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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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*幕間*  オレを兄貴と呼ばない“コイツ”。

今回はブーツ兄妹のお話です。

すみません、ちょっと長いです。


 女ってのはとにかく訳の分からんところに拘るもんだと思う。特に、そう。こと服のことになると男との違いを如実に感じる。要は素っ裸でなけりゃ良いんじゃねぇのかとは思うんだが……オレの目の前では急に色気付いて来やがったガキがいっちょ前に服を眺めて悩んでいた。


 ちょっと前までは何でもオレの真似をしたり、店が終わりゃあ二階の居住区でもベッタリだった奴がなぁ――。


 最近では飯が終わったらさっさと自室に閉じこもって夜遅くまで部屋で恋愛小説を読んだり、短かった髪を伸ばし始めたり、長風呂になったりと、色々自分のことで忙しくしている。別にオレに実害がなけりゃ何だって良いんだが、まさか“男でも出来たか?”と直球で訊く訳にもいかねぇし。


 我が家の――いや、オレ達の間の取り決めごととして“互いに強く干渉しあわない”という大前提がある。決めたのがオレなのでこっちから破るのもなんだかな、といったところだ。


 まぁ、よっぽどおかしな男にでも引っかかってなけりゃ良い。ただもしもよっぽどの奴だった時は、ま、それなりの対応をするか。


「あー、もー、やっぱり自分じゃ決めらんないや! ねね、コンラート! こっちと、こっちだったらどっちが良いと思う?」


 内心“どっちでも良いんじゃねぇ?”右側に柔らかいピンク、左側に鮮やかなオレンジのワンピースを手にしたロミーがこちらを振り返る。


 ベリーショートだった黒髪は頬を隠すくらいの長さになり、スラリとした華奢な身体はついこの間十七歳になったにしては貧相なもんだが、最近少し女らしい曲線を持つ程度になった。チューブトップが腹巻きに見えたささやかな胸も多少育ったみてぇで、オレとしては安心してやれば良いのか、心配すりゃ良いのか微妙なとこだ。


 身長はちんまいままだが、しなやかな姿はそのままにどこか女っぽくなり始めた“妹”を眺めた。勝ち気そうな表情にほんの少しあどけなさを残したロミーが「ねぇ、どっちが良い?」と再び訊ねてくる。


「別にどっちでも良、いや、あー……」


 どっちでも良いと口にしようとした瞬間、小柄なロミーから殺気にも似た気配がしたので面倒だが手許の二着を視界に入れる。


 まず、ふんわりした形のピンクの膝下丈ワンピースだが……活溌的な印象のロミーには似合わない。服に着られてる感が凄そうだから却下。


 次にオレンジのミニのワンピースはロミーに似合いそうだが……なんつーのか決め手に欠けるな。却下するほどでもないが、だったら“別にコレでなくても良いんじゃね”といった感じだ。


 今日来てるこの店はいつも行く安い服屋と違って値段もそれなりにする。しかもたぶんコレ、デート用だよな? 


 そんなもんオレに訊いてどうすんだとは思いつつ、かと言ってとっとと帰りてぇからって似合わない高ぇ服を適当に勧めるのも違うか。思いのほか真剣にロミーの手にした二着を眺めていたら、オレの視界の端にチラリと気になる色が映り込んだ。


「あー……おい、ロミー。その後ろのやつはどうだ?」


「えぇー、コレどっちも駄目なの?」


「駄目って訳じゃねぇけどよ、どうせならそこそこ似合うより、断然似合う方が良いんじゃねぇの?」


「そりゃ、まぁ確かにそっか。そういうことならこの二着はここに戻して、と。んで、後ろのやつって――え? もしかしてこの紫のワンピース?」


 戸惑った様子のロミーが手にしたのは、濃い紫と淡い紫が半分ずつ交差するようなデザインになった細身の膝下丈ワンピースだ。目端に映った瞬間、何となくだがオレはそれがこの店で一番ロミーに似合う気がした。


