カマキリ男再び
岩山の頂上に登った時、二機の飛行船タイプドローンがレーダーから消えた。
落とされたか。
菊花は、まだ無事のようだ。
「Pちゃん。菊花の操縦を代わる」
『了解しました。菊花をお任せします』
ロボットスーツのバイザーに、菊花から送られてきた映像が出た。
青い空をバックに、金色に輝く糸のような物体が飛んでいる光景が目に入る。
拡大すると、それがミクの乗っているオボロだと分かった。
ミールの分身と同じように、出現消滅を繰り返している。
そのオボロを、二つの光点が追尾していた。
あれが敵のジェットドローンか。
先にこいつらだけでも、落としておこう。
「ミサイル全弾発射」
四発のミサイルが飛び出していく。
空対地ミサイルなのでドローンは当たらないが、向こうが驚いて回避運動ぐらいはするだろう。
その隙に射程距離まで肉薄して、仕留めれば……
奴ら、回避しない!?
空対地ミサイルと見破られたか?
こうなったら機銃で……ん?
通信が入った。向こうのドローンからだ。
通信機のスイッチを入れると、見覚えのある顔がバイザーに現れた。
『やっと来たな。北村』
陰険な目つきをした、カマキリの様な顔……矢納課長だ。
『お前とカルル・エステスとの戦闘データは見ているからな。お前の手口は読めていたよ』
うう……やな人だな……
『どうした? なんとか、言ってみろ。それとも、俺の顔を見忘れたか?』
いや、忘れてないけど……できれば忘却の彼方に、廃棄処分したい顔だ。
「忘れた」
忘れた事にしておこう。
『なんだと! ふざけるな!』
「ご……ごめんなさい!」
つい、条件反射で謝ってしまった。これじゃあ、芽衣ちゃん事は言えないな。
『謝ったって事は、やっぱり忘れてなかったな。俺に関わるのは面倒だから、忘れたフリをしていたのだろう』
この粘着質の性格は、相変わらずだな。
「すみません。他人の空似かと思いました」
『嘘つけ!』
「嘘じゃないですよ。だって、ここは僕らが生きていた時代から、二百年後の太陽系外地球類似惑星ですよ。こんなところで、課長と再会するなんて普通ありえないでしょ」
『だが、現実に俺は、ここにいるんだよ』
「なぜですか? ここにいるってことは、課長もあの怪しいスキャナーにデータを読み取らせたということしょ」
『ああ、そうさ。金に困ってな』
「なんでまた?」
『カルル・エステスから聞いたが、お前は生データから作られたそうだな』
「そうですが」
『ならば知るまい。お前が会社を辞めてから二年後に、俺は会社をクビになったんだよ』
「ああ、そうなんですか」
『なに、他人事みたいに言ってやがる! そうなったのは、お前のせいなんだよ』
「え? 僕の……」
そう言われてもな……この人、嫌なことがあると、すぐ他人のせいにして八つ当たりする人だから……
『おまえ、八つ当たりだと思っているだろう』
思っているも何も、その通りではないの?
『お前、会社を辞めた後、SNSに、俺の悪口を書きまくっただろ!』
ん? ああ、そう言えば、会社を辞めた直後に、SNSに書き込んだっけ。上司から『自殺しろ』と言われたとか、サービス残業強要されたとか、無理やり酒に付き合わされたとか……
まあ、酒に付き合わされた時は、課長の方が先に酔いつぶれたけど……
ちなみに、その時の酒代は課長が『俺の奢りだ!』と太っ腹な事を言っていたのだが、店を出る時に請求書を僕に渡して『これを明日会計に持って行って、適当な理由を着けて経費で落とせ』と言われた。
その他にも、煙草の煙を吹きつけられたり、わけのわからない理由で突然怒り出して延々と説教されたりとか、いろいろな事を書き込んだっけ。
まあ、傷心を癒すためにやったのだが、それを見た香子がメールを送って来たのが、この惑星に来ることになったそもそもの始まりだったな。
「別に課長の事だけを、書いたわけじゃないですよ。会社であったことを……」
『喧しい! てめえ、俺への復讐のつもりでやったんだろ』
「復讐? そんな事で復讐になんかならないでしょ。そもそも、僕のSNSなんて、誰も注目しないし……」
『お前のオリジナルが、あの後自衛隊で活躍して有名になったんだよ。そのせいでお前のSNSが注目を浴びて、会社に非難の電話やメールが殺到したんだ』
そ……そんな事があったのか?
