水牢の花嫁
実り豊かな大地が広がる。ムーリア大陸に広がる平原と、大地を潤す大河の恵み。
これは私ども一族が代々守ってきた豊穣の神の系譜たる証。なんのことはない、運命神リーアによって、そうあるべき力を授かり、伝え、守ってきたに過ぎない。
そうあるように創られた力というのは、この世界の定理においては絶対で常人よりも当然強い。私の一族はその力を持って恵みの大地一帯を管理し守護していくうちに王となった。
私の名はバアル・ト・ゼフォン・ナ・ド・リアだ。家名は代を重ねる内に長くなったようだがバアル、もしくはバアルトと呼ばれている。
私は水と大地そして風を操つる魔法が得意だ。これも王家に連なる由縁であろう。恵みの大地と、私の魔法能力とは相性が良い。
おそらく歴代の王家のものの中においても、私の恵みをもたらす力は突出していた。豊穣の神、繁栄をもたらすもの、その二つ名は、【神恵の広場】【黄金の郷】という二つのダンジョンを誕生させたことでついた異名だ。
有り余る恵みの力は、魔力の暴走を招くこともある。しかし、わたしはそれを唯一制御してみせた最初の王族だったのやもしれない。
飢える心配のない繁栄を約束された地には今まで以上に人々が集まった。隣国とは豊富な食糧と資源の取り引きを行うことで、友好を保ち共に繁栄していった。
我が国を筆頭に、友好の地は西はペルバスト国、南は夜魔の王国やヘルモポリス、東はナホビア魔導国があった。唯一互いに競い合っていたヌヴィウム国はあったものの、私と彼女の婚姻が決まり、懸念される事がなくなった。
しかし憂いがなくなった瞬間に我が地を狙って邪竜が大地を穿った。七つ頭の邪竜と呼ばれる魔物が豊富な魔力と実りを食い荒らそうとした。
私と、兄のモート、婚約者であるティフェネト、姉のアナートと妹アスタルトでこれを迎え討つ。大地の裂け目から、奪うためだけにやって来た邪竜を倒すことは出来たが、被害は大きかった。
玉座に就いたばかりの兄は、約束された繁栄をもたらすものではないとされ失脚した。正統ではない王を立てたから罰があたったのだと、馬鹿なことを言い出すものが跡を絶たなかった。
初めはたんについてないだけだと思ったが、声の大きくなるにつれて、私を玉座に就けるための画策だと気がついた。
兄は怒りを顕に私を罵り国を去っていった。裏で手を引いたのが私だと思ったようだ。しかし、それは違う。兄は魔法の力もあったし、私よりも政務に励み国を富まして来たからだ。
なるべくして王になり、私達弟妹は兄を尊敬していたし、支えてゆくつもりだった。
何かが私たちの国を動かしている。それを調べる為に、アスタルトが国内の調査に乗り出したが、行方が知れなくなった。彼女はフィルナス世界で起きた災禍から逃れた神々のおぞましき帰属計画を知ってしまったのだ。
かくいう私も、秘かに行われていた異界の勇者召喚で呼ばれたもの達と対峙し敗れ囚われの身になって、初めてそれを知らされた。
悪しきものの計画は、他の神々と違いこの世界の破滅だった。美しい妹のアスタルトが異界の勇者達の強力な邪法で悪しき邪龍の頭を複数持つ姿に変えられダンジョンの奥底へと封印された。
激しい怒りと、膨大な魔力はフィルナス世界を侵食して大量の魔物を生み出す魔の巣窟に変わる。
探検と冒険を愛し、自由を好むフィナヌス神の信条を逆手に取ったまさに悪意ある所業だった。
フィルナス世界のダンジョンが複雑になり、暴走し始めたのはこれらが理由だったのだ。
私もまたそうした化け物にされる所だったが、拘束を解き異界の勇者との死闘になった。私の膨大な魔力により繁栄を約されたはずの大地はその半分以上が恵みの水の中に沈んだ。
