第36話 言葉足らずな副官
◇◇◇ “黒獅子の咆哮” 第三大隊長執務室──
「よく来てくれたな。まあ、掛けてくれ。」
作戦室を出たフィンとセリエは、ミルダに誘われて彼女の執務室に通されていた。
目的は “フィリス防衛作戦” における自分達の役割を確認しておくためである。
「ありがとうミルダさん。それで早速だけど、俺たちに “囮” になれっていうのは、具体的に何をすれば良いの?」
フィンは単刀直入に彼女に質問を投げかけた。
「うむ。端的に言えば、君たちには我々第三大隊と共に、城壁の上にある櫓で “黒門” の発動準備が出来るまで敵の攻撃を耐えてもらいたい。それだけだ。もちろん、我々第三大隊が君たちの護衛に当たるから安心してくれ。」
ミルダはフィンの問いにそう短く答えると、質問を促すかのようにフィンとセリエを交互に見た。
「あの……私達も少しは戦えましてよ? 本当に騎士団の……いえ、 “黒門” に頼りきった様な戦い方をして大丈夫なのかしら?」
セリエは言いづらそうにミルダに向けて口を開く。
「そうか、まだ “黒門” の力に疑問を持っている様だな。まあ、それも仕方あるまい。黒門に秘められし力はこの数百年秘匿され続けてきた。それに、その力を振るうべき機会も、それと同様長らく失われていたのだからな。」
ミルダはセリエの弁を肯定しつつも、だが──と言葉を繋ぐ。
「 “黒門” の伝説は健在だ。そして、その時が来れば貴公らはその力の一端を目の当たりにするだろう。蟲共は一匹残らず “殲滅” される。何も心配は要らぬと思っていい。」
彼女がそう述べると、セリエはそうですか。と小さく応じてその口を閉じる。少しばかり表情は暗いが、どうやらもう質問はないらしい。
セリエからもう質問がないことがわかると、ミルダは続いてフィンの方へとその視線を移した。
「フィン殿はどうだ? 何か気になっていることはないのか?」
ミルダの問いかけに、フィンは少しばかり考えるような素振りを見せてから口を開く。
「んん〜〜。ミルダさんは、完全に前衛タイプの戦い方をする人ですよね? 何故そんな人が城門の上なんかに配置されているんですか?」
ミルダは一瞬何か引っかかる様な顔を見せたが、直ぐにフィンの質問に答えた。
「第三大隊は城壁を登ってくる蟲の排除に回る様に命令が出ている。城門が破られることはなくとも、城壁を上から抜かれてしまえば何の意味もないのでな。」
なるほど、確かに蟲共はその生態的な特徴から、城壁を登るタイプがその中に居ると見ておいて間違いないだろう。
「なるほどですね。城壁を迂回されることよりも上を抜かれることの方に気をつけているわけですか。」
フィンはミルダの言葉に付け加えるように再度確認する。
「ああ、昆虫共の生態はこの数日で大分はっきりと見えてきたからな。今のところ、飛行型の蟲の戦闘力は大したことがないと判明している。第四、第五大隊の対空砲火をもってすれば奴らが城壁へ近接する前に堕とすことは十分可能だろう。」
「次に怖いのが城壁の薄い川沿いからの攻撃だが、ヤツらは好んで水には入らないし、そこは第二大隊が上手く “黒門” 方向に誘導する手筈になっている。結果的に、壁をよじ登る事が可能であり、かつ一番戦闘力の高い近接型との戦いを制することが、 “フィリス防衛作戦” を成功させる上で最も重要な役割になるわけだ。」
そこまで聞いて、フィンはニヤリと笑った。
「なんだ。じゃあ俺たちは一番の “激戦地” に配置されるわけですね? 先程の説明ではそこまでは言っていなかった様に思いますが……。期待されていただけている様で何よりです。」
「うむ。隠してもしょうがない事だから言うが、正直言ってその通りだ。」
嬉しそうな顔をするフィンに、ミルダはやれやれという風な顔をして応えた。
「あら、そうでしたのね? では私も気兼ねなく、 “聖女” としての任を果たすことができますの!」
多くの者を戦いへと焚き付けた手前、セリエは自分が “安全地帯” で戦いに参加させてもらえなかったら立つ瀬がないと思っていた様だ。
先程までと比べて随分と明るい表情をしている。
数日前までは「私が聖女なんてそんな……。」的な事を口にしていたが、今ではノリノリで “聖女” を通そうとしている。実際はワガママで少しばかり妄想癖のあるお嬢様なのだが……。
そんな事をフィンが考えていると、今度はミルダの方から彼へと質問が飛んできた。
