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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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7-7   ヤサシイキョウキ。(2)

ヘルムート視点に戻ります。


「ん~……もうこんなもんで実証実験は充分ッスかね~?」


 目の前でジジが繰り出した大火力の一撃で、哀れ焼き鳥になってしまったロックバードを見下ろしたマホロが緊張感なく言った。魔道具専門店【まほろば堂】の店主にして変わり者の多いあの界隈でも、群を抜いて有名な名物店主であり奇人。呪法具師(じゅほうぐし)・マホロ。


 金茶の大きな瞳に、同系色の耳を隠す程度の長さの髪。肌はやや浅黒く、年齢は十代の後半くらいき見えるが……実年齢は僕の知り合いの中では一番高い。


 一見すれば普通の町娘だが彼女の顔の左半分は、異国の“ライチ”という果物のように斑な赤褐色を帯びたリザードマンのような肌をしていて、左の瞳はトカゲのように瞳孔が縦になっている。


 呪法具師である彼女は呪いの暴走ですでに八十年、当時の姿のままなのだそうだ。そのせいで生まれた土地から遥かに離れたあの街で、ローブをかぶってひっそりと(本人曰く)生きているらしい。


 手紙でのやり取りで知ってはいたのだが、実際三度目の来店にして初めて店の名前と店主の名前が合致したというのが何ともな……。


 ちなみに出会って二十分くらいで丸焼きにされてしまったロックバードは肉食の巨鳥でその性格は獰猛。冒険者レベルにして中級の鉄の腕輪クラス、大きさによれば銀の腕輪クラスの上級モンスターである。


 黒い身体に黄と赤の羽毛が斑に彩り、大きな嘴の内側にはなんとも不気味な棘がびっしりと生えている。形は鳥に似ているが、これを鳥とカテゴライズするのはややどうかと思う。


 翼を広げれば優に六メートルはある巨体も、羽毛が燃え切ってしまうと威厳も迫力もあったものではない。戦闘力皆無な僕とマホロでは本来相手にするどころか、瞬殺されるレベルのモンスターだ。


 そんな無謀な敵を使って魔道具実験を行えるのも、ひとえにマホロの装備しているガーネットのペンダントに宿った上位精霊であるスピットファイアのジジのお陰である。


「いや、僕には明らかにオーバー・キルのようにも見えるんだが……」


 けたたましい鳴き声を武器にするロックバードが全く自分の声に臆しないどころか、歯牙にもかけない敵を前に混乱する様は見ていて少々気の毒だったしな……。


「むぅ、ヘルムートってばなぁに甘いこと言ってんだヨー! ジジがせーっかく頑張って退治してやったのにィ!」


「そうッスよヘルムートさ~ん。こういうのは最後の断末魔に堪えられるように作ってなんぼなんッスから! でないとヘルムートさんが修理に持ってきたやつの二の舞になっちゃうッス。それは困るっしょ?」


「それはまぁ……確かにそうだが」


「だぁったら、しっかり鳴かせてタイキューセイ? ってやつを調べなきゃ意味ないじゃんカ」


「そそ、ジジの言う通りッスよー」


 マッドな二人は「「ね~?」」と楽しげにハモるが、僕はまだそこまでの境地に至れそうにない。目の前にはブスブスと煙を上げて炭化するロックバード。推定銀の腕輪クラス。その香りは最早鶏肉の焼ける香ばしい匂いと言うよりも、火災に巻き込まれた何かと評した方が良さそうだ。


「大体前回渡したあれだって、かなり丈夫に造ったつもりだったんッスよ? それをま~、どうやったらこんなに短期間の間に中の魔石にヒビが入るまで酷使出来るんス? それともヘルムートさんはあれッスか? ポーション職人の皮を被った冒険者かなんかなんスか?」


「うぐ……」


「まぁ、こっちにしたら面白いお客さんなんで問題ないッスけどね~?」


「そーそー、あんまり家に籠もってたらジジも鈍っちゃうもン!」


 ここでまたもや「「ね~?」」を繰り出す二人。


 そんな姿を見ているともうすっかり馴染んでいるようで、押し付けるような形で二人を出会わせてしまった方としては少し嬉しい。


「さてさて、そんじゃ後はその新しい武器の性能を調べて、今日の実験はおしまいッスかね。いざ! この森の最奥にある崖を根城にしている大本命のゲテモノちゃん、ダイアモンド・ワームを討伐に行くッスよー!」


