第三十話「折檻」
心配そうだが笑って見送るオバちゃん……になど目もくれず俺様はギルドを出て行く。
外は曇天、雨は降らなそうだが、早朝ともなるとちと寒い。風が強ぇのに半袖の黒Tシャツってのが問題なんだがな。
南西の屋敷の「アルデンヌ家」な。現在……まもなく七時ってところか。
七時半位には着くだろう。オバちゃんが「行きな」って事は早朝でも問題ないって事だ。もしかしたら使用人に取り次ぐだけかもしれないしな。
しかし剣の指導か……ナイフなら得意なんだが剣術か。
ま、相手はガキだ、なんとでもなるだろう。
二十分程歩くと見飽きたレンガ街に、見慣れないサイズのレンガ屋敷を発見する。なるほど、これがアルデンヌ家か。
確かに金はもってそうだな。大きさは……東京ドーム六分の一個分というところだろう。
立派な外壁、立派な門構え、立派な庭、立派な噴水、立派なドアに立派な家……レティーが見たらきっと眼球が飛び出る程目を見開きそうだ。
門にはベルに紐が付いてるな、おそらくこれを鳴らして使用人を呼ぶんだろう。別嬪なメイドを希望したいところだ。そして俺様の私用人になって頂く。
ふっ、夢が広がるぜ。とりあえず童心に返って紐をブンブン引っ張ってみるか。
カンカンカンカンッ!
独特の金属音だが……うっせぇベルだな、近所迷惑だろうが。
……お、ドアから執事っぽい人間を目視、燕尾服の初老……どこの世界にもいるもんだな、やっぱり。
「おはようございます、本日はどのようなご用件で?」
「ギルドの依頼を受けて来た」
依頼書を柵越しに渡す。
加齢臭はしねーな、甘いコロンの香りがする紳士だ。身の回りに気を使う男は嫌いじゃねぇ。
「確かに、ではお通し致します。こちらへどうぞ」
ガラガラガラガラ
ジジイが内側の鍵を捻ると、金属製の柵の門が左右に少しだけ開き俺様を招き入れた。
屋敷の中まで通されると、一階階段横にある応接間に通された。
紫のソファーに赤模様の絨毯、木製の馬鹿でかいテーブル……趣味わりぃな。
手前のソファーに案内されて腰を下ろす。部屋には花……いや、自然の匂いだな、何の匂いかわからんがリラックス出来るような匂いをほのかに感じる。
「では、こちらでお待ち下さいませ」
ジジイは気持ち悪い程真っ直ぐなお辞儀をして部屋を出て行く。
どれくらい待たされたろうな? おそらく十五分程だろう。
俺様が端正な顔を保つ為に鼻毛を抜いてる頃だ、屋敷の主人と思われるオヤジが俺の前に現れた。
髭こそないが渋いダンディなオヤジだった。
ワインレッドのガウンを羽織り、やたら主張してくる胸毛が鬱陶しい。
「失礼するよ」
失礼でもねぇが、オヤジはそう言って俺の正面のソファーに腰を下ろした。
「アイザックだ」
「ヴァンヘルム・アルデンヌだ、本日は我が家へようこそ」
「依頼主とそれに応えた人間だ、カタい事無しでいこうぜ」
「うむ、依頼内容はわかっているみたいなので問題はない。間も無く娘がここへ来る。それまでに簡単な説明だけしてしまおう」
ヴァンヘルムが膝に肘を預け宙で手を組む。
そして俺様は寄りかかりながら足を組む。
「来月、貴族の知人友人達の子供同士で真剣ではないが決闘トーナメントがあるのだ」
「……どこまで勝たせたいんだ?」
「ベスト4……ニ回も勝てればこちらの面子は保てる」
「て事は十六人でチャンバラごっこをする訳だな」
ヴァンヘルムはこくりと頷く。
「率直な感想で、娘さんはどの程度の実力なんでぇ?」
「運動神経は悪くない。しかし周りは長年稽古を積んでいるから勝ち目が薄いのだよ」
「最初から断る事は出来なかったのか?」
「貴族にも階級があってね、逆らえぬものもあるのだよ」
階級ね……。ま、俺様も軍にいた頃はそんな気持ち悪いもんに束縛されてたな。
確か最終階級は曹長だったか?
