アーニャ・マレンコフ(天竜過去編)
「@*&◆a▽m☆p〇;$\!」
女の子は意味不明の言葉を叫びながら、僕に飛びついてきた。そのまま僕の背中にしがみ付く。
これじゃあ、あの夢と同じ。やはり、予知夢だったのか? それより……
「楊さん。この子、何を言っているの?」
「さっぱり。私、英語と日本語なら分かるけど……ちょっと待って。今、翻訳ディバイスを」
楊さんがスマホのような機械を操作すると、その機械から翻訳された彼女の言葉が出てきた。
「お願い! 助けて! 奴が追ってくる」
また、奴か? 奴じゃ分からないよ。
「だから、奴って誰?」
「分からない。皆はレムと呼んでいた」
「レム? 何者?」
「分からない。でも、レムに捕まると飲み込まれてしまう」
人食いモンスターだろうか?
「とにかく、ここにはそんなバケモノはいないから安心して……ええっと、君。名前は?」
「名前?」
「君の名前だよ。ああ! こっちから名乗るのが礼儀だったね。僕は章 白龍。こちらのお姉さんが、楊 美雨。君は?」
「アーニャ……アーニャ・マレンコフ」
楊さんがアーニャの顔を覗きこんだ。
「アーニャさん。あなた、今自分がどこにいるか、分かっているの?」
「え? 分からない。目が覚めたら、機械の一杯ある部屋にいて……」
医療室か。
「奴に捕まって連れ戻されたのかと思ったけど、外へ出て見たら全然知らない宇宙船の中で……道に迷って……この部屋に隠れて……」
「そう。じゃあ、アーニャさん。あなた脱出カプセルの中にいたのだけど、その事は覚えているかしら?」
「脱出カプセル?」
「あなたは脱出カプセルで宇宙を漂っているところを、この船に救助されたの。だから、奴だかレムだか知らないけど、ここまでは来ないわよ」
「この船は?」
「この船は、台湾の宇宙船《天竜》」
「台湾? 日本の南にある国?」
「そうよ。それであなたの乗っていた宇宙船は?」
「マトリョーシカ」
「な!? 」
なんだって!? それって楊さんが言っていた、三十年前に行方不明になった船?
「マトリョーシカですって!? マトリョーシカ号は無事だったの?」
楊さんの質問に、アーニャは答えず、ただカッと目を見開いて上を上げていた。
「どうしたの? アーニャさん」
アーニャは大きく震えだした。
「楊さん。アーニャさんの様子おかしいよ。医者を呼んだ方が……」
「そうね。医務室でも、彼女を探しているはずだから……」
楊さんが上着のポケットから携帯を取り出した。
突然、アーニャがその手を掴む。
「え?」
「奴が来る!」
「大丈夫よ。アーニャさん。ここは……」
「奴は、この船を……《天竜》を狙っている! 私は、それを伝えるため、ここまで来た」
「どういう事?」
「この船は……タウ・セチに入ったのね?」
「そうよ。昨夜ヘリオポーズを越えたばかりだけど……」
「奴は、地球の船がタウ・セチに近づいている事に気が付いていた。このまま近づいたら、奴はこの船を破壊する」
「なんですって?」
「私たちの仲間は、それを阻止するためにプリンターで肉体を得た。だけど、搭載艇を奪えないうちに、仲間はどんどん殺されて、最後に残った仲間が、私をカプセルに入れて送り出した。この船に、危機を伝えるために……」
「いったい、マトリョーシカで何があったの?」
アーニャは頭を抱える。
「分からない! 私達、電脳空間で普通に暮らしていた。でも、突然、奴が現れて、みんなを飲み込んで……」
「電脳空間……飲み込む……まさか?」
「楊さん。何か分かったの?」
「人格融合かもしれない」
「人格融合?」
「昔の電脳空間では、たまにあったの。電脳空間で人格同士が融合してしまう事故が。たいていは二人か三人が融合する程度だけど、時には暴走して際限なく人格を融合していく事があるの」
「どうなるの? 人格が融合すると?」
「白龍君。多重人格という病気を知ってるかしら?」
「うん。一人の人間の中に多くの人の心ができちゃうとか……」
「まあ、そんなところね。一人の人間の脳に、何人もの人格が発生してしまう病気。これを治療することによって、脳内の複数の人格を融合していくの。これと同じことが電脳空間の中でも起きてしまうのよ」
「ええ!? 電脳空間の中で?」
「私達が使っている電脳空間の中では、何千人もの疑似人格が生活しているわね。これってコンピューターを人の脳に見立てるなら、多重人格の状態なのよ。初期の電脳空間では、この人格同士が融合してしまう事故があったの。今は安全対策が取られているから、そんな事故は起きないのだけど……」
「でも、アーニャの船では、その……人格融合が起きてしまったのでしょ?」
「まあ、本当に人格融合か分からないけど、アーニャの話を聞く限りじゃその可能性が高い。そうだとするなら、融合されて生まれた統合人格があるはずだわ。レムというのがその統合人格かもね」
「でも、アーニャはどうして助かったの?」
「融合を免れた人格もいたのでしょう。とにかく、この事はすぐに船長に伝えないと」
それからしばらくして、《天竜》の会議室では対策会議が開かれる事になった。