「しかし……そんな理由で、社員を解雇できないと思いますが?」
『うるせぇ! 俺はお前のそういう屁理屈言うところが大嫌いなんだよ!』
じゃあ、どうしろって言うんだよ……
『とにかく、俺がクビになったのは、おまえのせいだ! その後、どこへ行っても俺は雇ってもらえなかった』
そりゃあそうだろう。こんな面倒くさい人……
『生活費にも事欠いたある日、報酬五十万のモニターバイトを見つけた』
それで、課長も電脳空間の住民なったのか。
まあ、金に困ったのなら、あのモニターバイトに飛びつくのは不思議じゃないな。
『だが、モニターバイトの帰りに、俺のオリジナルは死んだ』
「え? 事故か何かですか?」
『おまえのSNSを真に受けたバカが、俺を刺したんだよ。とにかく、この恨みは、ここではらさせてもらう』
「ちょっ……ちょっと待って下さい」
『なんだ?』
「僕のコピーは、この惑星で一度殺されているのですよ。それで満足してもらうわけには……」
『甘いな。俺の憎悪は、おまえを一度殺したぐらいじゃ満足しない。だが、今回はすぐには殺さない』
今回?
『前回、おまえを殺したのは俺だ』
こいつだったのか……
『だが、お前を殺しても、俺の復讐心は満たされなかった。何が足りなかったのか、しばらく考えてようやく分かった。なんだと思う?』
「さあ……」
『お前の苦しむ顔が、見られなかった事だよ』
「そんなことが……」
『だから、今回はお前をすぐには殺さない。お前の大事なものをすべて奪ってやる。殺すのはその後だ……』
「僕の……大切な物?」
『手始めに、今俺の目の前をちょろちょろと飛んでいる、小さな龍に乗っている小生意気なガキを殺してやるよ』
「な!? なぜミクを」
『生データから作られたお前は知らないだろうな。電脳空間のおまえは、あの綾小路未来というガキを、実の妹のように可愛がっていた。それを殺されたら、さぞかし辛いだろうな』
「本気で言ってるのですか? 相手は小さな子供ですよ」
『俺がやらないと思っているのか? 復讐のためなら、俺は女だろうと子供だろうと殺す』
「あんた、それでも人間か! 僕を殺すなら、まだ分かる。なんの恨みもない、それも子供を、なぜ殺せるんだ!?」
『ああ? おまえ、いつから俺に、そんなにデカい口を叩けるようになった?』
「あなたこそ。何か勘違いしていないか?」
『何を?』
「僕があんたに従っていたのは、会社という組織の中で部下と上司の関係にあったからだ。会社から出てしまえば、一対一の人間。従う義理なんかない」
『なんだと? 口の聞き方に気をつけろよ』
「そんな必要はない。会社という柵から離れれば、あんたは、ただのクズ野郎だ!」
うわ! 言っちゃったよ。今まで、怖くて言えなかった事を本人に向かって……
しかし、今の僕には、こいつを恐れる理由なんか何もなかったんだな。
『ふふふふふ』
な……なんだ? この不気味な笑いは?
『今言った事を、後悔させてやるぜ。たっぷりとな』
は! レーダーを見るとドローンが今にもミクに追いつきそうになっている。
させるか!
菊花最大加速! 体当たりしてでも、止める。
矢那課長の容姿を表現するために用いましたが、私はカマキリは嫌いではありません。




