人工知能ロンロン誕生(天竜過去編)
惑星へ向かった偵察隊からの報告が入ったのは、僕達が《天竜》に帰還した翌日のこと。
それは、五十年前に無人探査機が送ってきた報告と少し違っていた。
大陸の形とか地形は五十年前とほとんど変わっていない。
野生動物の分布も……
問題は、知的生命体の分布……
五十年前の報告では、この惑星に一番多いのは猫耳ヒューマノイド。次に多いのがトカゲ型異星人という事になっていた。
しかし、偵察隊の報告では、トカゲ型異星人が激減し、その代わりに地球人とそっくりな……いや、地球人が国を作っていたのだ。
間違えなく、マトリョーシカ号から降りてきたコピー人間達。
アーニャの言っていた通り、レムは宇宙条約で禁止された侵略行為を行っていたのだ。
そして、偵察隊はさらに悪い報告を送ってきた。
マトリョーシカ号から、八十機の戦闘宇宙機が発進したというのだ。
前回の倍だ。
対する《天竜》の対策は……
「嫌です」
《天竜》の一室で僕がとある申し出を断ると、楊さんは意外そうな顔をした。僕が断らないとでも思っていたのか?
「いいじゃないの。減るものじゃないし」
「減るとか減らないとか、そういう問題じゃない。だいたいなんで、僕の記憶をスキャナーで読み取る必要があるんですか?」
「なんでって、人工知能を作るには、人間の記憶をベースにするのが手っ取り早いからだが……」
「だったから、楊さんの記憶を使えばいいでしょ」
「もちろん、私の記憶をベースにした人工知能も作るが、戦闘宇宙機の人工知能は君の方がいい」
「だったら、電脳空間の僕を使えばいいじゃないですか?」
「電脳空間の君は戦闘を経験していない。前回の戦闘を生き抜いた朱雀隊、玄武隊の中で君が一番若くて優秀だった」
「でも……」
そんな事をすると、僕の記憶を加工するプログラマーに、あんな事や、こんな事を見られて……
「白龍君。電脳空間の君は良くて、今の君は嫌だという事はプリンターから出力された後で、何か人に知られて困るような事でもあったのかい?」
「そ……そんなの……ないです」
「では、《朱雀》のキャビンで、君とアーニャがキスしていた事は別に知られてもいいのだな?」
「だあああああ! なんで、知っているんですかあ!?」
「いや、キャビンの様子を見ようとしたら、君の上にアーニャが乗っかっているのが見えてな」
見られていたのか……
「あ……あれは事故です!」
「分かっている、分かっている。ラッキースケベというのだろう」
「ラッキースケベ言うなあ!」
「とにかく、今度の敵は前回の倍。急いで人工知能を作らないと迎撃が間に合わない」
「しかし……」
「有人船で迎撃に出れば、まだ犠牲者が出る。それでもいいのか?」
「それは……」……いいわけない。
僕はしぶしぶ承知した。
「ところで、楊さん。相談に乗ってもらっていいですか?」
僕がそう言ったのは医療室へ向かう途中の通路。
「ん? なんだ?」
「アーニャの気持ちですよ。キスの後、アーニャは僕に謝ったんです。なんで謝るのかなと思って?」
「それは……」
ん? 楊さんが口ごもった。どうしたのだろう?
「人にぶつかったら、謝るのが礼儀だろ」
「いや、そうだけど……そういうのとは、なんか違うような……」
「確かに最初は事故だったが、その後アーニャは白龍君から離れるどころか、しがみ付いてキスしていたな」
「そうなんです……て、そこまでじっくり見ていたんですか!?」
「アーニャは、白龍君が好きなのかもしれない」
「え? まさか?」
「なぜ、違うと思う?」
「だって、アーニャは僕より三つ年上だし、背も僕より高いし……」
「三つぐらいなんだ。私なんか、君より七歳年上だが全然オッケーだぞ」
「え!?」
「まあ、さすがに犯罪だから、今の君とは付き合えんが……」
「いや、僕が『え!?』と言ったのは七歳年上……」
は! しまった! 逃げる間もなくヘッドロックをかけられる。
「七歳年上という事に、何か疑問があるのかな?」
「いえ……ありません」
「よろしい」
ヘッドロックから解放された。
「あるいは、アーニャは死ぬ前にキスを体験したかったのかもしれない」
え? 死ぬって誰が……
「ここだけの話だぞ。アーニャは、先がないかもしれないんだ」
「どういう事ですか?」
「アーニャの乗ってきたカプセルから、放射線が検出されたのを覚えているか?」
「ええ。プルトニウムカートリッジから漏れて……」
「プルトニウムカートリッジは問題なかった。放射線漏れなど起こしていない」
「え? じゃあ、放射線はどこから?」
「あの放射線は、アーニャの身体から出ていた」
え? どういう事?
