脳筋男の憂鬱 ⑥
俺は久しぶりに何も考えずに暴れた。暴れさせてもらった。療養でなまり過ぎた身体を元に戻すために、パーティーリーダーのレガトと、直接の主、シャリアーナ様にお願いをして自由に戦わせてもらったのだ。
身体を早く元の水準に戻さないと、肝心な時に遅れが出るからな。
脳筋って言われてるのは知ってる。シャリアーナ様を守る事に集中するなら、それくらいがいいと俺は思っている。
余計な事を考え過ぎて出遅れるくらいなら、何も考えずに身体を張る。
他ならぬシャリアーナ様なら、その一瞬の時間をうまく使ってくれる。俺の忠義はきっと他のものには理解されない。生きて守り続けてこそ護衛だろうから。
だけど大型の絶望的な魔物を前にした時、そんな甘ったるい都合など強敵は考えちゃくれないってわかった。
躊躇っていては、大事なものは一瞬で奪われる。
普段は指揮を取ることを中心に戦うレガトが、『龍帝の旗』を相手に、俺と同じ考えを示してみせてくれた。
どこかまだ俺の方がレガトという男を、信じきっていなかったのかもしれない。
共に死地を乗り越えてきたからと言っても、シャリアーナ様の信用を得られれば一生安泰だろうから。
だがレガトは真っ先に、シャリアーナ様を守る布陣を敷いた。金級冒険者三人相手に俺達を下げれば、死ぬのは自分だとわかっているだろうに。
事実、レガトは喉を切り裂かれて死んだ。いや死んだはずだったのだが、魔法の道具で死なずに済んだ。
だけど死の覚悟は本物で、自分でも魔法の道具の事など忘れていたようだった。
援軍により、ラグーンでの戦いは終わった。俺は改めて、レガトに詫びた。レガトは困惑していたが、俺の心のけじめだと言うと不器用だからな、と納得してくれた。
俺の中ではシャリアーナ様が第一なのはこの先もずっと変わらないが、仲間達にもこの身体を張ってゆこうと思った。シャリアーナ様にもそれを伝えると、今更なにをと笑われた。
そしてシャリアーナ様自身がいようといまいと、自分自身の生命をかける時も場所も自分で感じるままに動きなさいと言ってくれた。
それはシャリアーナ様が仲間のために生命をかける行為と同じだから、とも言ってくれた。
公爵様が渋面を浮かべる姿が見えるようなくらいに、シャリアーナ様の立場は躍進した。
箔をつけて優位な立ち位置で公爵家のために利用しようと可愛がり、わがままも許してきた。
実際は期待していないその第三公女が、新皇帝の皇女となるなんて考えてもみなかったはずだ。
期待しているのなら、護衛騎士は俺より相応しいのは沢山いたし、イルミアだって侍女に選ばれはしなかった。
専属の従者がたった二人しかいない時点で、察せられると言うものだ。
名ばかりの皇女でもない証に、皇帝が遷都した後の旧都インベキアの都を所領とすることが決まると、家の格はシャリアーナ様の方が上になる。ご兄弟の辺境伯様や、ロドスのギルドマスターより当然立場は上になる。
父娘仲は悪くないので争いにはならないが、事態の進展の早さには肝が冷えたと思う。
俺だってシャリアーナ様が女帝になる可能性を示唆されて、ただでさえないと言われる脳が本当に筋肉痛で止まったかのようだったからな。
ラグーン辺境伯の四男のラクトスなど、シャリアーナ様の従者に加えられたばかりで目を白黒させていた。
シャリアーナ様の凄いのは、そこまでの権力基盤を手に入れたのに、まだ冒険者としてレガト達と共に行くところだ。
一緒に行きたいと思うけれど、立場が重くなれば行けなくなるものだ。
なによりレガト達の冒険はしょっちゅう死にかける。冗談じゃないのは、本当に死んでいる事実が示している。
昔と違って今は名声も立場も手に入れたのだから、無理する必要なんかまったくないのだ。
俺の主は才女と呼ばれているけれど、俺以上に脳筋なのかもしれない。
そしてそんな主だからこそ、俺もイルミアも一生ついてゆくのだと思った。
教団を滅ぼした後も、旧都の政務は仲間になった皇妹に押し付け、ラグーンの新開拓地に注力する始末だ。
俺達の仲間の金級冒険者アリルさんへの思いが強くて、現皇帝はいまだに正妃や側室とうまくいっていないため、皇妹やシャリアーナ様が次代の皇帝になり得る状況になっていた。
はっきりいって俺もさすがに震えている。
シャリアーナ様への忠義は変わらないけれど、忠義を捧げた相手が出世しすぎるのも考えものだと。
途中から巻き込まれて従者となったラクトスも考えは似たようなもので、互いに顔を合わせると深くため息をつくのだった。
本編は既に完結済みです。
おまけの番外編は不定期で今後も追記予定ですが、基本は登場人物の別視点や、過去回想ものになるかと思います。
世界観を同じにした錬金術師の少女の物語は【錬生師、星を造る】として連載中です。
そして肝心の本作品の続編ですが別作品として公開する予定です。




