆の概念はずっと昔からある考え方なのよ」
いきなりの発言に、僕は――そしてひかりちゃんも、ますます言葉を失った。
「例えを言うなら……、そうね、三国志の劉備、関羽、張飛の桃園の誓いとか有名じゃない? 我ら三人、生まれは違うけど兄弟の契りを結んだからには死ぬときは同じだ、みたいなお話よ」
お母さんはそこで眉をひそめると「これは後から作られた逸話みたいだけどね」と付け加える。
「でも、血の繋がりがなくても兄弟だって誓い合えば、そこに他者が介在する余地はないと思うの。書類の上ではあなたたちは兄妹にはなれないかもしれないけど、逆に言えば、あなたたちが兄妹だと言って仲良くするのを止める法律だってないわよ」
僕とひかりちゃんは、その言葉でお互い小さく口を開けて見つめ合う。
「なればいいじゃない、兄妹。少なくともお母さんは賛成……、ううん、大賛成よ。これからずっと、あなたたちの味方をさせてもらうわ」
お母さんは笑いながら、僕たちに言う。
けど、僕は少し無茶な話だと感じてしまい、口を濁す。
「でも……」
「ひかりちゃんのお父さんも、きっと許してくれると思う。それに、世間体が気になるならお母さんが言い訳を用意してあげるわ」
「言い訳?」
お母さんは少し寂しそうに笑うと、言った。
「両親が仕事の都合上でまだ再婚していないんですけど、もう結婚秒読みなので。っていう言い訳よ」
「…………」
「実の息子にする話じゃないかもしれないけど、お母さんはあの人を諦めたわけじゃないから。だから、些細な心の支えかもしれないけど、あなたとひかりちゃんはまだ兄妹になれる可能性が残っているのよ」
「…………」
お母さんはそう言って、僕を諭してきた。
僕はそれを聞いて、無言で俯く。
そんな僕にお母さんは一歩近付くと、片手でギュッと肩を抱いてきた。
「……世間体とかいう話をした後で言う話じゃないかもしれないけど、結局最後のところはあなたたち二人がどうしたいかじゃないかしら?」
お母さんはもう片方の手もひかりちゃんの肩に置くと、僕とひかりちゃんが隣り合うように抱き寄せた。
「ちょうどいいタイミングで、おあつらえ向きに揃いの指輪なんて作る話が出てるんでしょ? それを誓いの品にして、なっちゃえばいいじゃない、兄妹。お母さんはそんな二人をこれからもずっと応援し続けるわ」
そう言ってお母さんは、改めて僕とひかりちゃんを強く抱きしめた。
僕とひかりちゃんの額が触れ合う。
「(最後に決めるのは、僕たち二人。僕はひかりちゃんと、どうなりたいんだろう?)」
これからもひかりちゃんのお父さんと再婚することを目指しながら、同時に僕たちのことも応援してくれると言ってくれたお母さん。
僕とひかりちゃんは書類上では赤の他人かもしれないけど、誓いの指輪を交わして兄妹として仲良くするのを禁止されているわけでもない。
「お兄ちゃん……」
気が付けばひかりちゃんの瞳が、強い意志の光を宿していた。
僕はその目を見ただけで、彼女の言いたいことを悟った。
「そうだね。これは他でもない、僕とひかりちゃんの話だったんだね」
「うん!」
「僕は最初から、ひかりちゃんのことは妹になるんだって思ってたし」
「ひかりも、この人はひかりのお兄ちゃんになる人なんだって思ってた」
そこで僕たちは微笑み合う。
しばらくそうやって声もなく笑っていたけど、やがて僕が何気ない口調で、でも内心はドキドキしながら言ったんだ。
「なら、ちゃんと兄妹になろうか。誓いの指輪を交換しあってさ」
そこから先は、ひかりちゃんの元気な返事が返ってきて。
後はトントン拍子で話が進んでいったんだ。
◇
皆が静まり返る中、神父さんの格好をしたメグさんが独特のイントネーションで進行役を務める。
「エー、コホン。汝、健やかなーるときも病めーるときも、嬉しーときも悲しーときも、富めーるときも貧しーときも、共に助け合い支え合い慰め合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いマスカ?」
服装は本格的だけど、やはり中身は可愛らしいメグさんだ。
どうしてもコスプレをしているように見えてしまうのは仕方がない。
しかも彼女の喋り方では、厳かな雰囲気というよりはコミカルな雰囲気になってしまう。
でも、僕には何の不満もない。
メグさんは大真面目だし、そもそもこの式は結婚式じゃない。最初に披露宴をするような、非常にゆるい集まりなんだ。
「はい、誓います」
しかしその中においても、僕の誓いは本物だ。
背筋をピンと伸ばし、僕は心の奥底からハッキリとそう答える。
僕とひかりちゃんは、今日この場でみんなの前で、兄妹になるという誓いの儀式を行うんだ。
「お兄ちゃん……」
僕が力強く答えたことで、ひかりちゃんは安心してくれたんだろうか。
静かな教会の中で、僕にだけ聞こえるくらいの声を出した。
メグさんは僕の返事に鷹揚に頷くと、次にひかりちゃんに向き直り、同じ言葉を繰り返す。
