第二十三話「美神」
――太郎のセーフハウス――
外は既に暗くなりかけ、ポツポツと雨が降り始めている。
湿気を含んだ太郎のセーフハウスでは、先程キャスカが座っていた場所にレイダが座る。太郎はベッドに座る事はせず、やはり入り口付近に立っている。
チャールズは太郎の代わりに水場で食器を洗っている。すぐに終わる作業だろうが、チャールズの事である、話が終わるまで戻って来ないかもしれない。
「なるほど、警戒して当然か……」
レイダは室内を見回し呟いた。
我が家の真裏に見慣れない者がいたのであればそれは必然、そうレイダは至極当然の事だと判断したのだ。
太郎は隈の出来た目をギラつかせ女の行動に注意を払う。そう、太郎はジャンボの依頼以降一睡もしていないのだ。
ドードーの町からの帰還、野草収集、ビアンカとキャスカの来訪、そしてレイダ……強靭な体力の太郎ではあるが、流石に顔に疲労が出始めた。
「用件を聞こう」
「うむ……その……な」
話を渋るレイダは太郎にアリスを思い出させ、頭の中で「またか」と呟いていた。
しかしその緊張が解かれるのは意外に早かった。
「私は……ここより北西にある小さな国「ダリル」の人間だ」
「小さな国?」
「大きさはドードーの町とそう変わらないが、自治権が認められている国家の一つだ」
「大地の国とは違う国になるという事だな」
リンマール、ドードーの町は、大地の国「アスラン」が統治しており、その他にも複数の町村を抱えている。
大地の国の北には風の国「ウインズ」があり、その間、挟まれる形でダリルが存在している。
「このダリルが近日、大地、もしくは風の国の傘下国になるという話が出ている。大勢はこの大地の国に属するという話になっていたのだが、ここ最近風向きが思わしくない」
「その大勢とやらが崩れてきた、という事か」
「……あぁ、その通りだ。大地の国への傘下入りを支持していた者達が徐々に意見を変え始めた。……中には消息を絶った者や原因不明の死を遂げた者、事故死した者もいる」
「という事は依頼内容は調査、もしくはその先の話か」
レイダは小さく息を吐き、椅子の背もたれに上体を預けた。
すぐに自分の不恰好にハッと気付き、また姿勢を正す。その行動に違和感を覚えたのか太郎が目を細める。
「お前、軍人か何かか?」
「わかってしまうか……いかにも、私はダリルの王国軍城下防衛隊の副隊長を務めている。ジョブは騎士、ランクはブロンズだ」
自らの素性を打ち明け、依頼の内容を伝えたレイダ。太郎はその後もレイダに様々な質問を投げかけ、自分の身の丈に合った依頼内容か確かめていった。
レイダは可能な限り情報を渡し、太郎からの信を得ようとする。
太郎にもレイダの熱が伝わり、次第にレイダへの警戒心が薄れていった。
「つまり、お前はその外務大臣の「モジモフ」からの密命でここまで来たのか」
「あぁ、アスランとウインズに気付かれず優秀な者を探せるのはイグニスかその近くしかないからな。その過程でタローに出会えた事は運が良いと言えるだろう」
やはりレイダは最初の接触で太郎が危害を加えなかった事で信用したのか、太郎に対しかなり気を許している様子だ。
それに小一時間程の会話が重なり、レイダは太郎に依頼をすると決めていた。
「まだ引き受けるとは言っていないぞ?」
勿論、太郎の意思とは無関係にだが。
「それに、この情報を他国やダリルに売る事が出来ると思わないのか?」
「確かにそうだろうが、我々には時間がない。ウインズへの傘下がもし決まったのであれば、我々は先の者同様に消されて行くだろうからな」
そう言ったレイダの表情は平静を保っているものの、声には明らかに焦りの色を含んでいた。
「間に合わないかもしれない、そういった認識の元、私はモジモフ様に送り出されたのだ」
「なるほど、早ければ早い程良いのか」
「そういう事だ」
レイダがこくりと頷く。
「ここからダリルまでは?」
「北西の街道を百キロ程だな」
顎に手を添え自分の体力とダリルまでの距離を計算する。
(レイダが一人で来れた道ならば、チャールズ便で飛ばせば半日……というところか。しかしこの前、アリスと俺の二人を運んだ時……辛そ……問題ないか)
太郎はその場でレイダの依頼を承諾する。
快諾の返事を聞き、ほころんだレイダの顔は美しさの中に愛らしさを携えていた。
