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仲がいい

 初めて小夜の奇行を目にしたフィオナとシェーファに「お気になさらず」と丁寧にお断りを入れてから、小夜は残った力を振り絞って話を本筋に戻した。


「えっと……でも、私が一緒について回ったら、足手まといじゃないですか?」


 まだ赤みが引かない顔で問う。これに答えたのは、意外にもシェーファであった。


「大丈夫です。私がお守りします」


「それはオレの役目だ」


 すかさずルキアノスが口を挟んだ。折角戻した論旨が早速ずれる。


「殿下の役目は国王代理から命じられた任務です」


「任務もするが小夜を守るのはオレだ」


「今現在守っているのは我々ですが?」


「こんのっ」


「仲いいねぇ」


 緊張感はどこへいった、とは思う反面、二人の掛け合いについ和んでしまった。シェーファは真顔のままながら前回見たような陰はないし、ルキアノスはニコスたちと話す時と違って年相応に見える。


「クラーラ様が見たらきっと喜びますよ」


 かつてはヒュベル王国の王女として、二十年前の戦争で生き別れになってしまったクラーラは、フィオナの姉であり、現在はアンドレウ男爵に助けられ、妻として新たな幸せを手に入れた。そんな彼女が唯一気がかりとしていたのが、妹と幼馴染みの行方であった。

 今は執行猶予状態でルキアノスの配下についた二人だが、こんな風に会話していると知れば、きっと彼女も安堵するに違いない。


「ね?」


 と、共に傍観していたフィオナに同意を求める。

 フィオナは一瞬目をぱちくりさせたあと、くしゃりと相好を崩した。


「えぇ、本当です。帰ったら、是非とも姉様にご報告差し上げなくては」


 くすくすと、フィオナが楽しそうに笑う。

 何故かルキアノスは気まずげに咳払いを一つし、シェーファは静かに一歩退いた。

 そして、やっと小夜の疑問に答えが提示された。


「小夜を預けるとなった場合に考えられる候補先は、今のところ全部押さえられている」


「セシリィのところはダメなんですか?」


 セシリィは侯爵令嬢であり、父レオニダスは確かどこかの部署の長官だと聞いた記憶がある。匿ってもらうにも丁度良いかと思ったのだが、ルキアノスは険しい顔で首を横に振った。


「あそこには今、神殿が手を回している」


「え? 何でですか?」


 神殿が求めているのはファニのはずだ。セシリィに一体どんな神秘性を求めるのかと思ったら、ルキアノスは意想外のことを口にした。


「セシリィを、エヴィエニスと正式に結婚させるためだ」


「…………はい?」


 全く予想しない理由が返ってきた。関連性が少しも見出だせなくて、再び疑問符が脳を舞う。

 エヴィエニスとセシリィは確かに婚約者同士ではあった。だがそれもファニが現れるまでだ。エヴィエニスはセシリィとの婚約を一方的に破棄し、ファニと婚約したはずだ。


(いや、ファニとはまだ正式には婚約できてないんだっけ)


 周囲からの反対もあり、二人は恋人同士ではあっても法的拘束力はない。それでも、今さらセシリィと復縁するなど、誰も望んでいないはずだ。


「何で神殿がそんな、見当違いなことするんですか?」


「勿論、ファニとエヴィエニスを結婚させないためだ」


「……あぁ!」


 盲点であった。

 確かにシェフィリーダ王国が一夫多妻制でないなら、結婚してしまえばファニはエヴィエニスに拘る理由が消える。つまり神殿はファニを取り込みやすくなるということだろう。


「しかもたちの悪いことに、神殿は婚約書は正式には破棄されてないと主張していて、二人はいまだ正式な婚約者同士だと言い張っている」


「マジか」


(こんな話の流れで、今さらセシリィに火の粉が降りかかるとは)


 単純にセシリィの所にでもいれば良いのではと考えていた小夜は、隠れていた複雑な事情に愕然とした。

 小夜が願うのは何よりもセシリィの幸せだ。それをこんな風に邪魔されるなど、あってはならない。


「セシリィは無事なんですか?」


「あぁ。危害は加えられないはずだ。神殿にも、クィントゥス侯爵家に喧嘩を売って得る利益はない」


「そう、ですか」


 良かったと胸を撫で下ろす。しかし問題は何一つ片付いていない。


「イリニスティス様の所とかも、ダメなんですか?」


 小夜のことを知っていて、ある程度守れる場所と力があるとなると、他に思い付かない。だがルキアノスの表情は更に暗くなった。


「国王の人格と人望が最低なせいで、兄上への信頼にも以前から陰が差していた」


「…………」


 反抗期がと思ったが、話が進まなくなるので黙って頷く。


「そのせいで、以前から王太子には兄上ではなく、叔父上が相応しいとする意見が根強くあった」


「はぁ」


 確かに現国王テレイオスは王家の血筋ではなく、王妃のもとに婿養子に来たという形だったと聞く。しかもその即位には様々な噂が飛び交い、ついた渾名が血塗れ王。そのために国王は王妃の弟であるイリニスティスが正統だとする声が絶えずあるらしい。

