木箱の裏の秘密基地
港町ニャガンの一角にある、何の変哲もない赤煉瓦造りの倉庫。
その中に入ってみると、最初に目に入るのは天井の高さまで積み上げられている木箱の壁だ。
一見すると、倉庫の奥まで木箱がぎっしり積み上げられているように見えるだろう。
だが、木箱があるのは表の三列だけ。
積み上げられた木箱の裏には、かなり広い区画があった。
木箱と木箱の間には人一人通れる隙間が五カ所あり、その中の一つを通ると内側の隠された区画に入れる。
その区画では、カルル・エステスの指揮の下、各地から送られてくる観測データの分析が行われていた。
「まったく、いつまでワシはこんな女っ気の無いところにいなければならんのじゃ」
ぶつくさ言いながら、ルスラン・クラスノフ博士はコンピューターを操作していた。
それを聞いていたカルルは、なんとか宥めようと博士に茶を差し出す。
「まあまあ、博士。コンピューターセンターのうち、五カ所は特定できたのでしょ。残り一カ所じゃないですか」
「馬鹿者! その一カ所を特定できなくて、ワシらは一ヶ月もここにおるのではないか!」
レム神のコンピューターセンターが、惑星中で六ヶ所ある事は、リトル東京にいる間に分かっていた。
しかし、その位置が特定できなかったため、ニャガンに観測基地を作る事になったのである。
そしてニャガンで観測を開始して一週間も立たないうちに、五カ所を特定できた。
だが、一カ所だけが一ヶ月経過しても特定できなかったのである。
「もうイヤじゃ! カルル! 今すぐ女を用意せえ! さもないと、ワシは仕事をせんぞ!」
「そこをなんとか。お願いしますよ」
本音では『このジジイぶん殴りたい』と思いながらも、カルルは一生懸命ゴマをする。
「だいたい、カルル。おまえがイカン!」
「何か、お気に召さない事でも?」
「観測隊員の中には、女性隊員もおったじゃろう。それも若くて見目麗しくボンキュバーンのが」
「ええ、いましたね。それが何か?」
「その女性隊員達を遠征隊に回して、基地要員はむさ苦しい男だけにしたのは、オマエの采配であろう」
一瞬カルルの顔が怒りでひきつった。
そもそもカルルがこの基地に女性隊員を残さなかったのは、このジジイがセクハラをやめないからである。
「もう良い! 仕事が終わればリトル東京に帰れるのだろう。女は良いから酒を飲ませろ」
「酒はだめです」
「じゃあ甘い物を買ってこい」
「今、甘い物は切らしておりまして、ヴァシリーに買いに行かせています。しばし、お待ちを」
小さな警報音が鳴ったのはその時。
誰かが倉庫の扉を開いた事を、センサーが感知した時の音である。
「ヴァシリーが帰ってきたようだな。ルカ、様子を見てきてくれ。荷物が多いようなら手伝ってやれ」
「はい」
ルカと呼ばれた青年が立ち上がったその時、銃声が鳴り響く。
三人の間に緊張が走った。
最初に行動を起こしたのはルカ。
手近な端末に飛びつき操作した。
「隊長! 博士! ここは帝国兵に取り囲まれています」
「なに! ヴァシリーは無事か?」
「入り口のところで、銃を突きつけられています」
カルルも端末画面に目を走らせた。
ルカとそっくりな顔をした、二十歳そこそこの青年……ヴァシリーが、帝国兵に銃を突きつけられ顔をひきつらせている様子が画面に映っていた。
ルカとヴァシリーがそっくりなのも当然。
二人とも北ベイス島で、プシトロンパルスの中継器に使われていたレムのクローンなのだから……
二人とも海斗に解放された後、自分のようにレム神に接続されている人達を助けたいという理由で、この任務に志願していたのだ。
カルルは画面から目を離し、ルカの方へ視線を向ける。
「ルカ! 何をしている!」
カルルが叫んだとき、ルカはボディアーマーを装着しているところだった。
ルカは答えないが、何をしようとしているかは一目瞭然。
「よせ! あの人数では、俺達だけで殴り込みをかけても無駄だ!」
だが、ルカはカルルの方を振り向くとニッコリと笑みを浮かべる。
「違いますよ。俺達ではありません。殴り込みを掛けるのは俺一人です」
「なに!?」
「奴らがここに入ってくるのは、時間の問題です。だから俺が時間を稼ぎます。その間に隊長はやるべき事をやって下さい」
「お……おまえ……」
「奴らがここへ入る前に、今まで集めたデータを《はくげい》に転送してから、削除しなければならない。そのぐらいの時間は俺一人で稼げます」
「しかし……」
ルカの言っている事ももっともだった。
このままではカルルがすべての作業を終える前に、敵はここへ入り込んでしまう。
「いいだろう。だが死ぬな! 降伏してでも、生き延びろ」
「努力します」
ルカは木箱の隙間へ姿を消していった。