無論、太郎がそれになびく訳もないが、それでも尚、彼女の存在は際立っていると言えるだろう。
太郎はレイダを気遣い、共にリンマールの村まで向かう事を提案した。
流石にセーフハウスに女を泊める事には抵抗があったのだろう。
「私は構わないが……」
「俺が嫌なんだ」
こんな調子である。
太郎は気遣ったつもりでも、レイダの方は「まだ信用されていないのか?」という様子だ。
どちらにしろ、決めた事は必ず遂行する太郎である。リンマールへ向かい始めたのは言うまでもないだろう。
心話でチャールズに明日ダリルへ向かうと報告し、雑用を頼んだ。
『アレを完成させて野草各種を持って来い』
『まったく、我は家政婦ではないのだぞ?』
『主従契約ではなかったのか? 無理なのか?』
『や、やらないとは言ってないだろう。ふっ、我に任せておけ』
『任せた、交心終了』
『あ――プッ』
ブツブツ小言を言うチャールズだったが、なんだかんだで頼りにされている事を喜んでいるようだ。
リンマールへ向かう途中、太郎はハチヘイルの家に寄る。
「どうしたんです、こんな遅くに?」
「明日早朝に出掛ける事になってな、エネル玄を売ってくれないか?」
「あぁ、そんな事でしたら全然構いませんよ!」
太郎は小さな布袋に入ったエネル玄を購入した。格安で売ると言うハチヘイルに、太郎は定価での販売を求める。
ハチヘイルの生活の事を考えたのか、やはり盗人に与えられた被害が回復しているとは思えなかったのかもしれない。
リンマールへ着くと、太郎とレイダはギルドへ向かい、宿で一晩を過ごした。長く疲労と戦い続けた太郎は、ベッドに横たわる……しかし、身体を少しだけ預けたのみで、すぐにベッドの下に潜り込んでしまった。
ギルドとて安全ではない、その考えから太郎は用心に用心を重ねているのだ。
因みに、セーフハウスでの生活は基本的に太郎とチャールズの交代制で見張りをして過ごしている。交代で起きている時間、チャールズは趣味の木工芸を、太郎は羊皮紙にレポートをつけていたりチャールズの作品の点検等をしている。
――翌日――
朝八時。教会が開くタイミングで太郎が魔神像の前で目を閉じる。いつものように神父が手を合わせレウスを呼び掛ける。
『ふっ、レウスの嫁だ』
『キャスカやビアンカではないな?』
『あの二人は仮の嫁だ。私こそがレウスの嫁、ビーナスだ』
『……徳の確認だけ頼む』
よく通り、透明感のある声とは裏腹に、その声の主の自己主張は強烈だった。
相容れないタイプと即座に理解した太郎は、用件だけを済ます事にした。
『太郎は現在の総徳数と前回以降の割り振りだったな』
『ほぉ、言わなくてもわかるのか』
『ホウレンソウは叩き込まれたからな!』
太郎はまた黙る事にした。
《アシッド=2500・ブラッドスパイダー3匹=90・ゴブリン7匹=35》
(アシッドはランクゴールドの殺人者か……)
つまり止めを刺した太郎に5000の徳が入ったわけである。それがチャールズと半分に割り振られ2500となった。因みに、それ以外の魔物はジャンボ達との移動中等で倒したものである。
『次の中からスキルを選ぶといい』
《カモフラージュ・索敵》
(カモフラージュか……おそらく周囲の環境に溶け込めるようなスキルだろう。気配ゼロと並行すればかなり有利にはなるが……ここはやはり――)
『索敵だな』
『わかった、次にチャールズのスキルを選べ』
《ブレス》
選べないと突っ込んだら負けと思い、気にせずチャールズにブレスのスキルをつけた。
名前:太郎?
天職:殺し屋
右手:鉄の剣・木の弓矢・契約の指輪
左手:鉄のダガー
ランク:ブロンズ
スキル:フォース操作・手当て・暗視・気配ゼロ・索敵
総徳数:6645
名前:チャールズ
天職:ドラゴン
右手:無し
左手:無し
ランク:ブロンズ
スキル:フォース操作・索敵・剛力・疾風・ブレス
総徳数:5705
これにより太郎とチャールズは、冒険者間で一人前と言われるブロンズのランクとなった。
『ふっ、完了したぞ。今夜は私の日なんだ、ではな! ――プッ』
意味不明な事を言ってビーナスが交信を切断する。太郎はもはや動じず、何事もなかったかのような顔で教会を出た。
太郎は外で待っていたレイダと目をかわし、チャールズの待つ町の北西地点へ向かうのだった。