「汝、健やかなーるときも病めーるときも、嬉しーときも悲しーときも、富めーるときも貧しーときも、共に助け合い支え合い慰め合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いマスカ?」
「はい、誓います……」
今日のひかりちゃんは、本当にいつもと違って静かに喋る。
玖音さんが言っていたように、それだけ胸がいっぱいなのかな? だったらいいな。
「それでは、誓いの指輪の交換を」
メグさんのその言葉で、アイリさんが音もなく指輪を持って現れる。
みんなが見守ってくれている中、僕はひかりちゃんが手袋を外すのを待って、銀色に光るシンプルなデザインの指輪を手に取った。
そして僕は、ひかりちゃんの小さくて可憐な手を優しく持ち上げる。
その指輪は、ひかりちゃんの薬指にサイズを合わせて作られた、新しい彼女のスマホだった。
昨今結婚指輪に、スマホの機能を仕込む女性は珍しくない。
ひかりちゃんは何の機能も持たない純粋な指輪にしようかスマホの機能を持たせようか迷った挙げ句、「お兄ちゃん、ゲーム好きだもんね」と言ってスマホ機能をもたせることにしたんだ。
ちなみに指のサイズも、ひかりちゃんが絶対に左の薬指がいいと駄々をこねて作ったんだよね。
もちろんその指は、婚約指輪や結婚指輪をはめる場所だとは僕も知っている。
でも、ひかりちゃん曰く、「兄妹の指輪を薬指にはめちゃダメって法律はないよね!」ということらしいし、僕はもう深くは考えないようにしたんだ。
「…………」
ひかりちゃんはそれはそれは幸せそうに、自分の指に指輪が収まっていく光景をジッと眺めていた。
心なしか、参列者の女性陣たちの視線も集中しているような気がした。
でも僕は小心者なので、すでにリハーサルとしてひかりちゃんの指に何度か指輪を通している。
だからこの場もなんとか失敗せずに、無事に終わらせることが出来た。
「……お兄ちゃん、手、出して」
そしてひかりちゃんも静かにそう言って、差し出した僕の手に触れてきた。
こちらも左の薬指に、同じデザインの指輪がはめられる。
僕のほうの指輪は「お兄ちゃんはいつもは付けなくていいからね」と言われて作った純正の指輪だ。
これでは見た目こそ同じだけど、真のおそろいの指輪ではないような気もする。
でも、ひかりちゃんはそれでもいいと言ってくれた。
彼女はこういうところでは現実的で、そしてそれは彼女の『フトコロの広さ』を証明している部分なのかもしれない。
ひかりちゃんの手によって、僕の薬指に指輪がはめられる。
彼女の手も、そして指輪も少しひんやりしてて冷たかったけど、それをひかりちゃんにはめてもらった瞬間、言葉に出来ないような温かみが、心の中に広がっていった。
「……おめでとうデス」
そこでメグさんが、アドリブなのかそんなことを言ってくれた。
僕とひかりちゃんは笑って前に向き直り、再びメグさんの顔を見る。
本来の結婚式ならここで結婚証明書みたいなのに署名をするんだけど、僕とひかりちゃんは話し合って、今回書類は残さないことに決めた。
誰がなんと言おうと、僕とひかりちゃんは兄妹だと誓いあった仲なんだ。
大切なのは本人たちの意志であって、書類に残すことなんかじゃないよね。
記念品なら指輪があるし、ね。
「ここに、新たな兄妹が誕生しました。皆様盛大な拍手で祝福してあげてクダサイ」
メグさんが笑顔でそう言うと、誰一人として惜しむことのない、全力の拍手が僕とひかりちゃんに贈られた。
僕はどうしたらいいかわからず、とりあえず色んな人に向けて頭を下げた。
しかし、そこで聞こえてきた言葉に僕は頭を下げたまま表情を凍りつかせる。
「では最後に、誓いのキッスをお願いしマース!」
いきなりいつもの口調に戻って、メグさんは突如そんなことを言い始めた。
僕は慌ててメグさんに話しかける。
「え、えええ? そ、そんな話聞いてないよ」
僕はブンブンと首を振りながら、なおも早口で言葉を続ける。
「もう誓いは心からちゃんとやったし、ひかりちゃんの神聖なファースト、き、キスは、将来の旦那さんのために取っておかなくちゃダメだよ。いくら今日の場だからって、アドリブなんかでやっちゃダメだって」
僕がそう言うと、メグさんは苦笑する。
場の空気を乱しちゃったかな? でも、遊び半分でやったらダメなことだし、仕方ないよね。
だけど周囲を見回してみると、僕に向けられている視線は非難の視線というより、むしろどこか同情してくれているような視線だった。
不思議に思って首を傾げていると、メグさんからため息混じりの声が聞こえてくる。
「センパイは、本当にセンパイデスネ」
それも、僕には少し意図が読めない発言だった。
頭が固い、空気が読めない、ということだろうか。どちらも当たっているとは思うけど。
「お兄ちゃん、気にしないで。じゃあ一緒にフェザーシャワーしてもらお?」
しかし意外なことに、真っ先に助け舟を出してくれたのは他ならぬひかりちゃんだった。
いつもの彼女なら、一言くらいは「お願い~」と甘えてくるような気もするんだけど……。記念の式だから、グダグダにせずに綺麗に終わりたいのかな?
