死んだはずの男
菊花を《水龍》へ行かせるようにPちゃんに指令を出してから、僕は橋本晶の方に目を向けた。
まだマルガリータ姫との膠着状態が続いている。
そんなマルガリータ姫に向かって、イリーナは叫ぶ。
「姫。これ以上は無理です。撤退してください」
撤退する気なのか? しかし、次のドローンを用意していたが……
「今から、最後のドローンを出撃させます。それが時間を稼いでいる間に撤退を」
どうやら、ドローンを使い切ったようだな。
今、地下施設で用意しているドローンは、撤退のための時間稼ぎか。
ちょうどその時、ワームホールからドローンが出てくるのをレーダーで確認した。
ゼロと抗戦状態になる。
さらに《水龍》《海龍》も砲撃を開始した。
ドローンが全滅するのは時間の問題だな。このまま撤退してくれるなら、それに越したことはないが……
「馬鹿者! この状況で撤退などできるか!」
「姫! 意地を張っている場合ですか!?」
「意地を張っているのではない。今は逃げたくても、逃げられんのじゃ!」
鎖鎌の鎖は風神丸に絡み付き、鎌は雷神丸を受け止めていて両者とも身動き取れない状態。
今、少しでも隙を見せた方が殺られる。
橋本晶に、戦闘中止命令を出すか?
いや、このタイミングでそんな事をしたら、彼女が負傷しかねない。
「ならば、スパイダーを自動操縦に切り替えて、姫だけ脱出してください」
「そんな事ができるのか?」
「できます。数十秒ならそれで持つでしょう。その間にミーチャ君を連れてワームホールに逃げ込むのです」
「わかった。妾はミーチャさえ取り返せたらそれでいい」
いかん! ミーチャが連れて行かれる。
「ただ、少しだけお待ちください。カルル様を回収するためのワームホールを開きます」
「仕方ない。ワームホールが開くまで、妾がこやつを押さえている」
「では姫。そのサムライ女の相手はお願いします」
そう言ってイリーナは、ミーチャを押さえつける。
「さあ、ミーチャ君。今度はカルル様の方を見てね」
「やだ! やだ!」
「言うこと聞きなさい!」
「痛い! やめて!」
次の瞬間、スパイダーのハッチが開き、マルガリータ姫が飛び出してきた。
「馬鹿者!」
司令塔上に飛び降りると同時に、イリーナの頭に肘打ちを食らわせる。
「ぐほ! 姫! 何をなさいます?」
「おまえこそ、可愛いミーチャに何をしている!? 嫌がっているではないか!」
「いえ、私はただ、ミーチャ君にワームホールを開いてもらおうと……」
「だったら、もっと優しく扱え! 痛がっているだろ!」
「いえ、私は優しくやっているつもりですが……」
「おまえが優しくやっているつもりでも、ミーチャが嫌がっているのだ!」
「しかし……」
「しかしもへったくりもない! おまえは、ミーチャにワームホールを開いてほしいだけだろ。だったら、妾から優しく頼んでやる」
「はあ。それでは……」
イリーナは、肘打ちを食らっても放さなかったミーチャを手放した。
「ミーチャ! 縛られているのだな。可哀想に。今、解いてやるぞ」
マルガリータ姫は短剣を抜いて、ミーチャを縛っていたロープを切った。
「さあ、ミーチャ。もう大丈夫だぞ。妾が来たからには」
だが、マルガリータ姫を見るミーチャの目は怯えていた。
「さあ、ミーチャ。妾と帰ろう。そうだ! その前に頼みがあったな。ミーチャや、ワームホールを開いてくれないか」
ミーチャは無言で後ずさる。その目には涙が浮かんでいた。
「どうした? ミーチャ。妾の顔を忘れたのか?」
ミーチャは無言で首を横にふる。
「そうか。では妾と一緒に宮殿に帰ろう」
「いやです」
「ミーチャ……何を言っている?」
「僕は、もうあそこには戻りません」
「何を言っている? 楽しかった宮殿での生活を忘れたのか?」
「楽しくなんか、無かった」
「え?」
「もう、嫌です!」
「ミーチャ!」
「うわああ!」
ミーチャは突然叫び声を上げ、マルガリータ姫に背を向けて駆けだした。
手すりを乗り越え飛び出す。
そのままミーチャは海面に落ちていく。
いけない! 助けないと!
橋本晶の方を見ると、ようやく無人になったスパイダーとの勝負がついたところだった。
雷神丸に一刀両断されたスパイダーの残骸が、甲板上に転がっている。
「橋本君! 戦闘は中止だ。ミーチャが海に落ちた」
「なんですって!」
「救出する! 手伝ってくれ」
「承知!」
チラッと司令塔に目を向けると、イリーナ逹はマルガリータ姫を押さえつけてワームホールへ撤収しているところだった。
「妾を放せ! ミーチャが溺れてしまう!」
主砲の方に目を向けると、海に飛び込もうとしているキラを、ミール達が止めていた。
「やめなさい! キラ! あなたまで溺れるわ!」
「放してください! ミーチャが死んでしまう!」
よし、ミール。このまま押さえていてくれ。このままだと二重遭難だ。
ここは九十九式三機で水中に入ってミーチャを探すのがいい。
しかし、闇雲に飛び込んでも、水中にいるミーチャを見つけるのは難しそうだな。
Pちゃんに連絡して、《海龍》のソナーで探してもらうことにした。
『ご主人様! 何者かが、水中から急速上昇してきます』
何?
その直後、水面を割って何者かが水中から飛び出してきた。
水しぶきが収まり、姿を現したそれは人の形をしている。
そして、その腕にはミーチャが抱き抱えられていた。
助けてくれたのか? しかし、こいつは……
クリームイエローの九十九式機動服!
死んだはずの矢部?




