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第42話 昆蟲大戦(その2)


 ◇◇城塞都市フィリス壁上──


「……うわぁ。こいつは凄い、想像以上にゾッとする眺めだな。」


 (たま)らず声を上げたのはフィンだ。


 蟲襲来の報を受けて程なく壁上に登った彼の眼に飛び込んできたのは、いまにも街を呑み込まんと迫る土色の大津波──否、泥混じりの土煙を吹き上げながら一心不乱に城塞都市へ突き進むその正体こそ、この世界にとっての “始まりの災厄” ──蟻の女王(レジーナアント)率いる蟲の大群である。


「なんという大群……。それに、見た目もすごく気持ち悪いわね。……うう、あれの返り血を浴びるかもしれないと考えただけで吐き気がしますわ。」


 フィンに並んで群れを眺めるセリエは思わず顔を(しか)めた。


「そうならない事を祈る他ないな、だけど流石は前線の都市を一任されているだけあって、やっぱり “黒獅子” の連中は優秀だよ。今のところ作戦会議で聞いた説明の通り進んでるみたいだし……。お、そろそろ魔法障壁にぶち当たるぜ。」


 フィンがワクワクという顔つきでそう告げてから間もなく、群れの先頭が城壁前に多重展開された魔法障壁へと次々衝突する。


 ──ドゴゴゴゴゴゴゴォォォオン……!!


 雷鳴にも似た長い地響きが都市全体に轟いた。


 それと同時に頭の中に例の声が響く。


 ◇◇◇


 ────ワールドクエスト、 “始まりの災厄” が発動されました。“シミュラクル” に生きる全ての生命は、全力でこれに抗いなさい。


 クエスト勝利条件は、個体名『蟻の女王(レジーナアント)』の討伐。


 敗北条件は、全ての生命の “死” です。


 クエスト達成報酬は、貢献度上位10名の生存者にのみ内容が通知され、授与されます。


 以上です。────


 ◇◇◇


「……ッ!? ワールドクエスト……? いまの声は何ですの!? フィン、貴方にも聞こえまして!?」


 セリエは直接頭の中に響いた声に目を丸くして驚いている。


「ああ、驚いたな。ああいうのを天の声……って言うのかな? よくわからないけど、 “神の試練” みたいなものだと理解したよ。報酬も出るって言ってたから頑張ろうぜ。」


 フィンがセリエの問いかけに真顔で応答すれば、彼女は何とも言えない微妙な表情を返してくる。


「だっ……っえ、ええ? 何だかあまり……驚いた風には見えないのだけれど、フィンってやっぱり奥が知れないですわよね……。」


 セリエの言うように、フィンは既に天の声を聞いた経験があるため声自体に驚くことはない。通知の内容やタイミングについて気になっているくらいである。


 とはいえフィンとて、転生やルシフェルとの会話から少しずつ “災厄” の情報を蓄積しているに過ぎないのだが。


(今回の敗北条件も()()()()()()()か。ということは、時間切れでクエスト終了。……なんてヌルい結末に期待できないのは確かだな。)


 そんな事を考えていた。付け加えてルシフェルの言葉を信じるならば、フィン達が絶命しても “災厄” の発生は止まらないということもわかっている。それらの事実から考えれば、自分達の存在はあくまでこの世界の住人の一人に過ぎず、“災厄” の内容を決める一つの要素でしかないということだろう。


「まあ、何にせよ目下の目標には何の変更もないんだ。セリエ、そろそろ支援魔法(バフ)かけとくぞ。」


 気を取り直すように、フィンは両手を突き出してセリエに意識を集中する。緑色の光がセリエに吸い込まれていき、各種ステータスが上乗せされていく。


「え、ええ。ありがとう。……そうですわね。あの声……、そしてワールドクエストというものがなんであれ、私達のやるべき事は何も変わっていませんものね。」


 フィンの言葉を受けて、セリエも今は眼前の敵を倒す事に集中する事を決める。都市が滅ぶかどうかの戦闘を前に、わからないことをいつ迄も考えても仕方がないのだ。


 ◇◇◇


 二人が頭を切り替えると同時、キースからの念話が入る。

 

『全軍、こちらキースだ。先程の件に関してガレフ団長からの指示を伝える。声の正体及び真偽については不明であるが作戦に変更はない。皆、先ずは目の前の敵にのみ集中せよ。以上だ。続けて現在の状況と行動について伝える。』


 これは《統率》と《念話》を統合させた《指揮通信》のスキルだろうか? 大規模レイド等では非常に有用だが、ゲーム時代には万魔殿の攻略を進める大手クランの一部のプレイヤーしか持っていなかったレアスキルだ。流石は騎士団のエリートである。


『現在、敵の第一線は城壁外側の多重魔法障壁に衝突。地上型魔法障壁のうち4枚が貫通され、残りはあと2枚だ。群れの前進はほぼ完全に停止している。また、衝突と同時に敵性反応の約一割の消失を確認した。当初の計画通り、ここで更に敵の数を減らす。』


『第一大隊は壁上の第三大隊と連携し、壁外にて敵を攻撃せよ。魔力の温存は考えなくて良い。但し、障壁がもう一枚破られた時点で退避命令を出す。決して馬上から降りることのないように。』


『第ニ大隊は現在の前線を維持せよ。迂回する敵を確認した場合には側面から叩き、決して東西の壁には寄り付かせるな。第四、第五大隊は防空任務を続行。もうすぐ飛行部隊が出てくる筈だ。障壁の強化を緩めるなよ。以上、指示を終わる。』