「おーゥ!!」


 僕は張り切る二人の隣で深い溜息をつく。名前だけ聞けばまだ見た目がマシだと誤認してしまうダイアモンド・ワーム。しかしその姿は何の変哲もない巨大なミミズである。名前にあるダイアモンドは“硬度がそれくらいある”というだけで、その見た目をどうにかしてくれる物ではないのだ。


 主食がレアな鉱石なので仕留めればそれなり以上の副産物は手に入るが、気が進まない。要するにただの馬鹿でかくて恐ろしく硬いミミズだからな。


「ほらほら、モタモタしてないで早くついて来るッスよー!」


 終始こんな感じのまま、今日で六日目になる彼女達との冒険者紛いの実証実験に、僕はこの日何度目になるか分からない溜息をついた。


 そんな元気いっぱいの二人を見ていると、ふとパウラ達は今頃どうしているのだろうかという不安が頭をもたげて駆けつけたくなる。ただ、今の無力なままの僕ではあの二人を守れない。


 少なくともこの実験が終われば何かしらの術を手に入れられるのだからと自分を納得させながら、僕は先にテンションも高く森の奥に向かうマホロ達の後を追う。



***


 ――しかし、現実は僕にとってかくも残酷なものだった。


 マホロとジジ。二人の戦闘狂監修の元、強化合宿のような実証実験を終えて二週間ぶりにウォークウッドの工房に帰る乗合馬車を待つ早朝。本当ならここから直接パウラ達の待つフェデルの街に向かいたいところなのだが、直通の乗合馬車がないので一度ウォークウッドに戻らなければならない。


「いや~、せっかく頼って訪ねて来てくれたのに、何かあんまりお役に立てなくて申し訳なかったッスね……」


「……だゾ」


 乗合馬車を待つ停車場でマホロとジジはそうしょんぼりと言った。


 けれどあの後に向かったダイアモンド・ワーム戦でマホロとジジの援護を受けながら、ろくに貸してもらった魔道具を操れなかったのは僕の至らないせいでしかない。


「そんな二人とも、謝るのはこちらの方だ。僕のせいで二人の時間を無駄にしたのだから。僕もまさか正直、ここまで自分に戦闘センスがなかったのには驚いたけどね」


 僕が苦笑しながらそういうと、二人からは「あ、それは多少思ったッス」「だゾ」と返ってきた。二人の素直な反応に自分で言い出しておいてなんだが多少傷付くな……。


 その後は他愛のない会話をして時間を潰していたのだが、馬車の姿が見えた時になって乗車時刻を確認しようと僕が懐中時計を探していると――、


「ん、あ!? ちょ、待っ、ヘルムートさんがこのタイミングで懐探ってくれて助かったッスよ! 代わりにと思って預かってたブツを渡すのを、危うく忘れるとこだったッス。餞別代わりにこれを受け取って欲しいッス!」


 馬車の姿が見えた時になってマホロが差し出したのは、何故か僕の長年愛用している懐中時計だった。


「勝手にお借りしたのは悪かったッスけど、こんなこともあろうかと! 戦闘センス皆無のヘルムートさんにワンチャン・サプライズってやつッス!」


「……うん、その失礼極まりないネーミングセンスはともかく、その言い分だと何か細工をしてくれたのか?」


「よくぞ訊いてくれました! 時間がないから簡単に説明するッスね! 良いッスか、まずこれの使い方は――……」


 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。


 時折石に乗り上げて大きく揺れる馬車の中で、別れ際に受け取った物騒極まりない新しい魔道具を眺める。


『そんじゃ、最終確認良いッスか? この新しい魔道具はヘルムートさんの持つ微弱な魔力に合わせた言わば専用武器ッスね。だからもし他の人が使用しようとしてもうんともすんともいわないッス』


