レッドドラゴン
最初に犠牲になったのは、ベジドラゴンの子供だった。
と、言っても僕の方に逃げてきたチビドラゴンじゃない。
たぶん、そのお兄さんかお姉さんなんだろうと思うが、助走をつけてようやく飛び立ったところを、急降下してきたレットドラゴンの鉤爪に掴まれたのだ。
親のベジドラゴンはどうしていたかというと、一頭が子供の方へ助けに行こうとしているのを、もう一頭が押しとどめていた。
『あなた、止めないで! あの子が殺されちゃう』
『よせ! 行けば、君も殺される』
翼竜夫婦の間で、こんな会話をしているんだろうか? と、勝手に想像してみた。
いや、そもそもどっちがお母さんで、どっちがお父さんか分からんけど……
レットドラゴンは、捕まえた子供を仕留めると、食べないで次の獲物に襲いかかった。
親とは反対方向に逃げた子供が犠牲になる。
これも食べない。
なんだ、こいつ?
弱肉強食なら仕方ないと思うが、殺戮を楽しんでいるのか?
それとも、ここで大量に狩って、保存食にでもするつもりか?
確かに、これだけ塩があれば保存も楽だろうと思うが……塩を使って、保存食を作るだけの知恵があるようには見えない。
いや、動物を見かけで判断してはいけないな。
塩の平原なんだから、ここに穴を掘って埋めておくだけでも保存できるかも……
次に奴は、二頭の大きなベジドラゴンと、その間に挟まれた子供に視線を向けた。
しかし、見ているだけで襲いかかろうとしない。
草食とはいえ、身体の大きさは互角。
さらに二頭いるとなると、やりにくいのかな?
『ち! 親のベジドラゴンは面倒だな。怪我でもしたらつまらんし、他の獲物を狙うか』
と思ったのか、レッドドラゴンは他の獲物を物色……え?
次に奴が狙いを定めたのは、他ならぬ僕だった。
ヤバイ!!
慌てて僕は、ショットガンを手に取った。
「撃っちゃダメです!! 奴は、ショットガンじゃ殺せません」
んなこと分かっている。
しかし、殺せなくても、当たればかなり痛いはずだ。
足止めにはなる。
それに……
振り返ると、レッドドラゴンはかなりの距離に迫っていた。
今までクレー射撃はやったことあるけど、生きてる動物を撃った事はない。
僕に、動物を撃てるだろうか?
犬や猫だったら、間違えなく撃てない。
しかし、ここで撃たなきゃ自分が死ぬ。
ならば……
僕は迫りくるレットドラゴンを睨みつける。
「こいつはゴキブリだ。こいつはゴキブリだ。こいつはゴキブリだ」
でっかいゴキブリだと思えは撃てる。
「こいつはゴキブリだ! ゴキブリなんだあ!!」
自己暗示完了。
いささか安直に自己暗示にかかったみたいだが、気にしてはいけない。
慎重に狙いを定め、トリガーを引いた。
「キシャー!!」
レッドドラゴンは、悲鳴を上げて塩の平原上でのた打ち回った。
右目から血を流している。
確かに強靭な鱗に覆われた皮膚は貫けないけど、目はそうはいかないだろう。
僕はこれでも、射撃には自信がある。
クレー射撃なら百発百中だ。
ゴルゴ13やシティハンターには負けるが、のび太と張り合えるぐらいの腕はある……と思う。
「なんで撃ったのですか!? ほっておけば、通り過ぎるだけだったのに」
やかましく叫ぶPちゃんの方を向いた。
「何言ってるんだよ。奴は僕を狙っていたんだぞ」
「いえ。狙われていたのは、この子です」
Pちゃんの指し示す先にいたのは、さっきのチビドラゴンだった。
「え? こいつ、どこにいたの?」
「さっきから、ご主人様の背後で、震えていました」
姿が見えんと思っていたら、そんなところに……全然気が付かなかった。
「ぴー」
チビドラゴンが一声鳴き、僕にすり寄ってきた。
いや、懐くなよ。
僕は、お前を助けるつもりで、撃ったんじゃない。
いや、でもこいつが背後にいたという事は……
「ちょっと待てよ。撃たなかったら、どのみち巻き添え食ってただろ?」
「だから、ご主人様は、この子から離れればよかっただけです」
「しかし、こいつが僕の後からついて来たらどうするんだ?」
「そのときは、この子を撃つのです」
確かに、縁もゆかりのない動物を助ける義理はないが……それ、人間としてどうよ?
