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第0話 リセマラ完了!?

◇◇ 学園都市チェイズ——ダンジョン最深部 ◇◇


 幾度も通ったその場所——巨大な“転移門”の前に、俺は再び立っていた。

 門は黄金の地金に星座のような宝石を散らし、中央の宝珠はかすかに呼吸するみたいに明滅している。そっと触れても沈黙は破れない。……この門は、独りでは越えられない境界だ。


「ついに、この先へ進む日が来たのか……」


 胸の奥で熱が揺れ、思わず息を呑む。

 そのとき——


『どうかなさいましたか?』


 振り向けば、銀髪碧眼の少女。静かな刃の気配を纏い、真っ直ぐな瞳で俺を射抜く。彼女は、言葉を選ぶように一拍置いてから告げた。


『私を、貴方の“パートナー”にしてください。これからも、この身も、この剣も——貴方と共にあることを誓います。貴方と高みを目指して、どこまでも歩んでいきたい』


 差し伸べられた手。指先はかすかに震え、しかし視線は揺れない。

『手を、取って下さいますか?』


「もちろん。……俺も、俺のすべてが、これからも君と共にある。よろしく、メアリ」


『……ありがとう』


 小さく、確かな微笑。宝珠の光が一段強まり、重い錠の外れる音が奥で鳴った。門扉がきしみ、暖かな光がこちら側へ押し寄せる。俺とメアリは並んで一歩、また一歩と踏み出し——光に溶けた。


 ◇◇◇


「うおおおおお——っ!」


 深夜の安アパートに、抑えきれない声が跳ね返る。無造作に伸びた髪の上のヘッドギアを外し、こわばった首と肩を鳴らす。擦り切れたバングルの跡が残る手足を思い切り伸ばすと、肺の奥まで新しい空気が流れ込んだ。

 頬の熱と胸の鼓動が、ただひとつの事実を刻んでいる。——ついに“メアリ”が俺の“パートナー”になった。五百六十二回目の周回で。


「ついに……ついに、メアリが俺のパートナーに……!」


 拳を突き上げる。言葉はうまく出てこないのに、笑いだけが零れて止まらない。


◇◇


 VRMMO“シミュラクル”。構想十年、開発十年。某大手が社運を賭けた全没入型タイトルは、リリース直後から世界規模の熱狂を呼び、二年たった今も同時接続は常時百万超。舞台は、剣と魔法と科学と魔導が都合よく同居する架空世界。圧倒的な五感の再現度と、自由を突き詰めた設計がその人気の核だ。


 遊びは大きく三つに分かれる。

 一つ目は“学園都市編”。プレイヤーはさまざまな種族から自分の“アバター”を作り、卒業時に“パートナー”を一人選ぶ。同期生は男女それぞれ六十六人のメインNPCからランダムに十五人が抽選され、彼らはそれぞれ独立したAIで振る舞う。だから、プレイのたびイベントは自動生成され、同じ学園生活は二度と訪れない。


 二つ目は“六大陸編”。冒険と生活の自由が解き放たれる。剣・槍・弓はもちろん、さまざまな武器や武術を極めて最強を目指すもよし。六つの大陸にある六大ダンジョンの踏破に挑むもよし。生産職を突き詰めて、聖剣や魔剣と呼ばれるクラスの神具を呼吸するみたいに生み出す職人として名を上げるもよし。あるいは、NPCと恋に落ちて二・五次元の伴侶とまったりイチャラブスローライフを満喫するのだって、ぜんぶアリ。


 三つ目は“万魔殿編”。オンラインで選抜パーティを組み、世界中のプレイヤーと共闘して最下層六十六階の攻略を目指す。現時点での到達は四十九階。階層ごとに仕様の変わる迷宮と容赦のない強敵が、百戦錬磨の英雄たちにも“死にゲー”を強いる。挑むかどうかは自由——このゲームでは、それも数多あるやり込み要素の一つに過ぎない。


 この自由の源に、ひとつ非情な仕様がある。学園都市編は地味に長い(最短でも八時間)。そして、個別AIの同期生との関わりで“ユニークスキル”や初期ステータスが大きく揺れる。そのため、プレイヤーはこの期間を“学園生活ガチャ(チェイズガチャ)”と呼ぶ。とはいえ初期値の論争はやがて収束した。レベル上限や基礎ステータスの成長アイテムの配布もあり、長く遊べば最終的な差は実利では目立たなくなる。


 ——問題は“パートナー”だ。


 卒業のとき、学園内ダンジョン最深部の転移門を二人でくぐった相手が、アカウントに“パートナー”として登録される。彼/彼女は六大陸編の初期メンバーであり、どんな展開でも決して離脱しない。つまり、物語上の常に要となる。


 その代表格が“メアリ”。初期PVで横顔が数秒見切れただけで世界の話題をさらい、やがて判明したのは——クラスメイトとしての出現確率が異常に低いこと、しかも一年目の終わりに他学園から編入してくることがあるため、チュートリアル終了時の同期確定のタイミングでは邂逅の可否すら判別できないという、鬼畜仕様だったこと。さらに“絆”と呼ばれる隠し値でパートナー確定が決まるのに、メアリ本人は感情表現に乏しく、当の“同行者”にすらなった報告が皆無——そんな伝説級のレアキャラ。


 俺はその学園生活ガチャを、五百六十二回まわした。ようやく、ようやくお目当てを“パートナー”にできたのだ。


◇◇


「とにかく続きだ。……ようやく冒険に出られる」


 ヘッドギアを被り直し、意識をゲームへ沈める。光に満ちた転移門の前。メアリが俺の手をとり、宝珠に重ねる。淡かった輝きがぐんと強まり、太く重い軋みとともに門が開く。俺たちは暖色の霧の中へ、ゆっくりと足を踏み入れ——


 ——ピンポンパンポーン。


 眩しさに目が慣れる前に、軽い電子音が耳を打った。メッセージウィンドウが視界に立ち上がる。


『メンテナンスのお知らせ。“シミュラクル”の公式リリース二周年を記念し、本日二三:五〇より大型アップデートを実施します。終了予定は明日一六:〇〇。サービス再開までしばらくお待ちください』


「……あ、そうか。今日がちょうど二年目か」


 何度も告知されていたはずなのに、すっかり頭から抜けていた。ワールドクロックは 0:05。


「げ、もうこんな時間かよ。運営さんはこれから徹夜メンテ、だよな……お疲れ様っす」


 ひとりごちて、背もたれに深く身を預ける。


「よし、今日はもう眠いし——このまま落ちよう」


 希望に満ちた笑みのまま、意識をそっと手放した。

連載スタートです、応援よろしくお願いします。


2022.1.26 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )

2024.7.10 そろそろ再開したいと思います。

2025.5.31 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソシャゲやる人間から見てわかりすぎる!!リセマラするよね!って引き込まれてしまいました(笑) 主人公のその回数にも共感しながらこれから読み進めていくのが楽しみです!
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