「アタシにはちょっと……お、大人っぽ過ぎない?」


「十七歳で大人っぽく見せねぇでいつ見せんだよ。二十歳になったらただの大人だろうが。良いからお兄様を信じてちょっと試着させてもらえよ」


「う、うん、コンラートがそこまで言うなら……し、仕方ないから着て見せてあげちゃおっかな!」


 そう言って頬をだらしなく緩ませたロミーが店員に声をかけて試着室へと消えていく。しかし数分後に試着室から出てきたロミーは見違えるは言い過ぎにしても、悪くなかった。


 にもかかわらずえらく沈んだ顔をしていやがるから何かと思って訊いてみりゃ「アタシこのワンピースの値札見てなかったっ! 一回袖通しちゃったけどコレって買わされたりしないよね?」と、泣きそうな顔でしがみついて来やがる。阿呆かコイツ。


「ま、勧めたのはオレだし今回は奢ってやる。ったく、次はねぇからな?」


 しがみついて来たロミーの首の後ろにある値札に目を通して、思わぬ出費に眉根を寄せる。今月はあんま遊べねぇな、こりゃ。


「ありがとう、コンラート! 大好き!」


 現金にもそう叫んで、ガッチリ抱きついてくるロミーの頭を掻き回すように乱暴に撫でながら、何となくその言葉に落ち着かない気分になるオレがいた。そこにはもうオレの後ろをついて回る、短い白のジャケットや黒いチョーカーといった一般的でないファッションセンスを真似る“(ロミー)”の姿はない。


 そういや最近あんまりロミーはオレを“兄貴”と呼ばなくなったな――。


 そんな訳でこの日オレは何となくだが、この長い子育てが終わったような気がして、肩の荷が下りたような、物足りないような少し微妙な気分を味わった。



***



 あのワンピースを買ってやった数日後。


 オレはヘルムートと先日の中間評定結果について話そうと約束していたこともあって、店の定休日にいつも行く喫茶店のテラス席で奴を待っていた。


 ところが――だ。


「あぁ? 何だありゃ?」


 見覚えのある紫のワンピースを来たロミーっぽい後ろ姿の女が、何とあの堅物のヴェスパーマンの野郎と並んで歩いていやがった。テラス席から気付かれない程度に身を乗り出して観察すれば、やっぱり女の方はロミーだ。


 何か滅茶苦茶嬉しそうに頬を染めて高身長のヴェスパーマンを見上げているし、ヴェスパーマンの方もそつのないエスコートでロミーを完璧に大人の女として扱っていた。父性に憧れの強いロミーは昔から甘えられそうな大人に滅法弱かったのは知ってるが……。


「いや、いくら何でも歳上過ぎんだろ。そもそもヴェスパーマンはロリコンでもねぇし、どっちかっつーと歳上好きだろうが。何だってんな無理目な野郎に惚れたんだアイツは」


 オレは公園内を横切って街角へと消えていく二人の背中を見送るも、ひとまず曲がっていった方角に“そういう為の休憩場”はないことに胸を撫で下ろした。


 それでも同僚と妹ロミーのそういう現場を目撃してしまったオレは、約束時間の五分前にやってきたヘルムートに「今オレの目の前で起こったことをありのまま話すぜ」と前置きをしてここ最近の出来事から順を追って話したんだが――。


「こんなのが兄だとロミーも大変だな……」


 全部話し終えたオレの前でアイスコーヒーを飲みながら、ヘルムートは暢気にもそう呟いた。今日はパウラが一緒じゃないせいで少し表情が堅い。とは言っても、この場合の堅いは“冷静そう”という程度のもんなので流す。


 因みに一応パウラの不在理由を訊ねてやれば「家で夕飯のパンを焼いてみたいそうだ」という、聞かなきゃ良かったような発言内容だった。


「って……おいコラ待てよ、オマエ。今のオレの話聞いてたか? 何でロミーが大変なんだよ? それよかここはヴェスパーマンが本気なのか、それとも合意の上での援交なのかが問題じゃねぇのかよ?」


 オレが苛立ちつつテーブルを叩くと、目の前でアイスコーヒーを飲んでいたヘルムートが“ゴッヴォオ!”とおかしな音を立てて咽せたせいで、グラスの中のアイスコーヒーが盛大に飛び散った。


「うわっ、馬鹿汚ねぇな!」


 目の前で激しく咳き込んでいるヘルムートに不満の声をかけたら「っ……馬鹿は、グ、ゲホッ、お前だ!!」と涙の滲んだ目で言い、また激しく咽せた。やっぱあれだ、涙ぐんだ顔ってのは女がするから良いのであって、男にされても嬉しくねぇな。


