第31話 “聖女” 誕生!?
◇◇城塞都市の “大広場” ──
「嘘じゃねぇだ! ありゃ “蟲玉” だ! オラ達ぁこの目で見ただよ!」
しばらく広場の市を見て回っていた二人の耳に、そんな男の声が聞こえてきた。何やら騒ぎになっているようだ。
フィンとセリエが声のする方へと向かえば、痩せ細った男が戦士風の大きな冒険者に縋り付いて必死の形相でなにやら訴えている──。
「はんっ! わざわざ騎士団にまで確認したが、そんな話は全く知らねえとよ。大方、今年の不作で収穫が上がらねえからデマカセを吹きにきたってところだろうが? あん?」
そう言って大男が凄む。
「ち……違うだ! オラの牛っ子も一頭丸々食われただよ! どうして騎士団は嘘をつくだ!? オラ達ん村も、この街も、もう直ぐ蟲に飲み込まれちまうってのに……!!」
農夫と見られる男はまだ必死に大男の足元に縋りついているが、全く取り合ってもらえていない様だ。
「っち! だから、そんな話信じられねえって言ってんだよ! 第一、街の外を見ろ! 最近じゃこの辺りには魔物一匹見当たんなくなったんだぞ? こんな平和としか呼べねぇ状況で、なんだってそんな大災害が起きるってんだよアホが!」
大男が農夫を蹴り飛ばそうと足を踏み込んだその時──。
「お待ちなさい! 民衆の味方である筈の冒険者がその様な蛮行を……、とても見過ごしておけませんわ!」
その瞬間一人の女性が──いや、フィンの隣に立っていたはずのお嬢様がいつの間にか大男に詰め寄り、声を上げていた。
セリエの声はよく通り、広場にいた大勢の人間が一斉に彼女の方を向く。
「それに、そちらの方の言葉と表情、とても嘘を言っている者のものとは思えません。貴方は人を見る目がないのですか? それとも、その蟲とやらがよっぽど怖いのかしら?」
セリエは言葉を継ぎつつ大男へと詰め寄ると、彼の足元に蹲る農夫の背に手を当てた。
「もう大丈夫よ、貴方の訴えは私が聞き届けましょう。」
セリエは農夫にそう声をかける。
「ああん、おいおいなんだ手前は!?」
大男は、突如として現れた白金の鎧を纏う少女に動揺しつつも、チンピラの典型のような台詞を吐き捨てながら彼女を睨んでいた。
セリエは大男の言葉を受けてすっと立ち上がると、後ろで二つに結ばれた髪を大仰にかき揚げてからこう答えた。
「私の名はセリエ=リステンシア。エレノア王国が大貴族──リステンシア公爵の娘ですわ!! たとえ国は違えども、苦しむ民を、今にも起ころうとしている “災い” を、見逃す事など出来る筈がありません!」
(うわあ……、言ってしまった。)
セリエの言葉に、フィンは天を仰いだ。
決して目立たず、さっさと飛空艇に乗り込んでこの街を出発するつもりで立ち寄ったはずであったのに、こうしてセリエが大立ち振る舞いしてしまった以上、最早この事件が解決するまでは、フィリスを出ることは不可能だろう。
こうなってしまっては後戻りはできない。そんな諦めにも似た感情を抱きつつ、フィンは付与術でセリエに⦅後光⦆を掛ける。その瞬間、彼女の背が暖色の光に包まれた。これは本来敵の注意を引きつけるための支援魔法だが、ちょっとした雰囲気作りのつもりである。
「さあ、お立ちなさい。そして、真実の声を皆に届けなさい。決して自分のためじゃない。誰かを救いたいと思う気持ちが貴方にあるのであれば。」
セリエは、農夫に改めて声をかけた。彼女の背に何か神秘的なものを見た農夫は、思わず彼女をこう呼んだ。
「せ……聖女様……。」
言わずもがな、セリエは聖女(遠距離支援職)ではない。ガッチガチの近接職である。とはいえこの雰囲気の中でそのようなことを口にするのは所謂 “不粋” というやつだろう。
「わ、わかっただ。み……、みんな! 聞いてけろ!」
農夫は小刻みに震えながらもなんとか声を絞り出そうとしているが、まだ先程の揉め事が頭によぎるのか、どうにも声が小さい。
(っちぇ、もうどうにでもなれ。)
フィンは半ば投げやりな気持ちになりつつも、セリエと農夫に、えい。と⦅拡声⦆の魔法を掛けた。
男の声が大きく、広場全体に聞こえるように拡声される。
「オラは見ただ! 農道一面に転がったでっけえ “蟲玉” の山を! もう、この辺りの動物は魔物まで含めて全部全部……みぃんな、昆蟲型の魔物に食われちまったみてえだ! もう直ぐ “昆蟲大戦” が起きる! こりゃ間違いねぇだ!」
農夫はそう叫ぶと、緊張の糸が切れたのか泣き出してしまった。フィリスの大広場には一瞬の静寂が訪れ、農夫の嗚咽だけが響いている……
暫くして、民衆もどうやら自分達に降り掛かろうとしている災難を少しずつ理解し始めた。広場には動揺とざわめきが波のように広がっていく。
──な、なんだって……!?
