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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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9-4   君に見せたい夢があるんだ。(2)

前半はヘルムート視点、

後半はパウラ視点でお送りさせて頂きます\(´ω`*)


 冷たい指と、掌と。

 僕を見て哀しげに歪む金色の双眸。


「どうしたのアルミラ。僕を貴女のマスターのところへ、一緒に連れて行ってくれるんだろう?」


 首に巻き付いた冷たい掌はけれど、少しも力を込めてはくれないで、ただ首筋にあてがわれるだけの小さくて頼りないものだった。その金色の双眸は僕の言葉に一度大きく見開かれて、再びユルユルと細められる。


「ふ、ふふ、は、ははは……馬鹿だね、チビは」


 無理やり笑って細められた金色の双眸から、押し出された水滴が白い頬を滑り落ち、僕の心を痛ませた。狂気じみた瞳の輝きはなりを潜め、そこに覗いたのはかつて僕を導いた“師匠(マスター)”のそれだ。


「さっきから師を前にして、あまり生意気なことをいうものじゃないよ。チビの身柄はまだ【アイラト】の持ち物だし、何よりもキミはぼく(・・)が唯一認めたハインリヒの後継者(・・・・・・・・・)だ」


 自らのマスターの“死”を口にしたアルミラは、歯を食いしばるように苦しげな微笑みを零して、いつかの翳りを纏い直した。そして僕の首に巻き付けていた掌を離したかと思うと、不意に座ったままの僕の頭を抱え込んだ。


 木質化したアルミラの身体は石のように堅く冷たい。記憶の中では今よりもう少しだけしっとりとした植物の性質を残していただけに、やるせなさが募った。凍えそうに寒い室内で、アルミラの凍えるような抱擁を受けながら僕が思い出すのは、今朝工房の裏口から送り出してくれたパウラのことだ。


「あの水晶箱の中にあるというチビご自慢のポーションは、一体ぼくから何点取れる出来だろうね?」


 一瞬だけ意識が散っていた僕の耳許にアルミラが唇を寄せて囁きかけ、その唇から零れる脳が痺れるような甘い香りが鼻腔をくすぐった。頭を抱え込まれているせいでその表情を窺い知ることの出来ない僕は、その背にソッと腕を回して幼い記憶の名残を探す。


「うん……? チビからまだ若いぼくやフェデラーと同族の匂いがする。香りから察するに、ぼくと同じ女性体だね?」


 アルミラにそう秘め事のように耳許で囁かれ、一瞬身体が強張る。けれどその緊張を感じ取ったアルミラはさも愉快そうに「ぼくがここにいる限り、その個体には何も危害を加えようがないから大丈夫だよ」と言った。


 “その個体”という呼び方がどこか寂しく感じた僕は、思わず「個体ではなく、パウラと言う名を持っているんだ」と口を開く。するとアルミラは「ふぅん、チビにとっての“ぼく達”はパウラと言うのか」と言いながら、昔よくそうしてくれたように僕の癖の強い髪を指で梳いてくれた。


 髪を梳く冷たい指先が時折頭皮に触れ「あぁ、チビは温かい(・・・)な」とアルミラが噛み締めるように囁く。きっと、彼女はここにいる間にすっかり忘れてしまったのだろう。その一言に込められた孤独の深さに目の奥がジンと熱を持つ。 


 僕達人間が温かいということも。アルミラのマスターもまた温かかったということも。歯の根が合わない寒さに苛まれながらも、僕はこの温もりを感じることのない抱擁から逃れようとは思わなかった。


 笑って欲しい。

 愛して欲しい。

 必要として欲しい。

 続く言葉はいつだって誰よりも強く(・・・・・・)


 痛いほどに、狂おしいほどに、願うばかりのその行為が。僕達師弟はきっと誰より似通っていたのだろう。


「マスター・アルミラ。あの日、盗人として貴女の大切な場所を汚した僕を弟子にして、ポーションという生き甲斐をくれたあの時から、貴女はずっと、僕だけ(・・・)の神様だ。貴女と出会わず、あのままスラムで野垂れ死ぬのを待つだけだったら、きっと僕は命の重さも知らずに死んだはずだよ」