そして、フェザーシャワーとは紙吹雪の羽バージョンだ。
結婚式で退場していく新郎新婦に祝福の意味を込めて参列者が色々なものを振り掛けてくれる、あの有名な催しのバリエーションの一つだね。
「では、新郎新婦――じゃなかったデス。新しい兄妹の退場デース!」
ひかりちゃんの言葉を聞いて、メグさんが元気な声でそう言った。
僕は大事にならなくてよかったと胸を撫で下ろしながら、再びひかりちゃんの隣に並ぶ。
「お兄さん、おめでとうございます」
「おめでとう、空」
「坊ちゃま、おめでとうございますですよ」
「おめでとうございます」
すぐに女性陣たちが集まり、僕はたくさんの祝福をもらう。
玖音さん、凛子さん、紗雪さん、アイリさん。
五辻家の他のお手伝いさんも来てくれていたし、メグさんの家から顔見知りのメイドさんたちも押し寄せてくれていた。
そして、やや緊張しているようだったけどクラスメイトの愛さんも来てくれていたし、僕のお母さんもスケジュールを調整して参列してくれている。
僕とひかりちゃんはたくさんの人に祝福をもらいながら、紙吹雪ならぬ羽吹雪の舞う中を、二人並んで歩いていく。
「(僕は本当に幸せ者だ)」
感動に浸りながら、僕とひかりちゃんは教会の外に出た。
そこで改めて参列者に囲まれ、最後のフェザーシャワーを浴びせかけられる。
そういえば、ブーケトスはやるのかな?
僕がそう思った瞬間、それは起こった。
「お兄ちゃん」
「うん?」
海辺の小さな教会。
その入口で、天使が舞うような羽が舞い散る中。
ひかりちゃんの言葉に振り向いた僕は、不意に彼女の顔が近付いてくる光景を目にした。
あっと思った瞬間にはすでに遅く、僕は頬にキスをされてしまったんだ。
「ワーォ! さすがはヒカリデスネ! 手慣れたものデース!」
「な、な、な……」
一気に盛り上がるみんなを余所に、僕は自分の頬を押さえ、口をパクパクとさせていた。
「アイリ! 決定的瞬間をちゃんと逃してないデスヨネ?」
「はいお嬢様。高画質の動画で保存済みです」
外野がますます盛り上がっていく中、僕は茫然とひかりちゃんを見る。
気が付けば、物静かにしていたひかりちゃんは、どこかに居なくなってしまっていた。
彼女の瞳は、彼女の名前のように、そしていつもの元気な彼女のように、キラキラと光る輝きを取り戻していたんだ。
「えへへ~。とうとうやっちゃった~。やっぱり起きてるお兄ちゃんにキスするのは、反応があって嬉しいな~」
「ひ、ひかりちゃん? 何を言ってるの……?」
僕は真っ青な顔で、妹となった女の子に問いかける。
ひかりちゃんは悪びれた様子もなく、あっさりと、そしてとんでもない爆弾発言をぶっちゃけた。
「ひかりの神聖なファーストキスはね~、もうずっと前に、寝ているお兄ちゃんにあげちゃったんだ~」
「…………」
僕は完全に言葉を失った。
そんな僕に、メグさんが呆れたように話しかけてくる。
「センパイは、本当に気付いてなかったんデスネ。やっぱり隙が多い人デース」
「……メグさんも、このことを知ってたの?」
かすれた声で言う僕に、メグさんは苦笑しながら答えてくれた。
「むしろ、この場にいる全員が知ってたと思うデスヨ。ひかりはずいぶん昔から、嬉しそうにこのことを喋っていたデスし」
「えへへ~」
立ちくらみのようなダメージを負いながら、僕はフラフラの頭で周囲を見回した。
すると誰一人欠けることなく、僕と目が合ったみんなが頷いていく。
「そ、そんな……」
僕は崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えながら、そうつぶやいた。
しかしその瞬間、僕はメグさんの言葉を思い出す。
「え、じゃあメグさんの言ってた、手慣れたものって……」