「知っているかい? 私達の身体をプリンターから出力する時、ほんの少しだけ不純物が混ざるという事を……」
もちろん知っている。
先に出力した製品に使った元素が微量に残っていて、次に出力する製品にそれが混じってしまうというのだ。
「ほとんど問題にならない量だと聞いていますが」
「水素からビスマスまでの元素ならそうだ。しかし、放射性物質……特にプルトニウムだと、微量でも命取りになりかねない」
「あ! それじゃあ、アーニャが出力されたブリンターに? なぜ?」
「マトリョーシカ号のブリンターは、ほとんどレムに抑えられていたそうだ。しかし、一つだけノーマークなプリンターがあった。アーニャ達はそのプリンターを使って自分達の身体を出力したのだ。だが、そのブリンターはプルトニウムに汚染されていた。恐らく、私達を攻撃するのに使ったグレーザー砲を出力するのに使ったのだろう」
「そんな?」
「だからこそ、そのプリンターがマークされていなかったのだろう。汚染されたブリンターを、生体を出力するのに使うはずがないと」
「アーニャは、もう助からないのですか?」
「それは分からない。《天竜》で回収した直後に、彼女の身体には除染用ナノマシンを投与した。もう、体内のプルトニウムはほとんど排出されたはずだ。ただ、排出されるまでに、身体がどれだけ蝕まれたか、これからの経過を見ないと分からない。助かるかどうか、医者は五分五分だと言っている」
「アーニャは、その事を知っているのですか?」
「もちろん、彼女は覚悟の上で汚染されたプリンターを使ったのだ。とはいっても、アーニャは出力されてからずっと不安を抱えて生きていたのだろう」
「可哀そうに……」
「もっとも、医者が言うには致死量にはギリギリ届いていないそうだ」
「え?」
「アーニャを出力する前に、アーニャの仲間十人が出力されていた。彼ら彼女らが先に出力される事によって、自らの体内に汚染物質を取り込みアーニャの取り込む量を減らして彼女を守ったようだ」
「なぜ、そこまでして……」
「もし、《天竜》の電脳空間がわけのわからない化物に乗っ取られるような事になったら、私も同じことをするだろう。誰かの一部になって生きていくなどまっぴらごめんだからな。白龍君は平気か?」
「いえ、僕だって嫌です」
「そうだろう。その時は私だって、汚染されたプリンターを使ってでも外へ逃げ出すさ。もちろん、白龍君をプリントするのは一番最後だ。先にプリンターから出る私がたっぷりプルトニウムを取り込んで、君を守ろう」
「そこまで、してもらわなくても……」
医療室に着いた時、アーニャとすれ違った。
「や……やあ……」
ぎこちなく挨拶した僕を見て、アーニャは驚いたような顔をする。
「白龍君! なぜ医療室に!?」
「え?」
「まさか! 私があんな事をしたせいで……」
あんな事? キスの事だと思うけど……キスしたぐらいで、なんで医療室に行くような事になると思うのだろう?
まさか!? この子変な病気を……いやいや、そんなはずはない!
アーニャは、絶対そんな女じゃない!
「ああ、違うから」
楊さんが間に入ってきた。
「あれから白龍君の身体は検査したけど、プルトニウムは出なかったから」
「そうでしたか」
二人とも何を言ってるんだ? アーニャの体内にプルトニウムはあったけど、それは人に移るような物じゃないし……
「それより、アーニャの方はどう?」
「私は、問題なかったようです。今のところは……」
「そう。よかった」
「それでは」
アーニャは通路の奥に消えていく。
「楊さん。今のどういう事です?」
「問題ないから、黙ってようと思っていたのだけどな」
「黙っていていい問題じゃないでしょ。プルトニウムってどういう事です? 確かに《朱雀》が帰った後、僕だけ検査されたので変だと思っていたけど……」
「聞いても、アーニャの事を嫌いにならないであげてほしい」
「どういう事です? 嫌いになるって?」
「彼女……医者から当分の間、キスはしないように止められていた」
「なぜ?」
「除染用ナノマシンは、体内の放射性物質を回収した後、尿や汗から排出されるのだけど、中には涙や唾液から出てくることもある」
「え?」
「つまり、キスをすると相手に放射性物質を移す危険があったわけだ」
「ええ!?」
だから、キスの後で謝ったのか。
「まあ《朱雀》に乗り込んだ時点では、もうほとんど除染は終わっていたけど、念のためにキスはしないように医者から言われていたわけ」
「悪気はなかったのですよね?」
「無かったと思う。少なくとも、君に移す気なんてなくて、衝動的にキスしてしまったようだ」
「いいです。それなら」
「白龍君は心が広いな。身体は小さいけど……」
僕達は医療室に入った。
スキャナーを頭に取り付けられながら、僕は念を押すように楊さんに言う。
「僕の記憶から人工知能を作るのは良いとして、それに「章 白龍」と名付けないで下さいよ。僕の記憶をベースにしたってバレバレになるし……」
「いいじゃないか。プログラマーにはどうせ分かってしまうし、プログラマー以外の人には、ラッキースケベの記憶は見られないし……」
「だーかーらー! ラッキースケベ言うなあ!」
結局、人工知能の名称は龍龍になった。
Pちゃん「なるほど。潜水艦《水龍》の制御AIは、こうしてできたわけですね」
ミール「それにしても、白龍さんは、なぜキスの記憶を見られるのを嫌がるのかしら? あたしは人前でもカイトさんにキスしますけど」
Pちゃん「そりゃあ、知られたくない人がいるからでしょ」
ミク「もう知っちゃったもんね! 白龍君の馬鹿! 浮気者! アーニャと結婚しちゃえ!」
Pちゃん「まあまあ。落ち着いて。どうせ、ミクさんとは再会できなかったわけだし、楊 美雨さんと結婚しちゃうわけだし」
ミール「結局、アーニャさんとも結ばれなかったのですね。というか楊 美雨さんは何歳年上なのでしょう?」
Pちゃん「七歳年上というのは、絶対にサバを読んでますよね」
楊 美雨「企業秘密には答えられません」
ミール、Pちゃん、ミク「「「き……企業秘密なのですか?」」」
楊 美雨「企業秘密です」