 しかし当のイリニスティスは二十年前の事故で車椅子を必要としており、本人もまた玉座には興味はないと公言しているのだとか。


「これは神殿に限らず、国王が捕まった今は更にその意見は強まっている」


「えっと、それが、つまり?」


「この機会に、国王を退位させて叔父上を即位させようと画策する連中もいるってことだ」


「……マジか」


 そうくるのかと、本日二度目の驚きに小夜は天を仰いだ。


「実際に今回のことで突然退位することにはならないだろうが、王太子を兄上から叔父上に変えるという要求程度なら通る可能性も上がる」


「そうなんですか?」


「叔父上は貴族相手の公務こそ少ないが、福祉や医療関係では立派に活動されているからな。人望があるんだ」


 確かに二人の性格を思い出すと、比べるのが悲しくなるくらい人格的に差があることは間違いない。


「お可哀想に……」


 余計なお世話と知りつつも、散々息子から扱き下ろされたテレイオスを労っておく。


「そのせいで今、叔父上の離宮にも神殿の人間が出入りしているんだ」


「成る程」


 やっと辿り着いた答えに、小夜はふむと頷く。そして今更ながら、嫌なことに気が付いた。


「もしかして、今ってものすごく大変な時期ですか……?」


 ただのファニの取り合いかと思ったのに、セシリィが関わり、王太子位まで出てきて、国王は軟禁中。しかも先程の言を読み解けば、神殿に限らず――つまり神殿以外からも邪魔が入っているということになる。

 案の定、ルキアノスは短く逡巡した末に首肯した。


「別に、と言いたいところだが、安全な時期とは言い難いだろうな。だからお前のことも、落ち着くまでは帰してやれそうにない」


 言われて、小夜の脳裏によぎったのはまたもや世界史の教科書であった。教会が関わっているかどうかはさておき、こういった王位継承争いではちょくちょく信じられない年数をかけていることがある。三十年とか、百年とか。

 小夜は不謹慎と承知しながら、聞いていた。


「ちなみに、どれくらい……?」


「…………」


「…………」


「十年」


「堂々と嘘をつかないでください」


 悲壮な顔で凄んだルキアノスの背後で、フィオナが半眼で突っ込んだ。半年で一週間だから……と本気で計算を始めようとしていた小夜は、その台詞に数秒思考を停止した。


「……え。嘘?」


「…………」


 小夜の凝視に、ルキアノスが再びすーっと目を背けた。

 どうやら、フィオナの発言の方が正しいらしい。

 小さな呆れと、個人的な心配を優先した気恥ずかしさから、少しだけ責めるような口調になる。


「何故そんな嘘を……」


「……言わない」


 そっぽを向いたままむくれた。


(……なんだろ、全然分かんないけどその言い方が非常に可愛いのでどうしよう堪らんっ)


 変なところでキュンキュンした。

 そんな今にも頬を膨らませそうな主人と、無言で身悶える三十路女を見かねたのかどうか。

 フィオナが隠す気のない溜め息とともに補足してくれた。


「そもそも、そういった戦争が始まらないようにするために動いているんでしょう。戦争をするのなら、仕えないわよ。たとえ再び投獄されるとしても」


「私たちが仕えるのは、最早一個人ではない」


 フィオナの言を受けて、シェーファもまた伏し目がちに頷く。

 ルキアノスの意固地は、それで終わった。


「……うるせぇな。分かってるよ」


 少しの後悔を隠して、決然と前を向く。

 それは、もしかしたらルキアノスが背負わなくてもいい責任だったかもしれない。彼が二人を引き受けたのは、そもそも小夜が関わったことに多少なりと起因するはずだ。

 そうでなければ、ヒュベル王国も、二人の悲しみも、ルキアノスにはあまり関係がない。それでも、ルキアノスは知るかとは言わない。自分の不謹慎さを恥じて、使命を全うしようとする。

 それはニコスやヨルゴスたちとはまた違う立場だからこそ生まれるもののような気がして、小夜はやはり嬉しくなった。

 にっこり笑う。


「やっぱり、仲がいい」


「違う」


 疲れ気味に否定された。


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