酒場2
「ミール! いつから、そこに?」
振り向くと、ミールだけではなかった。
背後のテーブル席にPちゃんと、キラやミクまでいた。
さっき見回した時には、気が付かなかったけど……
「ご主人様がグラスを手に取って周囲を見回している時に、丁度私たちは店に入ってきたのです」
気が付かなかった。
「後を尾つけてきたのか?」
「お兄ちゃんとおじさんが、こっそり宿を抜け出すのを見かけたら、赤目に尾けさせたんだよ」
ミクは、まったく悪びれる様子がない。
「私は一応止めた。こんな悪趣味な事はよくないと……だ……だからダモン様。私にだけは怒りを向けないでくれ……いや、下さい」
キラも、そんなに怖いなら、付き合わなきゃいいのに……
「私はただ、ご主人様が良からぬ店に連れ込まれるのでは無いかと心配になっただけです。そしたら、案の定」
「ちょっと待て! Pちゃん、案の定ってなんだ? この店は良からぬ店じゃないだろ」
「お酒を飲ませる良からぬ店です」
Pちゃんの中では、飲酒=良からぬ行為ということか。
「それとも、良からぬ店と聞いて、ご主人様は他の種類の店を想像されたのですか?」
「え? いや? その……」
「例えば、ご主人様が地球にいたころに、ブラック上司に連れて行かれた、歌舞伎町の……」
「知らん! 行ってない! 歌舞伎町なんて、行った事もない!」
「お忘れですか? 私のメモリーには、ご主人様の生データが入っているのですよ」
「ぐぐ」
そうだった。こいつには嘘は通じない。
会社の飲み会の後、矢納課長に無理やり引きずられて入った歌舞伎町の店の事も知っているんだ。
翌日会社では、なぜかその事が知れ渡っていて、女子社員の態度がその日を境に冷たくなった。
いや、なぜかもへったくれもあるか。
今にして思えば、矢納課長がラインか何かを使って拡散したに違いない。
思い出したくない過去だ。
「お兄ちゃん。歌舞伎町って、行っちゃいけないところなの? あたし、友達と行った事あるけど」
「なにい!? いけません! 子供がそんな、いかがわしい町……」
「イカじゃないよ。ゴジラを見に行ったんだよ」
そ……そういえば、そういうスポットもあったな……
「カイトさん」
ミールが僕の隣席に着いた。
「会いに行きましょう。その女に」
「え?」
「あたし、なんとなく気が付いていました。カイトさんの心の中に、他の女がいるなって。最初はPちゃんかと思っていたけど、動くお人形さんに過ぎないPちゃんのはずはありません」
「ミールさん。何度も言いますが、私は人形ではありません。アンドロイドです」
Pちゃんの抗議をスルーしてミールは続ける。
「カイトさんの中にいるのは、二百年前の思い人。実体のない相手では、どうにもできないと思っていました。しかし、実体があるなら、あたしも会ってみたいです」
「え? でも……」
会ってどうする気だ?
「あたし、カイトさんが好きです。でも、カイトさんに他に好きな人がいるなら諦めるつもりでした。だけど、その女が実体のない、思い出の女では納得いきません」
「そういう事なら……でも、ミール。会っても喧嘩はしないでくれよ」
「それは、約束できません」
「う……」
「そうだよ。お兄ちゃん。女の戦いに男は口出し無用だよ」
横からミクが口を挟む。
「もちろん、男の戦いにも女は口出し無用だよ。だから、お兄ちゃんがあたしを巡って他の男と戦う事になっても、あたしは口を出さないから」
いや、争わないから……少なくともミクを巡っては……
「ちょっと! なんで、みんなで白けているのよ!」
「ミクさん、あなたと付き合ったら、ご主人様が犯罪者になってしまいますよ」
「それ以前に、その平たい胸で、どうやってカイトさんの心を射止める気ですか?」
「ふん! 胸なんて、すぐ大きくなるもんねえ!」
頭痛が痛い……
突如響き渡った蹄の音と馬の嘶きで、女子たちの嬌声はかき消された。
音は生垣の向こうから。
そこには、道路があるはず。
誰かが馬で乗りつけてきたようだが、この惑星で馬に乗るのは帝国人だけ。
「おお! ここだ! ここだ!」
生垣の向こうから聞こえた声は案の定、帝国語。
ただ少し、なまっている。
口調からして、荒くれ男のようだ。
「お頭かしら! いますか?」
さっきから離れた席で、一人酒をチビチビやって髭面のおっさんがそれに答える。
「おお! いるぞ! 入ってこい」
どうやら、この店で待ち合わせていたらしい。
ほどなくして、いかにもチンピラ風の男たちが店に入ってくる。
鎧は着けていないが、全員腰に剣を帯びていた。
一人だけ、怪我をしているのか足取りのおぼつかない男がいる。
怪我人のようだ。頭には包帯を巻いている。




