『混沌の魔王』の誕生
ファウダーの話しをどこまで信じるかは別としてあとで検討が必要だ。逃げ出したオリンという名の神は、集めて奪った魂の力を自らの世界へ還元する事はなかった。
長年奪い続けた力があれば、あちらの世界はもっと豊かになっていたはずなのに。
オリンという偽神が、何を考えているのか僕にはわからない。結局今ある彼女の世界は自分だけで築いた世界ではないことに、オリン自身が納得していないのだろう。
ファウダーは集めた魂の力を聖杯に注ぐのを止めいた。もっとこの地から安定して力を得るためと称して、神殿を築いた。母さんが回収した魂の器は、確かに魂の力が溜まったままだったらしい。
この宮殿に魔力が異様に集まっているのも、神殿による魔法陣が結界を築き、大陸ダンジョンで唯一魔力を生み出す場につくり直されていた。
「神は奪った力を得た事で神としての格が上がりました。あちらでは、それなりの知名度を得て存在力を高めています。もしこのまま力を奪い続けていたのなら、こちらに再び乗り込んで来て直接力を奪い尽くしていたと思います」
うん、多分その神という輩の行動を聞く限り、傲慢な貴族そのものな姿が容易に想像がつく。
神が自らの世界で力を得たとしても、繋がりのないこの世界に影響力を持つにはまだ存在感が薄い。
僕達だって、教団の事を知ったのは帝都での騒動があったからだ。
彼らが信奉する神の名を知ったのはファウダーがその名を語ったからで、この世界の大半の人は教団が、異界の神を崇めている事すら知らないのだ。
そう考えてみると、このファウダーという名の少女は、オリンの意向を受けて暴走する信徒まるごと壊滅させようとしているようにしか見えない。
オリンと共にあちらの世界からやって来た教団の幹部クラスの中でも最古参の教祖。見た目は少女だけど、年齢はユグドール並の存在なんだよね。
僕達に話したのは力を貸して欲しいのか、混乱させたいのか意図はまだわからない。
ただ戦いは本気で殺しに来ていて、今も拘束され魔力を吸収されているというのに、受けたダメージを魔力を奪われない体内から回復させていた。
おそらく本当の事を言っているし、本心から自らの神を撃退しようと考えているみたいなんだけど、彼女もまたそうやって混乱をもたらす事によって、力を得ている気がしないでもない。
「迷惑極まりない主従って事ね」
母さんがオリンとファウダーの本質をそう見極めた。ファウダーに関しては迷惑だけど、この世界の理に基づいて動き魂も還元しているので随分マシだ。それでも世の中の人々には迷惑な存在なのは確かだった。
《そやつはオリンを誘い出して喰らうつもりだったのだよ》
ユグドールがぶっちゃけた。供給が全く途絶えたわけではないけれど、滞れば責任者は現場を確認しに来るものだろうから。
「神に成り代わって、君は何がしたいんだい?」
「私は『混沌』をもたらす事で世界に緊張と刺激を与え続けたいのです。オリン様は奪うだけ、力を得て己の力を誇示して悦に入るだけ。そんな支配されるだけのつまらない世界が滅びるのは当たり前ではないですか」
異界の生まれながら、ファウダーはまるでリーア世界の人のように己の宿命を理解し成し遂げようとしていた。
教団の信徒がいくら滅びようとも、力を失うのはオリンであってファウダーではない。
いっそオリンをはじめ、この世界を見捨てて逃げ出した神々を一掃する良い機会なのかもしれない。
「とりあえずこの大陸ダンジョンは壊そう。例え『混沌』が力をつけ、この世界を飲み込み滅ぼす事になるとしても、それは自由に選択して受け入れた結果だからね」
自ら混沌を呼び覚まそうとするファウダーの考えを僕は気にいった。
『混沌の魔王』の誕生だ。
一方的に奪いに来る輩の行いはも自由の名のもとに許されるというのなら、持ち逃げすることを許さないのも自由だ。
冒険者としてリスクなしに宝を得られ続ける事が出来るのなら嬉しい反面、つまらないし冷める。それが嫌で自由神は未知と冒険心溢れるこの世界を築いた。
逃げ出しておいて偉そうに講釈をたれて奪いに来る連中は、『混沌』に飲まれ、人々に強制したように自分もゼロからやり直せばいいと思う。
「それがレガトの出した答えなら、わたしも止めないわ。逃げ出した神はオリンだけではないでしょうからね」
「壊す事で世界を守るというのが私の理解を超えてるけれど、胸糞悪い連中は一掃するのには賛成だわ」
母さんとアリルさんがそう言ってファウダーの拘束を解いた。
「よいのですか?」
「良くも悪くもないもの。貴女がこの世界にとって脅威となって敵対したのなら、わたし達は冒険者として、例え神だろうと討つ。そういう事でしょう、レガト」
さすがは母さんだ。僕の言いたい事や、考えがよくわかっている。お宝を守るダンジョンの魔物はこういう気分だったのかもしれない。
簒奪者は放っておいてくれない。平和に暮らしたくても、お金が欲しかったというだけの理由で強盗は押し入ってくる。
奪いに来ると言うのなら簡単に奪わせないぞという気概と、実力を見せて然るべきだと思う。




