不死者殺しへの道 ⑨
教団の隠し活動拠点を見つけたので、私は一旦テンベクトへ戻った。ベルク商会に頼んで公爵夫人から増援を頼む間、異界人との戦いで疲弊した身体を休ませる。
蘇生されたと言っても生々しい痛みや、死への恐怖はあるのよ。ただ、私は自分から戦いを降りるわけにはいかない。
『異界の勇者』達との話しで、中央貴族や教団の動きがなんだか怪しいのが見えつつある。
レーナがいれば、もう少し何か掴めたかもしれないけれど、私には難しいようね。せめて情報だけでも持ち帰ってやりたい。
公爵夫人からの支援が届くまで、私はダンジョンへ向かい腕を磨いた。
これは私が冒険者として活動するために、出かけてる姿を見せている役目も果たす。
本命はテキルト山の教団の隠しアジト。いえ、たぶんだけど、テキルト山を得体の知れない神の住まう山と言いはじめて神聖化をしてるみたいね。
なんとなく帝国に漂う、きな臭い空気の原因を見た感じがする。私はいつでも行動して潰せるように、教団の動きを探り続けた。
こうしている間に、囚われた人々がどうなっているのかを目の当たりにした事もあった。
何度吐いた事だろう。私は為政者でもないから、急襲して彼ら彼女らだけでも救い出して、このちっぽけな正義感を満足させることは出来た。ムカつくからぶん殴る、ただそれだけで済めばどんなに楽な事か。
冒険者ってそういう意味では天職なのね。公爵夫人には悪いけど、この件が済んだらロドスに戻って、ダンジョンにでも籠るか、レーナに会いに行って癒やしてもらおう。
ガウツさんの手がかりについて、話したい事も出来たからね。
レーナからもらった力は教団の拠点一つ潰すくらい強力なのに、今それをやると教団はより深く闇へ逃げ込んでしまう。私は彼らが拠点としている建物や、地下堂のようなものを調べて地図を作製する。
増援は正直に言って期待はしてない。助け出した人々を保護してもらう為に呼んだだけだから、その後どう面倒を見ていくのかは全部公爵夫人に任せるつもりだもの。
夫人が支援を整え終えるまでに、把握出来た施設は十以上もあった。街へ次々と拐われた人がやって来れば、教団にバレて動きを伝えられてしまう。
虜となった人々より、私は教団の信徒の流れを探っておいた。
食糧の配給など、世話役の者達は順番に施設を回り狼藉者はこの日この場所というのは決まっていない。強いていうなら捉まって近い日にめぼしい獲物を物色しに来るようだ。こいつらは、街に戻る途中で始末しておいたわ。
研究者達は、日程や人数など詳細が決まっているから動きは掴みやすかった。魔法の儀式のためか研究だけではなく、ナホビアの魔導師達との作業もある。
一番人々が無為な殺され方をするのが、この儀式に捧げられる瞬間だ。人数を集め、準備を整えるのには時間がかかるのは幸いなのか。いや、捉えられてる時点で不幸でしかないか。
公爵夫人の援軍の冒険者達が到着すると、私は計画書と地図を見せてすぐに作戦を実行に移した。冒険者達は捉えられた人々の保護と誘導だけと聞いて不満の声をあげた。
「ささいなな誇りと利益の為に、わたしが我慢し続けた数ヶ月を無駄にするつもりなら今すぐ斬る!」
私は怒りを抑え続けた。自分は為政者でもない、などと誤魔化して何人の人が無力に足掻きながら死んでゆく様を見させられたと思ってるのよ。
執務室でのうのうと救える生命の選択をしているうちは、まだ余裕があるんだと現場でその選択の結界を見続け思い知らされたわよ。
冒険者が利益に動くのは当たり前だ。でも、私だって冒険者だ。私の足を引っ張るような連中はいらない。
私の怒りを理解したのか、冒険者は大人しく従うことを約束した。不満はあるだろうけど、この数ヶ月の間、気が狂いそうなくらい耐えてきたのだから余計なことはしないでほしい。
「納得いかないなら、この作戦が成功した後で、名声も富も全部持っていきなさい」
