宮廷魔法使いの執務室
どうやら、ダモンさんの執務室に直接出てしまったようだ。
「ミール! なぜ、ここに?」
幸い、部屋の中には、ダモンさんしかいなかった。
ダモンさんは、慌てて出入口のドアを開き、廊下の様子を見てから再び扉を閉じて鍵をかけた。
「ミール。君の隠れ家が見つかったと言って、ネクラーソフが大部隊を率いて出て行ったが……あれは陽動だったのか?」
「そうです。大部隊って、どのくらい率いていきましたか?」
「二千人と言っていた」
「あたし一人相手に、大げさですね」
先日、アンダーの分身を送り込んだのは、このためだった。
偵察はついでにできればよかっただけで、本当の目的は、アンダーの分身をネクラーソフに捕えさせる事。ようは、アンダー本人がこちらの手の内にあるという事を、ネクラーソフに分からせるためだった。
そして、昨夜、本物のアンダーを解放した。
実際には、わざと隙を作って逃がしたので、本人は解放されたなんて思っていない。
アンダーは、まんまと逃げおおせたと思っているだろう。というか、そう思ってもらわないと困る。
逃げ出したアンダーは、予想通りネクラーソフの元に駆け込んだ。
だったら、余計な事をしないで普通に解放すればいいはずだが、そうするとネクラーソフの疑いを招くことになる。
ミールにとって、アンダーは百回殺しても飽き足らない男だという事はネクラーソフにも分かっているはずだ。
それを捕まえておきながら、生かしておいたのは何のためか? と、ネクラーソフは疑問に思うはず。
わざと逃がして、偽情報を掴ませる目的を、見破られる可能性は十分にある。
だから、先にアンダーの分身を送り込んだのだ。
アンダーを生かしておいたのは、分身作るために必要だったと納得してくれる事を期待して……
正直、納得してくれるか、あまり自信はなかったが……
しかし、今朝になってアンダーが城に駆け込むと、ネクラーソフは直ちに捜索隊を出すことを決定した。どうやら、分身を作るために生かしておいたと納得したようだ。
あるいは少しは疑っているかもしれないが、ネクラーソフとしてもミールの隠れ家を見つけた可能性がある以上、放置はできないのだろう。
その様子を、僕らはアンダーに装着したカメラとマイクで確認していた。
ネクラーソフが、自ら部隊を率いて城から出発したのは、それから数時間後。
僕らは、それを確認してから地下道に入ったのだ。
これで城の守りが手薄になるとまでは期待していないが、少なくともミールの分身が活動するのにもっとも厄介な物、デジカメをありたっけ持ち出してくれているはずだ。
もっとも、地下道がダモンさんの部屋に直通していると分かっていたら、ここまでしなくてもよかったわけだが……
ミールは、懐から出した封筒をダモンさんに差し出した。
「奥様からの手紙です」
ダモンさんは、驚いたような顔をして受け取る。
「あれに、会ったのか?」
ミールは、コクッと頷く。
「なら、もう知っているだろうな。私が何をしでかしてしまったか。そして、これから何をしようとしているかを」
「ダモン様。考え直して下さい。確かに、ダモン様はあたし達を裏切ったかもしれません。でも、それは家族を人質に取られて、仕方なかった事だと思います」
ダモンさんは、首をゆっくりと横にふる。
「私は、自分で自分を罰しなければならないのだ」
「そんな事をしたって、悲しむ人が増えるだけです。誰も喜ぶ人なんかいません」
「ダメだ。私は決して裏切ってはならない人を、裏切ってしまった」
「そんな……」
「三十年前、何もかもを失い、この国にたどり着いた私を、当時皇太子だった国王陛下は温かく迎え入れてくれた。その時の恩に報いなければならないのに、私は恩に仇で報いてしまったのだ」
三十年前!? まさか、この人。カルカ国の人?