──魔物は “黒獅子” が巡回で掃滅していたんじゃなかったのか?
── ば、 “昆蟲大戦” なんて数百年ぶりだぞ……?
──ひ、飛空艇! 飛空艇の便はまだあるのか!?
──そうだ! 早く逃げねぇと!
──おいどけ! どけよ!
農夫の言葉を聞いたフィリスの住民たちは、先程までの賑わいとは一転して逃げ惑い、広場は一瞬で大混乱に見舞われようとしていた。
(やばい! このままだと暴動になるぞ!)
そう直感したフィンがセリエの元へ駆け出そうとした時──。
「鎮まりなさい!!」
白金の鎧に身を包んだ少女の、透き通るような高い声が大広場全体に響き渡った。
「この街も、貴方達も、誰一人として失われません! 通れるはずがありません──言葉通り、“虫一匹” 。ここは伝説の “城塞都市フィリス” 、今も昔もその “黒門” を、抜ける敵などいるものですか!!」
セリエの大喝は、不思議な自信に満ちていた。
そして、その言葉は城塞都市に住む人間にこそ、最も深く心に響くものだった── “黒門” は彼ら全員にとって生まれた時からそこにあり、何より誇れる都市の象徴だったからだ。
なんの縁もない、たったいま門を抜けてきたばかりのこの街のことを、彼女はよく知らない。
それなのにどうしてそんな言葉が出るのだろう。セリエは自分でもわからなかった。だけれど、自分の隣には最も頼りにする少年が、 “パートナー” がいる。だから、彼女は続けてこう言った。
「私も共に戦います!! 皆さん、どうかお力を貸してください!!」
(……え?)
セリエの言葉に、農夫も続いた。
「もうきっと、逃げる時間もそう沢山残されちゃあねぇ……。こうなったら腹を括って、この…… “聖女様” と一緒に戦おう!!」
(……ええ??)
一瞬の静寂──そして………… 。
──…………ゥ……ゥゥ。
──ウゥオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
── 聖女様ぁ!! 聖女セリエ様ぁあ!!!!
──そうだ! フィリスを舐めるな!! 黒門を舐めるな!! 黒獅子を舐めるなぁ!!!!
── 蟲がなんだ!! 昆蟲大戦がなんだあ!!!!
──やるぞ!! 俺たちも闘うぞぉおおおお!!!!
フィリスの大広場は、 “聖女セリエ” の出現を称賛する声、城塞都市の伝説を讃える声、まだ見ぬ “昆蟲” 達を殲滅せんとする声に溢れていた。
一人、フィンだけがポツンと取り残されたように呟いた。
「うわあ、ここまで大事になるなんてマジで予想できんかったわ。」
⦅後光⦆と⦅拡声⦆はちょっぴりやり過ぎだったかもしれない。そうフィンは思うのであった。
◇◇◇
さあ、面白くなってきましたね!
ここまでお読み下さって、ありがとうございます♪
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