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~転生孤児ANOTHER~「殺し屋と勇者の事情」  作者: 壱弐参


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第二十四話「出発」

 ――ドードーの町のギルド「猛者」――


 時刻はまだ日差しがまだ強い昼過ぎだが、喧騒鳴りやまぬ食堂の中でジャンボはエールを飲み、茶色い枝豆のような食べ物をつまんでいる。周囲にはジャンボの仲間と思われる冒険者が飲み比べをしていたり、女の冒険者に声を掛けたりしている。


 バールザールが亡くなってから二日。アリスは泣き止みこそしたものの、未だにバールザールの墓の前から動かない。

 本来であればジャンボもアリスの(そば)から動かないつもりでいたが、食糧や飲み物の調達へギルドに来たところ、周囲の喧嘩仲間達に捕まってしまったのだ。

 小さく溜め息を吐き、いつここから抜け出そうかとジャンボが考えていると――


 バンッ!


 突然扉が音を立てて開き、喧騒際立っていたギルド内から視線を集める。

 扉から現れたのは、ジャンボの心配の種、「アリス」だったのだ。

 アリスは目を真っ赤にして、フラフラしながらも、のそのそと歩き始める。何事が起きたのかと、ジャンボはポカーンという様子でアリスを見ている。


「……ふぅ……ふぅ……」


 沈黙に見守られながらアリスが一歩、また一歩とジャンボに近づく。

 何か声を掛けなくては、と思ったのか、ジャンボが軽く手をあげる。


「よ、よぉ……どうだ調子は……?」


 ジャンボは息を切らすアリスに控え気味に話し掛ける。


「……へっ……」

「あん?」

「……お……った」

「だ、大丈夫かよっ?」

「お腹減ったのよっ!」


 バンッ!


 またもアリスはテーブルを叩き、大きな音を響かせる。


「あ、はい」


 先程まで泣いていたのに空腹の為か吹っ切れたのか、アリスの表情は昨日より明るかった。ジャンボはすぐに食べ物や飲み物を注文し、アリスに振る舞った。

 そう、現在ジャンボは討伐の報酬で周りの仲間に食事をご馳走していたのだ。


(こりゃ思ったよりかは傷は浅いか? いや、育ての親みてぇなもんを失ってこんなすぐに立ち直れる訳がねぇ……。あんな状況で死んじまったら尚更だ)


 ジャンボの推測を体現するかのように、徐々に食べ物を手に取るアリスの表情に陰りが見え始める。そして、咀嚼し飲み込む度に目に涙の粒が現れる。

 アリスが食べれば食べる程涙が溢れ、涙が流れる程テーブルの食べ物は消えていった。


(……よくわかんねぇ落ち込み方だが、飯を食えない程じゃないって事か)


 テーブルの上の食べ物が全てなくなる頃、いつ止まったのか涙は流れなくなっていた。

 アリスは顔を手拭いでゴシゴシと拭った後、立ち上がり、一層赤くなった目でジャンボを見据える。


「……た、助かったわ。ジャンボがいなかったら……私、ダメになってたかもしれない。だから……その……ありがとう……」


 ジャンボを見つめるその眼は、今までよりも真っ直ぐで、しかしまだ弱く、不安定な輝きを放っている。

 ジャンボはアリスに何かを感じたのか、ただ茫然と自分より小さいアリスを見上げていた。周りの沈黙はいつの間にか破られていたが、ジャンボとアリスの間だけはただ静かな時間が流れていた。