「もちろん、ヒカリは一時の気の迷いでキスしたわけじゃないのデース。チャンスがあればその都度やってたみたいデスネ」
「えへへ~」
またも嬉しそうに、そして照れくさそうに頬を染めて体をくねらせるマイシスター。
僕は今度こそ、その場に膝をつきそうになってしまった。
「ぼ、僕は兄妹になれたから、しばらくは婚約とかいう話はなくなるんだと思ってたけど……」
「逆じゃないデス? 公然の秘密になっていたセンパイとのキスが解禁されたことで、これからはもっと積極的に動けるようになるんだと思いマース」
すでに気力が尽きかけている僕に、さらなる追い打ちが掛かる。
しかもその追い打ちは、まだまだ終わりそうもないのだった。
「ちなみに、メグのファーストキッスも、この前センパイにあげちゃったデス。センパイの寝顔は可愛くて、ガマン出来なかったデース」
「ちょ、ちょっとメグさん、私その話は聞いてなかったんだけど……!」
メグさんの暴露に、凛子さんが青い顔をして食いついていった。
だけど僕はもう喋る力も残されておらず、ただただ真っ白な頭で立ち尽くす。
「お兄さん」
そこへいつの間にか玖音さんがやって来ていて、僕の手をしっかりと握りしめてきた。
「せっかくの機会ですし、この後私とも記念撮影をお願いできませんか? そ、その、いわゆるツーショット写真を……」
顔を赤くして視線をそらしながらも、玖音さんは僕によく聞こえるようにそう言った。
せっかくの機会ってどういうことですか? というツッコミも、今の僕には出来なかった。
再びみんなが騒がしくなっていく中、僕はまたもひかりちゃんに呼びかけられる。
「お兄ちゃん」
僕が警戒しながら振り向くと、今度のひかりちゃんはニコニコと笑っているだけだった。
そして彼女は、今日がどういう日だったかを思い出させてくれる発言をする。
「ひかりたち、今日からずっと兄妹だね」
その言葉で、僕の混乱していた頭が冷静さを取り戻していく。
僕は苦笑すると、ひかりちゃんに答えた。
「そうだね。もうずっとなくなることのない、一生の絆だね」
「うん!」
「でも兄妹だからといって、気安く口づけなんてしちゃダメだよ」
「え~!? ぶーぶー!」
予防線を張った僕に、ひかりちゃんが頬を膨らませる。
僕は大きなため息をついて、自分の部屋に鍵をかけるべきかを悩む。
しかしひかりちゃんは周囲をキョロキョロと見ると、僕に向かって満面の笑みを浮かべたんだ。
「ねぇお兄ちゃん」
「うん?」
「ひかりたちって、本当に幸せ者だね!」
「…………」
今度の僕はショックとかではなく、純粋に驚きから言葉を失った。
僕もチラリと周囲に視線を向けて、そして、ひかりちゃんに微笑みを返す。
「うん、そうだね。僕たちは幸せ者だね」
こんなにも祝福してくれる仲間がいて、そしてひかりちゃんという、ちょっと変わってるけどそれでも文句なしの素敵な妹も出来た。
これが幸せ者と言わずに、なんというのだろうか。
「これからもずっと、仲良くしようね!」
「うん。よろしくね、ひかりちゃん」
ひかりちゃんが左手を差し出してきたので、僕も左手で彼女と握手をする。
その二人の手には、同じデザインの指輪が輝いていた。
「センパーイ! メグも着替えてくるので、後で記念写真するデース! ついでにヒカリみたいに、頬にキッスも許してクダサーイ!」
「ちょ、ちょっと空! あなた無防備に女性と一緒の部屋で寝すぎじゃないの!?」
「お兄さん、私、この手を離しませんから」
その日、僕とひかりちゃんは素晴らしい友人たちに囲まれながら、兄妹の契りを交わした。
そしてありがたいことに、これからもそのみんなと幸せな日々を送れるようだった。
「大好きだからね、お兄ちゃん!」