 そんなこんなでヘルムートが咳き込むのが治まる頃には、オレも少しばかり冷静さを取り戻していた。


「その件に関しては僕も少しくらい知っていたんだが、お前のふざけた諸々の対応で忘れてしまったな」


「はぁ? 何だよそれ。知ってんなら黙ってんじゃねぇよ。勿体つけねぇで教えろよ」


「じゃあ、そうだな……取り敢えずヴェスパーマンの名誉の為にも、お前の考えてるような内容の関係では一切ない! とだけ言っておこうか」


「それの何に安心出来んだよ? オレはアイツの兄貴で、せめて成人までは保護者としてアイツを守ってやる義務があんだよ」


 オレが苛つきながらも、何とかアイスティーのグラスを握り潰さないでそう言うと、ヘルムートは露骨に眉間に皺を寄せやがった。


「――何だよ?」


「いや、ただひたすらに馬鹿だな……と」


「あぁん?」


「いや、百戦錬磨の女誑しが聞いて呆れるな、とね。一番身近な女ロミーの心一つ知れないで、よくも僕に対してその道のプロみたいな顔をするものだなぁ、と感心してるんだ。一度お前の腹の傷跡に自分の本心を訊いてみると良い」


「ケンカ売ってんのかオマエ?」


 人の家より多少特殊な家庭事情のことに踏み込まれて、グッと声が低くなるのが自分でも分かった。オレをわざと煽って切れさせようとしているのが分かるだけ、よりヘルムートの真意が掴めねぇ。


「勿論違うさ。大体僕がお前にケンカを売って勝てる訳がないだろう? ただ僕はいつも世話を焼いてくれる、その、親友に……少しは自分の幸せのことも考えて欲しいだけだ」


 最後になるにつれて小さくなっていく声を誤魔化すように、一つ不器用な空咳をするヘルムート。そしてまだ会話の内容に納得してねぇオレを見て苦笑すると「すみません、このお酒のメニューもういけますか?」と店員を呼び止めて適当に度数の高そうな酒とつまみを注文する。


 しばらく無言で向かい合ったまま、野郎二人でグラスに残ったほぼ氷が溶けただけの水を飲む。


 さっき注文を取った店員の手によってテーブルの上に酒とつまみが並べられると、ヘルムートがゴブレットの内の一つを持つ。視線で促されてオレももう一つのゴブレットを手にする。


「すまんなコンラート。残念だがこの街に帰ってきたばかりの僕からは、これ以上のヒントは出せないんだ。だけど、まぁ、たぶん大丈夫だから」


「何だそりゃ、不確定要素しかねぇじゃねぇか」


「だから、大丈夫……だと思うぞ。その、たぶん、な」


 歯切れの悪い物言いをしながらも、ゴブレットをぶつけてくるヘルムートから嫌な感じはしなかったので、オレもそれ以上は訊かなかった。どうせ遅かれ早かれ、ロミーが自分から言い出すだろう。


 酒が入って楽観的になったオレは、そのままヘルムートが潰れるまで呑ませてやった。



***



 ――その日の晩。


 ちょっと床が見えるように本を積み上げたオレの部屋のドアがノックされたんで、どうせロミーしかいねぇからと「おー、どしたぁ?」と適当に返事をしながらベッドの上で本を読んでいたら――何なんだ、コイツ。


「おいコラ……勝手に入りゃ良いとは思ったが、だ。オマエはこんな時間にそんな格好で“お兄様”に何の用だよ?」


 確かに前に比べりゃ多少は女らしい感じにはなってきたが、まだそういう格好が似合う体格じゃねぇだろ、と内心突っ込む。


「チッチッチ、残念でした! 今日から――っていうか厳密にはあと十五分くらいでもうコンラートはアタシの兄貴じゃなくなっちゃうんだよ! 嬉しいでしょう? ってな訳で取り敢えず夜這いに来たのよ」