「……あ……」


 ジャンボが微かな声を絞り出した時、アリスは体を左右に揺らしながら再び歩き始めた。

 そして――


 ガタンッ


 椅子に躓いて倒れてしまう。

 慌てて近づくジャンボとその仲間たち。ジャンボ達がアリスを気遣う声を出すが、アリスからの返答はなかった。


「お、おい……っ」

「………………すー…………すー…………」


 聞こえたのは、アリスの静かな寝息だった。

 沢山泣き、沢山後悔し、沢山食べ、これからも様々な沢山を経験するだろう小さな勇者アリスは、太郎同様、あれから一睡もしていなかったのだ。


「へっ、可愛い顔で寝てやがる。…………俺も、ようやく寝れるぜ」


 無論、苦労人ポジションのジャンボも……。

 ジャンボはアリスを抱きかかえ、予めとっておいた部屋にアリスを寝かせ、自分もまた部屋に向かいベッドに倒れ込んだのだった。





 ――翌日――


 早朝、霧が立ち込める頃。

 アリスはブーツの紐をしっかりと締め、昨日の喧騒が嘘のようなギルドの食堂を、静かに通り抜ける。まだ日が差さない薄暗い町を歩いてゆく。

 東門には眠い目を擦る自警団の男がいて、その脇にもう一人、腕を組み壁に寄り掛かる男が立っている。

 アリスが東門に近づくと、壁に寄り掛かりながら俯く男がゆっくりと顔を上げる。


「……あら、奇遇ね?」

「おう、奇遇だな」

「……イグニスへ向かうわ」

「そりゃ護衛が必要だな。……ここに頼りになる男が一人いるぜ?」


 自らを指差しアリスに売り込み営業を掛けたのは、大剣を背負う苦労人、ジャンボその人だった。


「私、むさ苦しい男は趣味じゃないの」

「安心しろ、俺ゃ妻帯者だ」

「……………………嘘でしょ?」

「大地の国アスランに、ちゃーんといんぜ」

「世も末って事ね、爺やが言ってた事は正しいのかも……」

「ったく、口の減らねぇガキだこと」

「…………危険な旅になるかもしれないわ」

「益々護衛が必要だな」


 二人はブツブツと言葉を掛け合いながら東門を出る。まだ目元に赤みが残るアリスと、まだ目元に隈が残るジャンボは、東の地、「火の国イグニス」を目指し歩き始めた。











 ――――北の地・風の国「ウインズ」近郊――――


 アリスがイグニスへ旅立ち、一筋の日の明かりが見え始めた頃。

 草原に爽やかな風が吹き、昨夜まで降っていた雨が作った水たまりに、太陽の光が移り始めている。遮る物等何もない草原に、一つの影が静かに動く。その影は、並の人間よりも大きく、ストレートの髪の毛が風に靡いている。

 コスチュームはそう……太郎と同じ。太郎より少し遅れて漂着した男、「アイザック」の姿があった。


(ったく、太郎とははぐれるし、愛銃(クロッグ18C)の残弾もゼロ、俺のトレードマークの赤ジャンパーもどっかいっちまった……。ヘンテコな湖からザバッと出てみたら見知らぬ世界……ってかぁ? それに――――)


 アイザックの足元の影の中にはもう一つ影が映っていた。その影の正体はアイザックの腰上程の高さで、アイザックのブーツからこぼれている迷彩パンツを掴んでいる。

 髪は、アイザックとは対照的な白銀に輝いていた。しかし髪型はアイザック同様に真っ直ぐ肩先まで下りている。

 白いニット帽のようなものを被り、ダボッとしたTシャツ、スパッツのような黒く肌にフィットした物を穿いていた。そして、靴と言うよりモコモコした白いスリッパのような履物を履いていた。

 整った顔立ちではあるが、身長同様の幼い顔付き。無邪気で小さな口からは少し尖った犬歯。金色に近い黄土色の右目、髪同様に透き通るような銀色の左目のオッドアイ。

 その大きな瞳は、アイザックと進行方向を交互にチラチラと見ている。


「……お前、いつまで付いて来るんだよ」

「お前じゃないのだ、アタチはレティーなのだ!」

「知ってるよ、けど関わりたくねぇからあえて「お前」って言ってんだよ」

「お前じゃないのだ、アタチはレティーなのだ!」


 レティーと名乗った少女は、頬を膨らませて答え、アイザックの皮肉には全く動じなかった。いや、わからなかったと言うのが正しいだろう。

 アイザックの言う「お前」にだけ反応した様子だった。


(これだよ、変なモンスターに襲われてたから助けたら付いて来ちまうんだもんな……)