だから、一度きりの機会を無駄にしないように真剣に動いてほしい。
助け出せたとしても、行くあてが見つかるまでは、公爵夫人やベルク商会、そして貴方がた冒険者が頼りなのだから。
救護の順番は、教団の信徒がやってくる確率の低い順にルートを選定した。まずは私が潜入して教団関係者を排除しておく。
集められた冒険者は、その後で人々を連れ出す役と、ベルク商会が用意した輸送用の馬車と船まで護衛につくものと、そこから帝都の公爵邸まで連れて行くものに分かれる。
護送役はすでに別の場所に食糧や水や生活用の雑貨を用意して待機している。準備万端とは言い難いけど、支援はある程度整っているようで安心して後を任せられる。
さあ、やりたい放題やってくれたお返しの時間よ。私は弾かれたように突撃して、教団関係者を始末していく。
中には何も知らず、世話役を任されただけのものもいるかもしれない。でも、拐われた人々だという認識はどこかで知る機会があったはずだ。
助け出す力がなくても、関わりを放棄することも出来た。後ろめたいかも
しれないけど、それでも罪深い仕事をし続けなくて済んだ。
私にはもうためらう気はないから。
そこにいた不運を呪うなら呪いなさい。私が全部斬り捨てて浄化してあげるわ。
施設に囚われた人々の多くは助け出せた。全ての施設を把握していないかもしれないけれど、十数か所の拠点を一斉に失えば結構な打撃になるはず。
そして、もう一つ私には仕事が残されていた。拠点を襲撃したなかで聞いた『亡者の迷宮』についての概要だ。彼らが聖地化しようとしているテキルト山には、実験場に使われているダンジョンがあって不死者で溢れかえっているというのだ。
なんというか、この帝国ってそんな所ばっかりね。大勢の人々で溢れかえって活気に満ちた大都市の陰で、一つの都市を埋め尽くすほどの亡者の群れが溢れている。
そうした現状は、人々を救うと謳う聖教と、施政者の一部が作り出しているのだから、始末に負えない。
現段階では目的が見えない。早くレーナに会いたい。
公爵夫人は頭の良い人で頼り甲斐もある人だと思う。でも、いまここで不死者の巣を浄化している時に浮かぶのはレーナの顔だった。
なんで、あの娘は私に浄化の力、それも大聖者級の能力を特に強化してわたしたのか。
哀れな不死者達はダンジョンが生んだ魔物ではなく、その大半が実験や召喚の儀式に使われた人々の成れの果てだった。
生者を憎み襲って来ても、貴方達の魂が救われることはないの。だから私の浄化の光で終わらせてあげる。
いつか、そのツケを支払うべき相手を見出し、貴方達にかわって晴らすことを誓うわ。
『亡者の迷宮』に巣食う不死者は私の浄化の光にのまれ消えていった。
迷宮の奥深くには研究室らしき部屋に教団の信徒達が何人かいた。
どうやら拐った人々を使って儀式を行う場所の一つだったようで、檻の中には数人の子供たちと、もう一つの部屋にどこかで見たことのあるような祭壇があった。
探ったときにはわからなかったけれど地上から直接来られるルートが存在していたみたいね。
問答無用で信徒達と研究者を仕留める。こいつらはならず者と違い諦観すると、他者を巻き込んで自害する。最期まで迷惑極まりない輩だ。
だから情報は諦め効率重視で叩いた。
助け出した子供達から感謝されたけれど、私にはそれを受ける資格はないのよ。ここに至るまで、私はあなた達の家族や友達を見殺しにしているから。
私が来なければ、この子たちも生贄として捧げられていたとしても、私は殲滅を確実にする事を選んだのだから。
この時に助け出した少女達とロドスで再開した時、彼女達は変わらない尊敬の眼差しと気持ちをぶつけて来てくれた。
どうしてもっと早く助けてくれなかったのかとか、助けられなかった人たちもいる事を責めて来なかった。
彼女達はただ助けられた事だけを感謝してくれたおかげで、私も救われた気がした。