少佐、中佐、大佐と寝たとこまでは良かったんだがその三人が鉢合わせになってトンズラこいたんだ。
いや懐かしいもんだ。
「息子の方じゃ駄目なのかい?」
「息子はまだ五歳、まだ剣を握れる歳じゃないのだよ」
確か太郎は四歳で絞殺を覚えて、五歳で毒殺……あぁ、確かにあいつも銃を持ち始めたのは六歳の時だったか。
初めてガバメントでヤクの売人を打ったときゃ、太郎の奴興奮してたなぁ。
いや懐かしいもんだ。
「んだな、確かに五歳は早い」
「そこで十二歳の娘、エメラルダに白羽の矢がたったのだよ」
十二か、ストライクゾーンから外れてるな、ニ年で食えるように――
コンコンッ
「入れ」
噂をすればってやつだな。
さて、どんな悪ガキが出てくることやら。
「失礼致しますお父様」
ガチャ……カッカッカ
ほぉ、中々のマブガキじゃねぇか。
茶髪の縦ロール、黄緑色のドレスにポッチがニつ。発育は良い方だがやはり俺には無理だな。
悪ガキねぇ……親父の前では猫被るタイプだな。
「今日からエメラルダの剣の先生になる、アイザック君だ。ご挨拶をなさい」
「宜しくお願い致します、アイザック先生」
えらくかしこまったお辞儀をするガキだ。
媚びるような眼と、相手の反応を窺うのがガキのする事か? 大人びたガキは嫌いだね。
「うむ、では着替えて中庭へ出てなさい。本日から早速ニ時間やって頂くからな」
「……かしこまりました」
一瞬見えた確かな不満、なるほど、こりゃ穏やかじゃねぇな。
ま、俺様の敵じゃねぇ。
「指導方針は俺の自由でやらせてくれ、それが条件だ」
「ふっ、初めからそのつもりだよ」
「その言葉、忘れるなよ」
「で、では中庭へ向かってくれたまえ。日当や必要な物に関しては稽古が終わり次第、執事のスーズキから貰ってくれたまえ。私は書斎にて雑務が残っていてね、すまないが後は宜しくお願いするよ」
そう言ってヴァンヘルムのオヤジは応接間を出て行った。
頭を掻きながら部屋を出て屋敷の中庭へ向かう。何のことはない、応接間の隣、階段の内側に中庭へ通じる扉があった。
扉の横に控える執事、こいつがおそらくスーズキだろう。
「木剣……いや、木の棒で構わない、調達出来るか?」
「はい、後程お持ち致します」
扉を抜け、中庭の中央で胡座をかくこと五分、スーズキが綺麗な木の棒を持ってきた。その数分後、シャツインの運動に適した格好のエメラルダ、通称ガキが現れた。
顔をしかめ、への字で口を結び、見るからに嫌そうな面だ。
「よろしくおねがいしますせんせい」
態度も激変。感情を匂わせない見事な棒読み。整ってない足に、俺様の目を見ないふてぶてしさ。
死ねばいいのに。
……ま、これ位は想定内だ。最悪生き埋めにして逃げちまえばいいんだ。ちょろいちょろい。
「んじゃまず――」
「あっ、急にお腹が……いたたたた」
「お前の実力を確かめたい。この木の棒で俺様に――」
「痛い痛いっ! 本当に痛いっ!」
「殴りかかってこい」
いちいち相手にしてたら敵の思うツボだ。本当の腹痛でも死んだらそれがそいつの寿命だ。
「痛いって言ってるでしょっ!!」
「言っても敵は待っちゃくれねぇよ」
「これは稽古でしょ!」
死ねばいいのに。
ガキはだから嫌いなんだ、レティーみたいな素直なガキなら許せるが、こいつはダメだ。
「……どこが痛いんだ?」
「こ、ここよ!」
ドコッ
鳩尾にイイのを蹴り入れてやったぜ。
「か……ふっ!?」
「そう、本当に痛い時は周りの状況が見えねぇんだよ。次からは演技に幅が出来るぞ、良かったなクソガキ」
転げ回る転げ回る、エメエメラルダラルダしてやがる。
こっちは拷問し慣れてるから相手の嘘なんざすぐわかるし、痛みだけを与える事なんざ余裕なのによ。困ったお嬢様だぜ。
エメラルダを引っ張り起こして棒を持たせる。
「おし、握りはこうだ。さぁ打って来い」
カーン、カランカランッ
にゃろう、投げ捨てやがった。
「嫌よ!」
ドコッ
もう一発。
「……ぐぇっ!?」
「おう、どっちが嫌かを天秤にかけな。嫌と言う度に腹に痣が出来るぞ」
ったく、だから中途半端な時期のガキは嫌いだ……ん、なんか来たな? ……これが弟ってやつか?
茶パンに黒いサスペンダーに白いシャツ、黒い蝶ネクタイ。姉同様に茶髪だが、男にしては髪が長いな?
見るからに生意気そうなガキだ。茂みの中に隠れてる……が、丸見えだ。
手にはパチンコと石ころ。おいおい穏やかじゃねぇな、一般人が当たり所悪かったら死んじまうぞ?
お、飛び出て来た。ガキ……だが、決死の覚悟の目、中々良い目じゃねぇか。俺様の超嫌いな目だ。
「ね、姉さまに何をするっ!!」
「見てわかんねぇか? 腹を撫でてやったんだよ」
「嘘だっ! く……くらえっ!」
慣れない操作でパチンコの紐に石を取り付け……シュート。ま、かわすけどな。
「おのれっ、も、もう一度っ!」
おいおい石を探すところからかよ? ったく勘弁してくれよな。
あ、そうだそうだ。確かフォースを使うには……。
「アップ」
これでホントに強くなったのかわからんが木の棒で地面を……掘るっ!
ドゴッ
ほぉ、中々の威力だな! ガキの身長は……90センチってとこか。
ゴッゴッゴッゴッ
……ふむ、こんなとこだろう。簡単に敵から目を離してるガキの首根っこを捉まえて穴に落とす。
「こ、ここから出せっ! このっこのこのーっ!」
「うぅ、ラ……ランスロットに……何を……」
「おうクソガキ、腹の調子はどうだ?」
「最悪よ……そ、それより……弟を……」
そろそろ回復しそうだな、弟の頭を足で固定して……と。
「な、何で……埋め、てるのよっ!」
「やっぱり姉弟だな、見てわかんねぇか? 《手》で埋めてるんだよ。安心しろ、殺しゃしねぇよ」
「私が聞いてるのは……」
お、棒をとったな……投げつける気か?
「その理由よ!」
やっぱり投げつけてきたか、育ちの悪ぃガキだこと。ま、かわすけどな。
おし、出来た。俺様は土で汚れた手を叩き、払い落とした。
首から上以外を生き埋めにした弟君の完成だ。どうやらクソガキもある程度は回復したようだ。よろよろと立ち上がり俺様に向かって指を差す。育ちの悪ぃガキだこと。
「すぐにランスロットをそこから出しなさいっ!」
「嫌だね」
アイザックの暴力描写は後に必要な為、ご容赦くださいませm(__)m