 ずっと、ずっと、記憶の淵から僕を覗き込む優しく甘いその闇は、ふとした瞬間湧き上がる孤独から逃れる為に、自ら死を選んでしまいそうなほど魅力的で。朝、夢から醒めた瞬間に掻き消える記憶の靄を、無意識にかき集めようとしてしまうほどに温かかった。


 アルミラは髪を梳く手をゆっくりと動かしながら、小さく鼻歌を口ずさみ始めた。聞いたことがあるような、ないような、不思議な旋律と抑揚に加え髪を梳く懐かしい安らぎに、急に抗い難い眠気が訪れる。


 心地良いのに恐ろしい。相反する二つの感覚が背中を駆け上がり、脳を強制的な思考停止状態に落とし込もうとする。


「待ってくれ、僕は……まだ、貴女に……言……アル、ミラ――、」


 制止の懇願も虚しく、少しずつ視界が滲んで意識を混濁させていく歌声に、すっかりマンドラゴラの“声”の危険性を忘れ、すでにアルミラから能力の全てが失われていると思っていた自分の浅はかさを呪った。


 子守歌に聞こえたのは、ひとえにアルミラのマンドラゴラとしての能力が落ちていたから。命を奪うまでの力と意志をアルミラが込めてはいないだけで、これは【マンドラゴラの絶命歌】だ。


「まだまだ詰めが甘いなぁ、チビは。最後まで火にかけたフラスコから目を離してはいけないと、昔あれだけ教えただろう?」


 どこか可笑しそうに、けれど名残惜しそうに、アルミラが一度強く僕の頭を抱きしめた。



***



「さぁ、そろそろ出てきたらどうかな? それとも最近のぼくの同族は覗き見の趣味でもあるの?」


 意識を失い椅子から崩れ落ちそうになるマスターを、しっかりと抱え込んだまま支える真っ白な同族に、私は恐怖よりも先に怒りを感じてフェデラーの制止を振りほどき、その呼びかけに応じて姿をさらした。


 今から一時間ほど前。私はマスターに言われた通り、いつもの喫茶店で待ち合わせの時間になるまで外の広場を眺めていた。お祭りの当日とあって、いつもは静かな喫茶店内も賑やかで。


 自分の楽しみな気持ちを疲れて戻ってくるマスターに押し付けないように待つには、あまり良い場所とはいえない気もしたけれど。誰かが自分の代わりにはしゃいでくれているのだと思うことにして、私は外気温との差で真っ白になった窓に指先で絵とも文字ともつかない記号を記して待つ。


 しかし喫茶店に約束の時間よりも一時間も早く、マスターではなくフェデラーが現れた時には、やはり何かが起こったのだと。地面が消え失せたような不安が身体中を駆け巡り、テーブルに置かれた紅茶を零しそうになった。


 ただそれも、険しい表情のフェデラーから聞かされた話の内容ですぐに体勢を立て直さなければならないと悟り、ここまで来たのだ。私を救って下さったマスターを救った同族(・・)が、壊れた末に一度は救ったはずのマスターの命を所望するかも知れないだなんて。


 許せなかった。

 そんなことは許せるはずもなかった。

 マスターが、それを断らないであろうということが。


「成程、キミがチビの大事な“パウラ”だね。ふふ、昔のぼくみたいに瑞々しい霧と森の香りがする“最高級品”だ。久し振りにこの膿んだ空間でマトモな同族の香りを嗅いだよ……っと、違うよ、フェデラー。同性の同族の香りをという意味でね」


 けれどそう言って朗らかに微笑む表情はどこまでも楽しげに見え、私は一瞬その表情に戸惑い怒気が殺がれた。


「フェデラー、ボク(・・)が眠ってから今で何分か分かるかい?」


「……まだ十分にもなっていない」


「そうか、それなら上々だね。とはいってもぼく(・・)が出てきていられるのも、あと一時間弱と言ったところかな。久し振りだねフェデラー。前に会ってから四年ぶりくらい……だよね? ここ数年でもう一方の人格がだいぶ幅をきかせるようになってきているから。腕のことはすまなかったね」