 掌に載る程度の大きさのそれは、何の変哲もない懐中時計。実際問題もともとはそれ以上でも以下でもない見目の僕の私物だ。少なくとも一昨日までは。


「……もしかして僕はからかわれたんだろうか」


 しかしそんな筈もなく、掌の懐中時計の蓋を開くと、裏には奇妙な紋様がびっしりと削り込まれている。


『これはまぁ、魔法陣の一種で使用法は超が付くほど簡単ッス』


 マホロがそう言ったように確かに簡単といえば簡単だ。けれどそれはごく普通の生活をする一般人にしてみれば、とてつもなく難しいことでもあった。


『この魔法陣はちょこっとアタシの顔半分側に関わりのある“アッチ側”の世界に繋がってて……うーん、要約すれば小さな“(ゲート)”みたいなもんだと思って下さいッス。で、この“門”の中の住人は人間の“狂気”を食い物にしてるんスけど……アタシの場合は魔道具への研究心ッスかね。なので――』


 カチリと蓋を閉じて、何となく長年愛用しているそう質の良くない懐中時計を眺める。


『ヘルムートさんは敵だと思った相手にこの“門”を向けて、ただ一言、こう思うだけでいいんッス』


 その一言を人間は容易く口にするし、単純な街の喧嘩でもよく耳にする言葉は、けれど本当に本心から人に対して思うことは難しい。


『“死ね”もしくは“殺してやる”的な、まぁどっちにしても明確な殺意ッスね。ヘルムートさんの本心からの“狂気”を門の向こうにいる住人がお気に召したら食べに来てくれるッスよ~』


 その本心からと言うのが難しいのだとは、どうやらマホロの頭の中にはなかったようだ。本心とは、嘘偽りのない、心の底から、自分という人間その核からということになるのだろうが……。


「――核、か」


 僕には奇妙なことだが、未だに“自分”という“個体”を認識出来ないことがままある。例えるのなら、まるで“誰かの過去をなぞって生きているかのような心地”とでも言うのだろうか? 


 ただ不思議と今までそれが嫌だと思ったことはなかった。


 この間、ボロボロになったフェデラーを見た時に感じた彼のマスターへの怒りも、以前コンラートの義理の母親に感じた怒りも。あの二つはだけは明確に僕の“本心からの”怒りと殺意だったと言える。


 けれどあの感覚を自分のことで感じた覚えがない僕にとって、この懐中時計を“自分の感情を核として”使いこなすのは途方もなく難しいことのように思えた。心許ない“自分”を生きるよりも“誰かに生かされている”方が楽だったのかもしれない。


 誰かの為に生きるのは何も持たなかった僕にとって、唯一の拠り所のような物だ。


「何だ……今でも僕は孤児の頃のままだな」


 自嘲気味な僕の呟きを聞き咎める温もりも、今は隣にいない。護符ありきの仮初めの体温だとは分かっていても、それでも――僕は。


 そこまで考えて、ふと連日の慣れない戦闘訓練に疲弊しきっていた僕の意識を、黒い睡魔が眠りに誘う。


 今はただ少しでも早く、パウラに会いたい。馬車の揺れに身を任せてうつらうつらとし始めた意識の中で、ほんの瞬間金色の瞳が頭を過ぎる。


 それだけが今の僕が持つ、たった一つの“本心”だった。



***



「うーん……ヘルムートさんにはああ言ったッスけど、実際に彼があれを使いこなすのは難しいかもしれないッスね~」


 乗合馬車が朝靄の中に消えていくのを見送ったマホロの呟きを、胸に輝くジジが「どうしてサ?」と聞き咎める。


「――憎しみも、殺意も、そう簡単に感じれたら苦労しないってことッス」


「だから、どうしてサ?」


「精霊のジジには難しいかもッスけど……人間の本心からの“殺意”ってのは、良くも悪くも人生で深い交わりを持った相手にだけ向けられるものなんッス。だから――」


 そこでマホロは一度深く長い溜息を吐いて、馬車の走り去った方角をジッと見つめた。


「“憎しみ”の裏返しは“愛情”の場合もあるッスから。アタシにはあの魔道具を向ける相手が、ヘルムートさんにとってのそんな人でないことを祈るしか出来ないッスけど」


 言葉を紡ぎながら知らず撫でる顔の半分に、マホロは零す。


「願わくば、どうか、ただ憎いだけの相手であって欲しいッスね……」


 未だ見たことのないマホロのそんな姿に、ジジは黙り込むことしか出来なかった。

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