「お前、いい加減名前を教えるのだ」

「さっき言ったろ? アンドレイ・イースティン・ザナルベル・ツクツクボーシ・クローリィだ」

「そんな長い名前覚えられないのだ!」

「さっき言ったろ? 別に覚えなくていいって」

「いいから教えるのだ!」

「さっき言ったろ? さっき言った名前の頭文字を繋げてみろって」

「もう一回!」

「アンタ・イイカゲンニシロ・ザケンナヨ・ツイテクンナ・クソメンドクセェカラドッカイケ」


 アイザックがレティーに精一杯の皮肉をプレゼントする。しかし、レティーは指を折り始めながらアイザックの言った言葉を復唱し、それに気付いていない。

 そして数える量が多いのか、アイザックの迷彩パンツから手を離して立ち止まった。

 離れたいが為の誤魔化しだったのだが、いざ急に離れてしまうとアイザックも気になり立ち止まってしまう。町の中でない以上、何者かに襲われる危険性は無視出来ないのだ。ましてやレティーは見た目八歳程の年齢だろう。

 いかに殺しの慣れたアイザックでも、ここで放置するのには後味が悪いのであろう。


「あのなぁ、今の言葉なら指五本で足りるだろうが」

「ちょっとまつのだ…………あ、い……ざー、ざー、ざけんなよーなのだ。あいざ……つーつー、ついてくんななのだ。あいざつ…………くー、くー……くそめんどくせぇからどっかいけなのだ。あいざつく……っは、アイザツクなのだ!」


 この間実に六十秒!

 いつの間にか胡坐(あぐら)をかき地に座っているアイザックは、小指で耳をほじりながら拍手のつもりなのか膝を手で叩き「パンパンパン」と鳴らす。


「よくできたな。で、そろそろお前の家を教えやがれ」

「ないのだ」

「あぁ? 父ちゃんと母ちゃんはどうした?」

「そんなものいないのだ」

「家出……をする年にはなってねぇよな? そんじゃ誰がお前を育てたんだよ?」

「変なおじさんなのだ」

「変なおじさんだぁ?」

「レティーの事を沢山ぶったりするのだ! 友達だった子達はどんどん変な人たちに連れてかれて……、でも、そんな日に限ってご馳走だったりするのだ!」


(おいおい、そりゃあ人身売買ってやつじゃねぇのか? ガキは高く売れるからしゃあねぇが……。ま、よくわかってねぇみたいだから問題ねぇか)


 アイザックはレティーの凄惨な生い立ちを楽観的に判断する。

 レティーがどれだけ酷い扱いを受けていようと、レティー自身が大丈夫なら大丈夫だというアイザックの考えはあながち間違いではないのかもしれない。狭い世界を生きてきた者はその世界しか知らぬ故に、世界の大きさを知った時に自分の世界が如何に小さかったかを知る。しかし、知ったところでそれが良い方向にも悪い方向にも転ぶ事をアイザックは知っていたのだ。


「で、その変なおじさんはどこにいんだ?」

「さっきアイザツクが倒した魔物のお腹の中なのだ! なんか二人で歩いてたらブワーっていっぱい出て来て、おじさんにドンって後ろから押されたのだ! 噛まれそうだったからレティーは頑張って走りまわったのだ、あ、こう見えてもレティー駆けっこは得意なのだ! その間におじさんはガブッってされてたのだ」

「囮に使われたのに囮に使っちまったのか!? っく、ハッハッハッハ、こいつぁ傑作だなぁっ!!」

「そんでそんでゴォオオオッって逃げてたら挟み込まれてしまったのだ! そこに――」

「ハードボイルドなヒーロー様の登場ってわけだな!」

「そう、ボイルドのアイザツクが現れたのだ!」

「ハッハッハッハッハッハ!!」

「…………な、なははははははー!!」


 アイザックはレティーの不思議なキャラクターを大いに笑い、キョトンとしながらも「ここは笑うところ」と学んだのかレティーもそれに続く。

 爽やかな風が吹く草原に爽やかな笑い声が響く。……二人の旅はここから始まる。のだ。

やっとこの二人を出せました。

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