この手だけは、使いたくなかったのだが……
「じゃあ、そういうことで」
と、言い残して《あすか》に矢部が乗り込むのを見届けると、さっき彼が言ったことを考えながら僕は、《はくげい》に向かって飛んだ。
矢部を凌駕する変態だと? 誰のことだ?
司令塔に降り立つと、上では橋本晶と長津田艦長が待っていた。
ミールと芽衣ちゃんとミクは先に艦内へ入ったようだな。
はっ! まさか?
長津田艦長の方に視線を向ける。
この男、一見実直そうに見えるが実は女癖が悪いとか?
僕に見られていることに気がついた艦長は、不意に悩まし気な表情を浮かべた。
「実は……さっき矢部が言っていた変態のことで、自分も悩まされているのですが……」
え?
「キャー!」「イヤー!」
艦内から、先に中へ入っていたミールと芽依ちゃんの悲鳴が聞こえてきたのはその時。
「また……やりおったか……」
「あの……艦長……これは……」
「いえ……プシトロンパルス観測機器の専門家だというので……我々も無碍に扱う事はできなかったのですが……ここまで変態だったとは……」
プシトロンパルス観測機器の専門家で変態!?
そんな奴は、僕の知る限り一人しかいない。
いや、任務が任務だけにあいつが来ている可能性は十分にあったわけだが、僕は心の中でその可能性をあえて黙殺していた。
長津田艦長、一瞬でも疑ってすんません。
内心謝りながら艦内に駆け込んだ僕と橋本晶の目の前では、モップを持ったミールの分身体と、桜色のロボットスーツをまとった芽依ちゃんが、ルスラ……名前思いだせない……ジジイを追い回していた。
矢部を凌駕する変態とは、やはりこいつか。
「きょほほほ! そんなに怒るなよ。ねえちゃん達」
「ジジイ! 何をやった!?」
ジジイは僕に気が付いて振り向く。
「おお若造、久しぶりじゃのう。なに、このねえちゃん達に軽い挨拶をしただけじゃ」
「いきなり人の胸を揉むなんて挨拶ではありません! セクハラです!」
「あたしのお尻を撫で回していいのは、カイトさんだけです!」
「なに!?」
ミールと芽衣ちゃんの攻撃を躱しながらジジイは言う。
「若造。おまえ、リトル東京に来てから毎晩、ナーモ族の嬢ちゃんに、そんなウラヤマケシカラン事をしていたのか?」
「やっていない!」少なくとも毎晩は……
「ええのう、若くて顔のいい男は……」
頭痛が痛い。
「北村ニ佐」
声の方へ振り向くと、長津田艦長が悩ましそうな表情で頭を押さえていた。
この人も頭が痛いのだろう。
「このように、ルスラン・クラスノフ博士によるセクハラが続き、女性乗組員から、山のような苦情が寄せられているのです」
この人も苦労させられたのだろうな。
分かる。分かるぞ、長津田艦長。
僕が北ベイス島で、どれだけこのジジイに悩まされた事か。
できる事なら『リトル東京に下品な男は無用だ』と言ってボタンを押して、ジジイを奈落の底に落としてやりたいところだが、それが許されないもどかしい気持ち。分かるぞ。
とにかく、今はこの場を治めないと、精密機器の塊である潜水艦が内部から損傷しかねない。
この手だけは、使いたくなかったのだが……
僕は背後を振り返り橋本晶に合図すると、ロボットスーツの弾薬ポーチに隠していた瓶を取り出した。
「ジジイ! 極上のウイスキーを用意してきたのだが、どうやらおまえはいらないようだな」
途端にジジイの動きがピタっと止まる。
「なに!? 極上のウイスキーじゃと!」
次の瞬間、ジジイはミールの振り下ろしたモップをかいくぐり僕の方へジャンプしてきた。
「寄越せえ! ウイスキー!」
ジジイの手がウイスキーの瓶に手が届く寸前。
「でやあぁぁ!」
橋本晶のかけ声が響き、ジジイは床の上に昏倒した。
「安心せえ。峰打ちよ」
橋本君。切っちゃっても良かったんだよ。




