そんな目で僕を睨むな!
「それじゃあ、私、屋台があるから帰るね。夜になったら店来てね」
そう言って、レイホーは駆け去って行った。
「ご主人様。母船から通信です」
Pちゃんがそう言ったのは、先ほど服を買った店の前まで来た時のこと。
「丁度いい。そこのカフェに入って交信しよう」
こんな人通りの多いところで、プロジェクションマッピングを使うわけにいかない。
ウェアラブル通信機も、立ち止まって使っていては通行の邪魔。
カフェの中なら邪魔にならないだろう。
ミールも入りたがっていたし、ミクも朝食まだだから、ちょうどいいだろう。
しかし、携帯禁止の店じゃないだろうな?
いやいや、地球じゃないのだから携帯そのものがないんだった。
とりあえず、メニューを……なんだこりゃ? 翻訳ディバイスには『翻訳不能』のメッセージが……
文字は南方ナーモ語のようだが……『意味だけなら翻訳可能。ただし、テータにある飲食物名と一致するものがありません』
こりゃあ、あまり一般的ではないオリジナルメニューだな。
何も知らない人が『白い恋人』と聞いても、それが北海道土産のチョコレート菓子だなんて分からない。それと同じことなんだろう。
「ミール。このメニュー見て、どんな物が出てくるか分かる?」
「え? ああ、もちろん分かりますよ」
「悪いけど、翻訳ディバイスが翻訳できないんだ。何か適当に冷たい飲み物を頼んでおいてくれないかな」
「いいですよ」
「それと、ミクに食事を。まだ朝ご飯食べてないし」
「はーい。カイトさん。飲み物ですけど、甘いのと、酸っぱいのと、苦いのとどれがいいですか?」
「じゃあ、甘いので」
「ミールさん。くれぐれもアルコール入りは避けて下さい」
どうせ、今日は運転しないんだから少しぐらい……まさか?
「Pちゃん。ひょっとして、僕に酒を飲ませないように命令されているのか?」
「はい。ご主人様が飲み過ぎないように行動するよう、プログラムされています」
芽衣ちゃん。余計なことを……
「お客様。何になさいます?」
ウエイトレスが注文を取りに来た。
対応はミールに任せて、僕は通信機を袖から外してテーブルの上に置く。
「Pちゃん。データを送って」
「はい」
Pちゃんのアンテナがピコピコと動いた。
通信機のディスプレイに電脳空間のミクが映る。
『お兄ちゃん。あたしのコピーは見つかった?』
「ああ、見つかった。やはり、誘拐されていたよ」
『やっぱりね。美少女は辛いわ』
あまり辛そうな顔していないな。
「今、途中のカフェで食事をしているところだ」
『そう。宿に戻ったら、慰めてあげてね』
「いや。お仕置きを、検討している」
『ええ!! やめてよ! 可哀そう!』
「今回は許す。ところで、そっちから通信の呼びかけがあったのだが」
『そうそう。今、代わるね。芽衣ちゃん。お兄ちゃん出たよ』
芽衣ちゃん?
大きなメガネの女の子がミクと代わった。
『お……おはようございます。北村さん』
そろそろ昼だけどな……
「おはよう」
『船長からの通達がありまして……それで私が……あ! 生データの北村さんは、私の事知りませんよね。私は……』
「ああ! 自己紹介はいいよ! 芽衣ちゃん」
『私の事、ご存じでした?』
「ブレインレターで見たから。それにPちゃん……P0371に君が託したメッセージも見たから」
『ええ!? あのメッセージ見ちゃいました! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!』
しまった! メッセージを見た事は、黙っていればよかった。
芽衣ちゃんの謝罪が延々と続いた。
「芽衣ちゃん。怒ってないから」
『本当に怒っていませんか?』
「怒ってないから……本題に入って。船長からの通達って?」
『実は、リトル東京ではカルル・エステスさんのコピーの他に、内通者が何人かいまして……そのリストを送りますので確認してください』
ディスプレイに人名と顔写真、職種などの一覧が表示された。
それぞれの左端に『内偵中』『逃亡』『捕縛』『死亡』と表示されている。
『昨夜の通信の後、捕縛中の人の脳内をスキャンしたところ、ブレインレターによる洗脳が確認されました』
「そうか。念のために聞くけど、洗脳された人を元に戻すことは……」
芽衣ちゃんは悲しげな顔で首を横に振る。
『無理です』
「そうか」
