アンラッキースケベ
正直、カルルは自殺するような奴ではないと思っていたから、切腹したと聞いた時は信じられなかった。
しかし、あいつは以前『次に接続者にされるくらいなら死を選ぶ』と言っていたし、やってしまったかもしれないと思っていたわけだが……
「カルル。本当に、切腹してはいないのか?」
「当たり前だ。自慢じゃないが、俺は痛い事が大嫌いだ」
まあ、普通はそうだが……
「仮に俺が自殺するとしても、その時は睡眠薬を使う。切腹なんて、痛いだけで中々死ねないような事は絶対にしない」
嘘ではないみたいだな。では切腹したというのは嘘か?
なぜ医者は、そんな嘘をついたのだ?
いや、医者は嘘をついたわけではない。
医者はイリーナから、カルルが切腹したと聞いて、それを僕に伝えただけ。
つまり、医者はイリーナに騙されたのか?
しかし、イリーナがそんな嘘をつく必要があるのか?
いや、待てよ。
「カルル。おまえが隙を見て逃げようとした場所というのは、要塞の地下室か?」
「そうだ」
「で、おまえが逃げようとした時って、イリーナはいたのか?」
「いや、その時イリーナはいなかった。見張りも二人だけ。そのうち一人が居眠りしていたので、俺はチャンスと思ったのだ」
「縛られてはいなかったのか?」
「ああ。出入り口のドアには鍵がかかっているので、縛る必要はないとでも考えたのだろう」
「鍵は、見張りの兵士が持っていたのか?」
「それは分からん。居眠りしている奴を縛り上げて、もう一人の兵士を締め上げて鍵のありかを聞き出そうとしたんだ」
「そこで失敗して、切られたのか?」
「いや、最初は背後から忍び寄って羽交い締めにした。そこまでは良かったのだが……」
そこでカルルは押し黙る。
言いにくそうだが……
「海斗。今から話す事は、偶然起きた事だからな。けっして、わざとやった事ではない」
何があったのだ?
「俺は羽交い締めした兵士に『鍵を出せ』と言ったのだが、兵士は黙っているだけで鍵を出そうとはしない。しびれを切らした俺は、兵士の身体をまさぐったのだ」
まさか?
「そしたら、左掌がムニュっと妙に温かくて柔らかい物をつかんだのでな。その直後に兵士が、『きゃー!』と甲高い悲鳴を上げたのだ」
女性兵士だったのか。
「思わず俺は兵士から離れてしまい。『すみません! 女だとは思わなくて』と、とっさに謝った。だが、相手は聞く耳を持たずにナイフを抜いて、『エッチ! 痴漢! 変態!』と叫びながら切り掛かって来て……」
そこでグサッとやられたのか。
「薄れゆく意識の中で『キャー! 刺しちゃった! 刺しちゃった! どうしよう! 大尉に怒られる!』と女の慌てふためく声が聞こえてくる中、俺はそのまま意識を失ってしまった」
なんとなく状況が分かってきた。
「だから、俺は切腹したわけではない」
「分かった、分かった。切腹したのではなく、ラッキースケベの報復で切られたのだな」
「ラッキースケベ言うな! そもそもそれが原因で死にかけたのに、ラッキーなわけないだろう!」
しいて言うなら、アンラッキースケベか。
とにかく、カルルは切腹をしたのではなく女性兵士に切りつけられたわけだが、カルルは大事な人質。
それを切ったとしたら処罰を受ける。
だから女性兵士は、カルルが自ら腹を切ったとイリーナに虚偽報告をしたと言ったところだろうな。
「隊長、《はくげい》が見えて来ました」
古淵に言われて前方に目を向けると、潜水艦の司令塔が見えた。
潜水艦は、みるみる近づいてくる。
「女子チームの方が、先に降りそうですね」
古淵の指さす先を見ると、桜色の機動服とすみれ色の機動服が横並びに飛行していた。
二つの機動服の間に形成された反重力場には、白衣の人物が浮いている。
「海斗。女子チームとは、森田芽衣と橋本晶の事だな」
「そうだよ。ていうか、機動服中隊に女子はその二人しかいないだろう」
「二人の間に浮いている白衣の人物は誰だ?」
「ああ、あの人は……」
え? カルル、なぜ見えてる? て、おい、目を開いているじゃないか!