おっと!! 今はそれどころじゃない。
レッドドラゴンの方を見ると、のた打ち回るのを止めて、のっそりと立ち上がったところだった。
残った左目で、僕を睨みつける。
その目は如実に、こう語っていた。
『ようもやってくれたのう。われぇ。覚悟は、出来とるんじゃろうな』
いや、覚悟なんか、できてませんが……
レッドドラゴンは、再び猛然と突進してきた。
ショットガンを構える。
あれ? 奴の動きが止まった。
それどころか、後ずさりしている。
「あいつ、なんでかかってこないんだ?」
「警戒しているのですよ」
「なんで? ショットガンじゃ、奴は殺せないんだろ?」
「確かにショットガンでは、レッドドラゴンの鱗を貫通できません。しかし、当のレッドドラゴンはその事を知りません」
なるほど。少なくとも奴は、自分の目が潰された原因は、このショットガンだと理解できるだけの知能はあるんだな。その知能が却って仇となって、ショットガンを過大評価してしまっているんだ。
それなら……
「おら! おら! おら!!」
僕はショットガンを構えて、レットドラゴンに向かって駆け出した。
「ちょっと! 何しているんです!? 危ないですよ」
言っておくが、これは決して調子に乗っているわけではない。
今、一番マズイのは、このショットガンが奴に効かない事を知られる事。
いつまでも撃たないでいると、そのことを悟られる。
だから、こっちから向かって行けば……
「キシャー!!」
予想通り! 奴は逃げ出した。
今のうちに……あれ? 奴を倒す決定的な手段がない。
逃げるか?
いや、空を飛べる奴から逃げられない。
「Pちゃん。今のうちにもっと強力な武器を……」
「ありません」
「装備一覧を見たら、マルチプリンターというのがあったぞ。あれで武器を作れるんだろ? バズーカ砲を出してくれ」
「あまりに強力な火器は、同士討ちの危険があるため、最初から三次元データを入れていないのです。あったとしても、バズーカ砲をいきなり渡されて使い方分かりますか?」
「いや、無理だ。しかし……武器がだめなら、爆薬の原料になる薬品出してくれ」
これでも、大学では化学工学を専攻していたので、そのぐらいは調合できる。
いや、爆薬調合の講義を受けたわけではなく、自分で調べて薬品や実験道具をばれないようにちょろまかして、黒色火薬やトリ・ニトロ・トルエンを調合したりしていたのだが。
ばれたら、逮捕だったね。
「それは出せますが、冷静になって下さい。調合している時間があると思いますか?」
ないな。普通に考えて、あるわけないな。
いかん! 冷静にならんと……
チラッと、レットドラゴンの方を見ると、奴は離れたところから、恐る恐るこっちの様子を見ていた。
ショットガンを向けると、パッと飛びのいて距離を取る。
まだハッタリが効いてるようだ。このまま……『ちっ! こんな面倒な奴やめておこう』と考えて帰ってくれないかな。
いや、無理そうだ。
片目を潰された事を、根に持ってるのかな? 持ってるだろうな。
「ご主人様。今のうちにロボットスーツを……」
「あれは、嫌だと言ったろ」
「わがまま言っている場合ですか!!」
「わがままじゃない。僕はこのスーツのせいで、何度も死にかけたんだ」
「でも、レッドドラゴンが襲ってきたら、確実に殺されますよ」
「おまえが、戦え!!」
「か弱いアンドロイドに、無茶言わないでください」
「か……か弱いのか?」
ううむ……アニメやマンガに出てくるアンドロイドって、メッチャ強いけど、アシモとか現実のアンドロイドって、あんまし戦闘向きじゃなかったな。
「そもそも人型は、戦闘には向きません」
そういえば、ガンダムみたいな巨大人型ロボットなんか作っても、実戦では戦車に勝てないと言われていたな。あんなデカ物いい標的だし、いくらチタニウム装甲でも、徹甲榴弾食らったらアウトだろう。
では、ロボットスーツはいいのか?
これは、いいんだ。
ロボットスーツは、元々は歩兵を補助するためのもの。重装備の歩兵が長時間移動しても、疲れないようにする目的で開発された。
ただ、僕が使っていたのはちょっと違う。格闘ができるように開発されたのだ。
軽めの装甲なら一撃で粉砕できるパンチ力を持っているし、自動車並みの速度で移動できる。
そのせいで、装着者の身体に無理な負担がかかるのだ。
しかし、今はこれを使わないと、切り抜けられそうにないな。
仕方ない。
僕は、ショットガンを地面に置いてシートに座った。
「装着」
自動装着機能が動き出す。
「げ!?」
レットドラゴンが、こっちへ向かって突進して来た。
しまった! ショットガンを手放したので、チャンスと考えたな。
ロボットスーツの装着には、三十秒かかる。
間に合わない。
レッドドラゴンは、大口を開けて迫ってくる。
あかん、食われる!!




