第24話 白金の姫騎士
◇◇◇
「さぁ! どこからでもかかって来なさいですわ!」
セリエは自身の持つ斧槍の側面を大楯に叩きつけてリザードマンを挑発している。
一方のリザードマンは、シュルシュルと蛇のような舌を口先から出し入れしつつ、ジリジリと用心深くセリエとの間合いを測りながらその隙を探る。
リザードマンは狡猾で残忍な魔物だと言われており、シミュラクルの神話において、蛇の一族であるリザードマンは、かつてその狡猾さから龍の神を裏切り、その罰として魔物へと成り果てた竜種の末裔だとされている。
彼等は武器を使い、地形を使用した不意打ちを得意とする。しかし、腐っても竜種の末裔であるため、素手でも容易に人間をバラバラにすることができるほどその力は強い。
だが、この個体はリザードマンの中ではそう身体が大きい方ではない。投擲により槍を失った現在、魔物は力任せにセリエとやり合うことを避けたいようであった。
リザードマンはセリエと十分に距離を保ちつつも、その前腕を様々な角度から彼女に向けて何度も振り下ろす。セリエは大楯を使ってその攻撃を受けては、素早く斧槍を突いてリザードマンに傷を負わせていく。
先程からセリエに対する致命打を与えられないまま傷を重ねていくリザードマンに対し、セリエは堅実に優勢を維持し続けている。
(いけますわ! このまま……!)
───ギャオォオオオゥ!!
その時、全く倒れる様子の見えないセリエに対してついに痺れを切らしたのか、リザードマンは一際大きな咆哮とともに大振りの一撃を放った。しかし、これもセリエは攻撃のモーションを見切り、冷静に大楯を使ったシールドバッシュを合わせてみせる。
その一瞬、魔物の胸元には大きな隙ができた。
(そこですわ!)
それを見たセリエは、反対側の足をもう一歩深く踏み込み、自らの斧槍を突き出す。
しかし、咄嗟に振り回したリザードマンの太い尾が一瞬早くセリエの側面を薙いだ。
「──っう!」
セリエは、リザードマンから初めてまともな一撃を受けて後退る。しかし、全く無防備な側面から攻撃を受けたにもかかわらず、セリエにはその威力が殆ど感じられなかった。
学園都市のダンジョンは、一般的にフィールドで遭遇する魔物より手強いクラスの魔物が出現する。
つまり、教師陣も認めるほど絶対的な学園のエースであったフィンが居たからこそ “次席” の座に甘んじたものの、セリエは新米冒険者として十二分と言っても良いほどの実力を持ち合わせていた。しかも “盾職” であるセリエには、この程度の魔物の攻撃が通じるはずがなかったのである。
彼女はこの時初めて、学園都市の卒業という肩書きが伊達ではないのだということを理解した。
いける。セリエは確信する。また、セリエがそう気がついたのと同時に、リザードマンも互いの力量差と己の不利を悟ったらしい。
勝利がセリエの元へ訪れるのはもはや時間の問題でしかなかった。
「ふん。──こんなものですの? はっきり言って練習相手にもならないわ。早く退いたらどう? それとも、ここで干物にされたいのかしら?」
魔物に言葉が通じるかどうかはわからないが、セリエはリザードマンを挑発する。仮に成功すれば先程のような大振りに合わせて今度こそ斧槍を深く突き立ててやる。失敗しても、これでリザードマンが逃げ出せばフィンの手当てに回ることができる。
セリエがそう考えていた矢先、彼女の挑発を受けたリザードマンが突如その身体をブルリと震わせた。
すると、そのヌルヌルとした身体の表面から霧のようなものが立ちはじめ、周囲へと広がっていく。リザードマンはゆっくりとその体色を変えていき……、やがて再びセリエからその姿を隠した。
「なっ! く……霧の幻術を使うとは、やっかいですわね!」
セリエは焦っていた。
先程見た時にはリザードマンの槍がフィンの身体をしっかりと貫いていた。出血量から見ても、フィンの傷はおそらくかなり酷いだろう。早く治療しないと手遅れになる可能性がある。
このため彼女は早急にリザードマンとの決着をつけ、治療のできる街まで彼を運び込まなければならないと考えていた。
「どこ!? 隠れてないで出てきなさい!」
セリエは焦りから闇雲に霧の中へと斧槍を振るうが、彼女を警戒して距離をとっているリザードマンには当然掠りもしない。
……。
その時、後ろに蹲っていたフィンの方へ向かうザザッという音が聞こえてきた。
「──ッしまった!」
既にリザードマンはセリエを倒すことではなく、傷ついたフィンのみを奪い去って逃げるということにその目的を移していたのだ。
リザードマンは愚か、現在はフィンの姿さえも霧によってセリエから隠されている。
だからセリエには彼らの正確な位置がわからない。彼女が焦って下手に武器を振り回せば、誤ってフィンを更に傷つけてしまうかもしれない。
「私としたことがっ……!」
焦りのあまり、セリエは少しでもフィンの見える位置まで進もうと、音のした方へと脚を走らせる。
──ッ!?
突如、セリエは何かに足を取られてその場に転倒した。ひどく焦っていたからだろう、彼女は転倒の勢いを上手く殺し切れなかった。彼女の手首に異常な負荷が掛かる。
グキリという嫌な感覚に、彼女は思わず手にしていた大楯を手放した。彼女の盾は転倒の勢いのまま霧の中へと消えていく。
「……ぃった。…手首を挫きましたか…」
どうやら左手首を捻挫してしまったらしい、こんな事をしている場合ではないのに、彼女はそう思いながらも再び前方へと目を向けた。
その時、シュルルルという不気味な音をたてながら、彼女の眼前にリザードマンの目だけが怪しく浮かび上がる。
やがてそいつはゆっくりと、霧の中から姿を現した。
その手には、先程フィンを貫いていた槍が握られている。
その槍先は、血に濡れていた。
「フ……フィン!? そ、そんな……。」
リザードマンの血に塗れた槍を見て、一瞬セリエの頭の中に最悪の予感が浮かんでくる……。
リザードマンは狡猾で、残忍な種族である。
そして彼等は獲物の屍を敢えて晒すことで、自らを討伐しようとする者の意気を削ぐという習性がある。
やつがわざわざ槍を見せに戻ったということは……。
(嘘。なんで、こんな奴なんかに……)
まさか、学園首席がこんなに呆気なくやられてしまうなど、彼女には信じられなかった。
しかも、彼は自分を庇って傷を負ったのだ。
「私の所為で……、フィンが!」
セリエの頭の中が真っ白になりかけたその時──
リザードマンはビクンとその身体を震わせ、口から血を吐いた。一瞬のことで、セリエには何が起きたのかわからない。
だが、リザードマンの胴体からは、何者かの手が生えている。
……え?
やがて、リザードマンの目から光が消え、奴はその場に崩れ落ちた。そして、その背後に立つのはセリエのよく知る男……。
学園都市の第100期生 “首席” ── “付与術師” のフィンが立っていた。
「ふう、間に合ってよかった。時間稼ぎしてくれてありがとうセリエ。」
フィンは、セリエにニカッと笑いかけてそう言った。
「……っフィン!?」
セリエは、目の前で起きた事にまだ理解が追いつかない。そのため、フィンの顔をまじまじと見つめ、かけるべき言葉を必死に探していた。
……
しばらくセリエに見つめられたことに、フィンは何を思ったのだろう。
「じゃ……、なかった。セリエ……様?」
その顔を罰が悪そうなものへ変えつつ、彼はそう言い直したのであった。
◇◇◇◇◇◇
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