『ここまで文明が退化した帝国が、まさかブレインレターを使っていたなんて、誰も予想していませんでした。残念ですが、被害者は一生拘束するしかありません』
むごい運命だ……
『そのリストに『逃亡中』と書いてある人が四人いますね』
「ああ、いるね」
『その四人が逃亡したのは二ヶ月ほど前です』
二か月前? それって、僕のシャトルが落とされた時……
『四人はヘリコプターとカートリッジと戦闘用ドローンを盗み出して行きました。今はどこにいるか分かりませんが、北村さんを狙っている可能性があります。くれぐれも気を付けて下さい』
「分かった。もしかして、僕のシャトルを落としたドローンは、こいつらが持ち出したのか?」
『そうです』
そうか。カルルの他にドローンを操作していたのは、こいつらだったのか。
『それと、この写真を見て下さい』
衛星軌道からの映像が表示された。
映像が拡大されていく。
砂漠に不時着したヘリコプターが映っていた。
「これは?」
『シーバ城を脱出した香子さんのヘリです。恐らく燃料が無くなって不時着したのだと思いますが、拡大してみると銃撃をかなり受けていたようです。もちろん、帝国軍のフリントロック銃では、装甲を貫通される事はありません。しかし、極超短波用のアンテナが破壊されていたのです。香子さんが母船と連絡を取れなくなったのは、このためだったのです。だから、香子さんは生きているはずです。探して下さい』
「分かった。もちろん、僕はそのためにカルカに来たんだ」
『よかった。それと、私のコピーも一緒にいるはずなので、ついででいいですから探して下さい』
「分かった」
『できれば、急いでほしいのです』
「どうして?」
『これを見て下さい』
別の衛星写真だ。
砂漠の中を一本の川が流れている。
川の周囲だけが緑に染まっていた。
写真の一か所に×印。
『この場所に、帝国軍が駐屯しているのです。規模は二個中隊ほどですが』
そんな大軍ではなかったんだな。
『このあたりで、何かを探しているらしいのです。もし香子さんが奴らに見つかったら……』
「分かった。明日にでも出発する。それと、僕からも聞きたいのだけど、《天竜》の捜索状況はどうなっているの?」
『《天竜》ですか。懐かしいですね。あの、交流会。嫌々ながら、出席したのですけど、カーテンの裏に隠れていたら、北村さんの来てくれて……ちょっと嬉しかったかな』
「思い出話はいいから、《天竜》の消息は?」
『すみません。《天竜》の事は、星系中にプロープをばらまいたのですが、発見できませんでした。でも、香子さんが最後の通信で『《天竜》を見つけた!』と言っていたのです。ですが、詳しい話を聞く前に……』
やはりそうか。
「これを見てほしい」
レイホーに、もらったメモをカメラの前にかざした。
『それは? 繁体字!』
「ナーモ族に聞いたのだが、帝国に滅ぼされたカルカの国に地球人がいたらしい。そこから逃れてきたと思われる人と会って、このメモをもらったんだ」
『それじゃあ、《天竜》の人たちは生きていたのですか?』
「ああ。今夜、その人と会う事になっているから、その時に詳しい事を聞いてみるよ」
『分かりました。よろしくお願いします』
だけど、その夜、店を訪ねてみると、レイホーの姿はなかった。
「北村海斗様ですね。お待ちしておりました」
僕らを出迎えたのは、ナーモ族の店員。
「まことに申し訳ないのですが、お嬢様と店長は急用ができまして」
「急用?」
「何でも、病気で臥せっていた旦那様の様態が急変しまして」
「それはお気の毒に……この店には他に地球人は?」
「地球人の店員もいたのですが、みんな旦那様のお見舞いに行きまして……」
「いつ帰ってくるかは……分からないでしょうね」
「ええ……明日になればお嬢様だけでも帰ってくるかもしれませんが……」
さて、どうしたものか?
「ご主人様。明日には旧カルカ国に出発する予定ですが、どうします? 延期されますか?」
「いや、予定通り出発する。砂漠にいる帝国軍の動きも気がかりだし」
「分かりました。では、今夜は明日に備えてお酒は抜きですね」
「ああ! やっぱり、もう一日伸ばそうかな」
「ご主人様」「カイトさん」「お兄ちゃん」
はいはい……酒は我慢します。だからPちゃんも、ミールも、ミクも、キラもそんな目で僕を睨むな!
(第七章 終了)