「それにしても……フィン殿はどうして私が前衛向きだと? 私の戦い方はそう多くの者には知られてはいない筈だが?」
彼女は先程フィンの言葉に感じた違和感を口にする。
「ああ、それはですね。キースがそう言ってましたよ? 貴女の⦅パートナー⦆のキースさんが。」
フィンはややあってそう応えた。
実際にはフィンが彼から聞いていたのはキースの卒業時にパートナーとして連れ立ったのがミルダであることと、ミルダが相当の魔導鎧の使い手であるということのみであったが。
「……っな! ……あの、おしゃべりめ。」
ミルダは少し顔を赤らめて、自らの相棒へと悪態をついた。彼女は自分の戦闘スタイルに少しばかりコンプレックスがあるので、あまり人前でその力を明かしたがらないのである。
「まあ! ミルダさんも学園の卒業生でいらしたの!? 何期生になるのかしら?? 職業は何ですか??」
セリエは彼女が自分の先輩だということを知って興味津々の様子だ。
「第98期だよ。じ……職業は “魔導戦士” だ。完全に前衛……なんて言うんだから、その辺りの情報もキースから聞いてるんだろう?」
ミルダは恥ずかしそうにしながらも、先程より少しばかり砕けた口調で二人に告げる。
「いえ、私は何も?」
彼女の言葉にセリエはキョトンとしながらそう応えた。
「ああ、ミルダさんはね〜……。」
フィンが代わりに応えようとするが、ミルダが飛び込んできて彼の言葉を遮る。
「こ……こら、フィン殿! それ以上は言わなくても良い!」
ミルダの顔は真っ赤である。この反応が返ってくるということは、やはり彼女は “この周回” であの欠点を克服できていないのであろう。
「え、なんですの? フィンだけ知っているなんてずるいですわ! 私だってミルダさんともっとお近づきになりたいのに!」
セリエはワクワクした表情でフィンに続きを言う様に迫った。
「ミルダさんは、すごく魔法が上手なんだよ。」
ふふふと意味深な笑みを浮かべつつ、フィンはキースから事前に聞いている通りの内容をセリエに告げた。
セリエは、まあ! と驚いているが、続けてミルダに簡単な魔法を見せて欲しい等と迫っている。彼女は魔法の適正があまり高くないため、魔法への憧れは人一倍強いのだ。
「……キース……。許さない。」
訳知り顔で発されたフィンの言葉を聞いて、ミルダは怒りに震えた様子で拳を握りしめたのであった。
◇◇◇
次の日──
「……やってくれましたね。フィンくん。」
頬に “紅葉” の跡をつけたキースからフィンは声をかけられた。
「ああ。キースさん。頬にあるそれ、どうしたんですか?」
くっくと笑いながらフィンは自らの頬を指さしてキースへと問いかける。
「わかっているんでしょう? あの後ミルダからこっ酷く絞られましてね。貴方に与えた彼女の事前情報は最小限に努めたつもりでしたが……? なぜこんなことになったのか本当にわかりませんよ。」
キースは不思議そうにしながらそうフィンへと告げた。
「キースさんは言葉足らずですからね。きっと俺が勝手に勘違いしたことが、ミルダさんにとって隠したい何かと偶然重なったんじゃないですか?」
フィンは思わせぶりな答え方でキースの問いを有耶無耶にした。
実際は、フィンが以前キースから危ないからバルコニーに出るななどと言うあやふやな忠告をもらい、セリエに “紅葉” をもらった事への意趣返しである。まさか、彼がミルダから “紅葉” を貰うことまでは予想していなかったが。
「ふぅ。そうですか、わかりました。ではこれから貴方への情報提供は念入りにすることを頭に入れておきますよ。」
そう言ってキースは穏やかに微笑んだ。
さすがのイケメンも、頬に “紅葉” を貼りつけているのは少し滑稽な感じがしてフィンはくすりと笑ってしまった。
「フィンくんも、覚えていて下さいね? 貴方と同じくらい、私だって結構な負けず嫌いなんですよ……?」
そう彼はフィンへと告げ、ふふふと笑いながらその場を立ち去っていった。
フィンは、はて……? と言う顔で彼を見送ったが、その後部屋に帰るとカンカンになったセリエが待ち構えており、彼女からこう言われたのだった。
「キースから聞いたわよ? あの “真贋符” ……、偽物なんですって!?」
つまり結局、やったらやり返されるのだ。
深まる秋の風をヒリヒリと感じながら、再び頬に舞い戻った “紅葉” を鏡で見つつ、フィンはそう悟るのであった。
◇◇◇
もうあと一話だけ挟んで開戦になります(꜆꜄•ω•)꜆꜄꜆オラオラオラァ




