海斗の死 (過去編)
ここからしばらく三人称で、香子と芽衣の過去語りになります。
(三人称視点)
「よしなさい!」
突然、腕を掴まれて香子がハッと我に返ったのは、シーバ城での一室での事。
(私は、何をしていたの?)
自分の手に握られている物を見て愕然とする。
(サバイバルナイフ? 私……こんな物をどうしようと……?)
自分の腕を掴んでいる男に視線を向けた。シーバ城宮廷魔法使いカ・ル・ダモン。
頭に猫耳がある以外、地球人とそっくりな地球外知的生命体の男は、悲しげな眼差しを香子に向けていた。
(そうだ! 私、今、これで自分の喉を突こうとしていた。この人に、止められなければ……)
香子はナイフを握る手を離した。ナイフは乾いた音を立てて床に落ちる。
「ダモンさん。手を離して下さい」
「しかし……」
「もう、大丈夫ですから」
ダモンが手を離すと、香子はテーブルに視線を向けた。
その上に一人の男が横たわっていた。
「海斗」
幼いころから、一緒に遊んでいた同い年の男の子。
幼稚園から中学までずっと一緒だった。
一緒にいるのが、当たり前だと思っていた。
その当たり前が崩れたのは、中学を卒業した年。
この年、香子は親の都合で他県へ引っ越すことになる。
会えなくなってから、香子は胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に苛まれていた。
その時になって、香子は初めて分かった。
海斗が、自分にとっていかに大切な存在だったか……
海斗に会いたい。会って話をしたい。話ができなくてもいいから、海斗の可愛い顔を眺めていたい。
せめて『SNSに今の顔写真をUPして』と頼んでも、海斗は写真を上げてくれなかった。
なせなら、海斗は自分の幼い顔にコンプレックスを持っていたからだ。
その後、本物の鹿取香子が、本物の北村海斗と再会できたのか、ここにいる鹿取香子は知らない。
なぜなら、彼女は二十二歳の時にマルチスキャナーでデータを読み取られ、電脳空間に生まれた鹿取香子のコピーだから……
その電脳空間でコピーの香子は、コピーの海斗と再会できた。
それから、二百年間、香子は海斗と電脳空間の中で過ごしていた。
正確には二百年も経過はしていない。
電脳空間の中では時間の経過速度は変えられるし、データを休眠状態にもできるし、セーブしたデータから活動再開する事もできる。
この香子が、電脳空間で過ごした時間は体感時間で三十年ほどだ。
そんなある日、香子と海斗はプリンターで出力されて二百年ぶりに生身の身体を得た。
それから五年、太陽系外地球類似惑星の上で過ごした時間は、香子と海斗にとって電脳空間での二百年よりも貴重な時間だった。
五年の間、愛を育み、そして来月には二人は結婚するはずだった。
海斗が死ななければ……
「海斗……」
香子は、海斗の亡骸に突っ伏して泣いた。号泣した。
「香子さん。ごめんなさい。私、北村さんを守れなかった」
振り向くと、桜色のロボットスーツを纏った芽衣が立っていた。
ロボットスーツの装甲には、無数の破片が刺さっている。
RPG7の至近弾によるものだ。
「芽衣ちゃん。こんな傷だらけになってまで……海斗を連れてきてくれたのね」
「香子さん」
「でも、なんでこんな事に……なんで、帝国軍が、こんな近代兵器を……?」
その時、一人の女性が部屋に駆け込んできた。
「リトル東京から返事が来たわ! 裏切り者がいたのよ」
香子と芽衣は、その女性、相模原月菜に視線を向ける。
「相模原さん……裏切り者って?」
「リトル東京から、大量のカートリッジを持ち出して帝国へ逃げた奴がいたのよ。帝国は、そのカートリッジでプリンターを動かして武器を作ったのだわ」
「誰が……そんな事を」
「カルル・エステスよ」
その名前を聞いて、香子はショックを受けた。
カルルは、海斗と友達だったはず。
なぜ、そんな事を……?
いや、香子には心当たりがあった。
五年前、香子はカルルのプロポーズを断っていた。
カルルにとって、自分をふった女が自分の友人と結婚するなんて、耐えがたい屈辱だったのかもしれない。
そんな事も考えないで、香子は海斗との婚約を周囲に吹聴して回った。
自分の軽率な行為が、カルルを裏切り走らせて、海斗を死に至らしめてしまったのだろうか?
その罪の意識から、香子は食事も喉を通らなくなってしまった。