婚約者のティフェネトの国も巻き込んでしまったが彼女は生きてさえいればいいと笑いそうだ。
気がかりはティフェネトの他に、国を去っていった兄ともう一人の妹のアナト、そして封印されたアスタルトだったが、私もこれまでのようだ。
異界の勇者達と相討ちとなり、私はティフェネトに渡すはずの花嫁衣装に呪いをかけられ、嘲笑と共に魔物にされたのだ。異界の勇者達を全滅させた事で、私への対処は厳重だった。
最後に聞いた絶望は、突如として湧いた蠍人の襲撃で友好国のペルバストが滅んだ事、この悪しきものを誘導し私達を罠へ嵌めたのが姉のアナートとナホビア魔導国だと知らされた事だろう。
私の怒りを誘い、完全に魔物化させる算段だったようだ。あぁ、ティフェネトよ、きっと今頃アナートと行動し私を捜しているのだろうが、どうか企みに気づき無事に逃げてほしい。
◆◆◆
若い冒険者達が、私を解放しに来た。いや、若者よ、照れて帰ろうとしないでくれ。この恰好は、不甲斐ない私自身の戒めでもあるのだよ。
レガトという少年、レーナという少年の母は私の想像以上の化け物だった。彼らなら、私達の無念を晴らし救ってくれると思ったのだ。
そして私の想像したように悪しきものは滅んだ。しぶとく残滓が逃げていったがレガトもレーナもとことんやってくれる気だった。ありがたい話しだ。
私が魔物化されている間に世界は大きく変動していた。レガト達のおかげでティフェネトとは再開出来たが、アスタルトはわからないままだ。
それに······アナートの真意を私は知らないまま封印された。あれほど私を慕い背中を預けて戦った事もあるのに、裏切ったのだろうか。
あまりにも時が経ちすぎているが、レーナが時を遡る魔法を開発していた。すでに起きた事象は、もう戻らないが生きてある内に聞ける事もあるかもしれない。
ただし、いまはまだこの時代の変遷を落ち着かせることに助力するように言われた。力あるもの程、逃げ込む先を、世界をいくつも用意しているもので、確実に一つ一つ潰す為に私と共に戦力を送りこみたいのだそうだ。
レガトとレーナには恩義がある。だから私は大人しく従う。おそらく二人は今の主たるカルジアに力をつけさせ、私達の軍団ごと送りこみたいのだと推測している。願ってもない事だ。
それまではアワアワする主を支えて力をつける事に専念しようと思う。
水牢の花嫁 バアルトの物語は、一話のみのお話しとなります。
逃げた神々と迎撃魔王の第二部の後に、女商人リエラのように外伝で物語を展開予定です。
世界の神話が構築されていく様が、バアルトの物語を通して少しでも描き感じられたらと思います。
【錬生術師、星を造る】第三章に入りました。、【逃げた神々と迎撃魔王】第二部を開始するにあたり、この【逃げた神々と迎撃魔王】は、しばらくおまけの番外編の更新は止まると思います。(誤字脱字チェックは続けます)
※ 2023年9月29日
【逃げた神々と迎撃魔王】 第二部の連載を新規で投稿開始しました。【錬生術師、星を造る】 も完結し、二つの作品の世界を引き継ぐ物語になります。
主人公はレガト、裏で色々と動いて回るのがレーナなのは同じです。シャリアーナの物語はこちらではなく、新連載の冒頭に持っていってます。
新たな作品の応接も引き続きよろしくお願いします。
※ 2023年10月20日、妹アナト→姉アナートに修正しました。
※ 2023年10月31日、ブバスティス→ペルバストに変更。ヘルモポリス追記。
※ 2025年07月08日 公式企画夏のホラーにて、短期番外編連載版として「水牢の花嫁 〜 霧の魔海の幽霊船に囚われていたのは 〜 」を掲載しました。