「オマ……馬鹿か? 親が違っても法的にオレとオマエは兄妹なんだよ。んな簡単なことも憶えてねぇのか、このツルペタは」


「ちょ、触ってもないくせにツルペタって言うな! アタシだってちょっとは……フニってするぐらいならあるよ!」


「どこに引っかかってんだ阿呆。あとそんな色気のある格好をオマエ如きがすんな? 可哀想になっちまうだろが。ほら、分かったらとっととこれ着ろ。ったく、女慣れしてるオレだから良いもんのなぁ……これがよその男だったらオマエ今頃とっくに――、」


 オレが言い切らない内に頬にロミーから放たれた強烈な一撃が入る。意図して言ったこととはいえ、その容赦のない一撃に一瞬クラッとした。


「……ぃ痛ってぇ……」


 口の中に鉄の味が広がるわ頭はグラグラするわ、最悪だ。ヘルムートの野郎、今度会ったら覚えてやがれ。短く舌打ちして沸き上がってくる苛立ちを抑え込んでいたら、ロミーの馬鹿が一枚の紙切れを引っ張り出してきた。


 おいおいどっから出してんだ、この馬鹿。


「アタ、アタシがっ、他の男にこんな真似するとか、次に言ったら、ぶち殺すからな! あと……これ、見て! ヴェスパーマンさんに、相談したら、役所に出す書類に、代理人のサイン、入れてくれたもん。ちゃんと、受理、されたんだよ? もう、兄妹じゃ、ないんだから、」


 泣くか喋るかどっちかにすりゃ良いもんを、ロミーはどっちもしようとするもんだから顔がグシャグシャだ。それにヴェスパーマンの野郎、何てことしてくれやがる。


「オマエ十七歳になったからってオレに何の相談もねぇで、勝手に親の失踪届を死亡届にして、そんで、あぁ……母親のとこから自分の戸籍解除しちまったのか」


 ロミーの手には一応親として名前を連ねてた“アイツ等”の上に、赤い線が二重に引かれていて、オレの名前しかない紙切れ一枚。


「は……何だよ、オレ独りになっちまったじゃねぇか」


 溜息と一緒に零れた声は自分のものとは思えないほど掠れていて、情けないもんだった。


「違、うよ! コンラートには、アタシが、いるじゃん! アタシが欲しい家族は、ずっとコンラートだけだもん! だから、アタシと、兄妹じゃない家族になってよ……コンラート」 


 掠れた声はロミーも同じで――……同じなのに遂に首にしがみついて泣き出したロミーの声は、オレにはやけに甘く響いた。


「コンラートお願い、うんって、言って? 今は、好きじゃなくても、良いから。アタシ頑張って、コンラート好みの女になる、よぅ」


 あぁ――――クソが。クソがクソがクソが。


 この馬鹿はこんな日が来ねぇように、オレが今までどんだけ気をつけてたと思ってやがる。“オレの馬鹿親父”っつう最悪のサンプルがいただろう? そんな奴の息子のオレがまともな男な訳がねぇんだ。


 だから視野が狭くならねぇように店の手伝いさせて、ちょっとは外の野郎との伝手を探してやろうと思ってたってのに……結局。


「馬鹿が――オレみてぇな奴んとこに堕ちて来ちまったのかよ」


 呻いて抱きしめ返すその華奢な身体に力が入る。けどそれもすぐに弛緩して、ロミーがオレの首を抱きしめる腕に力を込めた。


「そんじゃまぁ、取り敢えず……あと三年経ったら、もう一回夜這いして来い。今日は、これで我慢しろや」


 オレはロミーの腕を解いて、驚いた表情で見つめてくる“妹”でなくなった“家族”の額に口付ける。そうしたら腕の中の馬鹿は「えー! こういう時は口じゃないの?」と盛大に不満を漏らしやがった。


 ――ったく、人の気も知らねぇで。


 冗談混じりに「どうしてもって言うならオマエからしたら?」と返したら「やった! 良いの!?」とか色気のねぇキスをして来た。


 ――だから、人の気も知らねぇで。


 オレの忍耐が三年後には聖職者レベルになってなきゃ良いけどな? 


 結局しがみついて離れねぇロミーに根負けする形でガキの頃ぶりに一緒に眠ったその夜は、久し振りに驚くぐらい深く眠れて……どうやらオレもロミーに負けず劣らずガキだったらしい。

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