 それまでの狂人めいた発言と行動から一転してまるで正気に――と言うよりも、もう別人格と称した方が良さそうな発言が、その同じ唇から紡がれることが信じられずに私は目を見張った。


「待ちなさい。いきなり一体何の話をしているんです? それとも……ここまできて今までの気狂いは演技だったとでも弁明されるおつもりですか?」


 けれどすぐには信用出来ない。今まで狂っていた者は同族であろうが人間であろうが、すべからく心を許せるものではないのだと睨み付ける。


「うーん、時間がないから詳しいことは後でフェデラーに訊いて。どの辺りから聞いていたのか知らないけれど、今はともかくチビのポーションの実証実験と採点の方が先だね」


 けれど警戒心を剥き出しにした私の言葉はあっさりと受け流され、フェデラーとマスターの“マスター”である彼女はそう淡く笑んだ。さっきの会話内容から、マスターが精製したのは彼女を枯死させようとするポーション。


 だというのに、彼女はまるで今からマスターの精製したポーションで、自らが枯れることを面白がるように。そしてそれを弟子であるマスターが完成させたことを、心から喜んでいるかのように微笑むのだ。


「チビのことだからこのポーションは良い出来映えだろうけど、これが最後の採点だと思うと感慨深いね」


 くつくつと屈託なく笑う彼女の姿とこの部屋は、別次元のように乖離かいりしていて。それが彼女の持つ闇をより一層引き立てた。やはりこの同族は危険だと、私の内側からざわざわとした不信感が沸き上がりかける。


 ――が、


「パウラ、と言ったね? キミにはちょっとチビを支えていて欲しいんだけど構わない?」


 そう言って抱え込んでいたマスターの髪をクシャリと撫でた彼女の双眸が、ミセス・オリヴィエがヘンリエッタを見つめていた時のような慈愛に満ちていて。私の内側の不信感がまたも揺らいだ。


 手招かれるままソッとマスターの身体を任された際に、私の手が僅かに彼女の手に触れた。すると彼女は一瞬不思議そうな表情を浮かべ、すぐにどこか寂しげに「パウラ()温かいね」と微笑んだ。


 その微笑みがあまりに寂しげに見えて、私は思わずその手の甲に触れた。滑らかな石のように冷たい彼女の手を握り込む。そうして思うのだ。


 この冷たさこそが、私の持つ本来の温度(・・・・・)であるということに。


 私はただのマンドラゴラで。この首にかけたペンダントがなければ、体温を得ることも出来ない。胸に抱え込むマスターの温もりが、柔らかさが、呼吸が、心音が――……私達(・・)にはまるで夢のように思える。


 ――――彼女は、私。

 ――――私は、彼女。


 今日ここで眠りにつくのは彼女のはずなのに。


 私は出会ったばかりの彼女に“いつか”の自分を重ねて、言いようのない痛みに貫かれた。だとしたら――少しだけ視線を動かした先に見える彼女の“マスター”に重なるのは、私の腕の中で眠るマスター。


 腕の中のマスターが“いつか”冷たく動かなくなったとき。私も恐らく彼女と同じことをするに違いない。そう考えた瞬間、マスターが躊躇っていた理由がようやく分かった。首にかけられたこの冷たい掌から逃れなかったことも。


 フェデラーはこの部屋の寒さには慣れているのか至って普通の表情だけれど、私はこのペンダントがなければ、動くことすらままならないはずだ。


 腕の中にはすっかり冷え切ったマスターの身体。私はその身体に偽物の温かさを馴染ませながら、隣で微笑む彼女の手をさらにきつく握り込む。すると彼女はかつて幼い頃のマスターや、俺様気質でうるさいフェデラーを骨抜きにしたであろう慈悲の微笑みを私にも向け、安心させるように穏やかな声で言った。


「チビ達ならきっと大丈夫だ。ぼくみたいな間違いは犯さない。だから夢を見させてよ。ずっと醒めないような幸せな夢をね」


 ――と。

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