 ◇◇◇


 キースの念話による指示が終われば、続けてミルダが声を上げた。


「おおっしゃああ!!!! 第三大隊聞こえたな!! 我等は投石機で敵陣後方を叩くぞ!! 下の方じゃ第一大隊が駆け回ってる!! 絶対に自軍に大岩を落とすんじゃないよ!! ヘマやらかしたら私の拳骨程度じゃ済まないからね!!」


「「「おおう!!!!」」」


 ミルダの発破とも取れる号令を合図に、第三大隊は大型投石機による砲撃を開始した。基本的にミルダ含む第三大隊の面々は近接特化型の魔導鎧を使用しているので遠距離魔法は不得意だが、代わりに壁上に備えられた魔導兵器を使用することでその欠点を補っているのだ。非常に合理的な運用である。


 空に幾つもの燃え盛る大岩が舞い、蟲で埋め尽くされた平野部へと次々に着弾、炸裂した。


 ──ギシャァァアアアア!!!!


 方々で炎に巻かれた蟲達の断末魔が上がると、それを掻き消すような大声でミルダが叫ぶ。


「いいね! 流石は私の子分たちだ! この調子でガンガンいくよ!!」


「「「おおおう!!!!」」」


 それにしてもこの女性(ミルダ)、ノリノリである。


(ああ〜。ミルダったらハイになってるな〜。これまで頑張って優等生を取り繕っていた姿が嘘みたいだ。)


 フィンは学園時代のミルダを知っているので、生き生きしたミルダを見てなんだか懐かしいものを見る様な気持ちでいた。


「フィン、私達は……。」


 そうしていると、セリエがおずおずとした様子でフィンに声を掛ける。


「ん〜。良いんじゃない? とりあえず、応援していよう。そもそも聖女様に期待されていた事って、そういうメンタル的な支援(サポート)がメインだったんだし。」


 彼は満面の笑みで答えると、セリエにそっと⦅後光(ハロー)⦆と⦅拡声(ラウド)⦆を付与した。


「そ……そう? うう〜〜ん。そういえば、そうでしたわね!! 第三大隊の皆様、と〜〜っても頼もしいですわぁ!! 私も微力ですがお手伝いさせていただきます!! 必ず勝ちますわよ〜〜!!」


 そう言って、セリエは手近な組に混ざって砲弾の補給を手伝い始めた。行く先々で団員に弾薬と一緒にエールを送る彼女に、男性団員の士気は否応なく高まっていく。

 

 ──(これが聖女様の祝福(ブレス)……不思議と力が……。)


 ──(どっかのミル姐とは大違いやで……。)


 ──(セリエたん本気可愛い……。ハアハア。)


 ──(ックソ、これであの付与術師がいなけりゃよ。)


 ──(……ッお前ら!? ええい、俺はミルダ大隊長一筋だぞ!!)


 この状況に約1名、とても不満そうではあったが。


 「……解せぬ。」 ←ミルダ


 ◇◇◇


 まだ黒門の発動もしていないというのに、戦局は一方的に我の優勢へと傾いていた。


 近接職のセリエはもちろん。この状況で手持ち無沙汰なのはフィンとて同じである。こうした殲滅戦で能力を発揮するのは広範囲攻撃を扱える魔法職であり、付与術と火魔法が多少使えるだけの格闘家()()()に出番はない。


 程なくして、フィン達の前にキースが顔を見せる。


「おやおや、どうやらお手隙のようですね? それに、随分とリラックスしておられるようだ。」


 二人が大規模な戦闘に初めて参加するということを知っているため、キースは敢えて少し戯れるような態度である。フィンは笑みでその弁を肯定しつつ応えた。


「まあね。 “特等席” を用意してもらって悪いけど、この分だと当分出番はなさそうですよ。キースさんこそあんまり緊張している様には見えませんね? 念話を使った指揮も堂々としてたし、流石ですね先輩。」


「いえいえ、あれは事前に用意していた言葉を発しただけなので大したことではありませんよ。それに、今のところは想定通りに戦が進んでいますからね。」


 キースはそう言うが、騎士団の作戦立案は基本的に副官兼参謀の彼の仕事であり、その表情からはかなりの自信が窺える。


 彼の言う通り、今のところは計画通りだ。そしてキースの頭の中には他にも、想定される蟲の行動に合わせた無数のカードが用意されているのだろう。だが、いや、だからこそフィンは敢えて言う。


「俺は騎士団のメンバーじゃないし、この作戦にケチをつけるつもりは全くないんですけれど……。」


「………?」


 キースはやや怪訝な面持ちでフィンの言葉に耳を傾ける。フィンは一呼吸置いてから口を開いた。


「 ”災厄(アレ)” をあまり侮らない方がいい。想定外の事態は必ず起こると思って下さい。ここは()()なんだから。」


 その言葉にキースは思わず吹き出すが、フィンは真剣だ。なんせ、その想定外のせいで既に2回も死んでいる。彼はこれまで()()()災厄に勝てたことは一度もないのだから。


「っはは! フィン君は面白い表現を使いますね。だけど、ありがとう。肝に銘じておくことにしましょう。……というよりも、ここに来たのも実はその想定外に備えたお願いをするつもりでしてね。」


 キースは笑みを消すと、真剣な眼差しでフィンに依頼の内容を語り始めた。


 ◇◇◇


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